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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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カイの学生生活

 神学生や神官の印象は最悪だった。

 だが、民はどうだろう。

 一般の民は、タナアのことをどう思っているのだろう。

 それ以前にどういう暮らしをしているのだろう。


 カイは、手始めにイセールの町から観察することにした。


 市場で民と話すと、人々は、神学校の学生たちと違って大らかであっけらかんとしていた。

 素朴で、カイを自分たちの子供か兄弟のように可愛がってくれた。

 時々、話を聞かせてくれることに対するお礼の意味を込めて買い物すると、若いもんが気を遣うんじゃないよ、と笑っておまけしてくれた。


 女子に買い物を頼まれるようになったのは、この頃だ。


 市場で買った果物を持って寮に帰る途中で、たまたま女子のグループに会ったのだ。


 果物に飢えていたのだろう。彼女たちは必死になって尋ねて来た。


「カイ、それ、どこにあったの?」

「食堂にあったの?気が付かなかったわ」

「食堂にはない。買って来たんだ」

「購買に売ってたの?」

「いや、市場で買った」

「外出してたの?」

「ああ、午後から暇だったから」


 そう言うと、ニケがいたずらっぽく笑った。


「暇なのはあなただけよ。ノア先生に頼まれて、テーベが今度の礼拝で配るお菓子を包む仕事をみんなに押し付けてくれたのよ」


 礼拝に集まる参拝者の数は、七百を越える。イセールだけじゃなく、他の町からも参拝に来るからだ。どうやら、テーベは、クラス全員を招集して、作業に当たったようだ。


「でも、しっかり半分以上の学生に逃げられてるんだもの。あの人も人が良いと言おうか……」


 ニケが気の毒がると、名前を知らない別の女子が切って捨てた。


「そんなこと気にしなくていいのよ、ニケ。

 あの人だって、そうやって裏切られても頑張ってれば、よくやってるって、神官さまやお付きのアムルさまに好感を持ってもらえるって計算してるんだから」

「マヤ。そんなこと言うもんじゃないわ。テーベだけじゃないでしょ。神学生なんて、みんな計算ずくで行動するものなのよ」


 この子、マヤって言うんだ。

 

 向こうがカイ(こっち)の名前を知っているのに、こっちが知らないという状況は気まずいものがある。

 オリエンテーションで真面目に聞いていなかったせいだが、申し開きできない。とりあえず、名前が分かって良かった。

 

 おっと、そんなことより、大切なことを聞いた。


 二人の会話では、男子神学生のほとんどが計算ずくで行動していることになる。ただ一人、自分カイを除いて。


 神学生に比べれば、市場のオバチャンたちは素直なものだ。

 市場のオバチャンもオジチャンもみんな親切だった。

 それは、カイが神学生だからというわけでも、客だからというわけでもない。そもそも、イセールの民は大らかなのだ。


 異質なのは神殿関係者だけだ。


 神学校においてカイは自分が異質であると感じ始めていた。寮の同室のスーホとの喧嘩はしょっちゅうだし、スーホ以外の連中とも反りが合わない。


 だが、そもそも神学校関係者が異質なのだ。人は、出世とか権力とかいったことを考えると、こすっからくなるようだ。


 そんなこすっからい連中の中にいるから、いたって普通のカイが異質に見えるだけだ。


 

 カイは市場の探検に満足すると、次に、職人の住む地域へ行って、仕事の見学をしたり、試しにやらせてもらったりした。


 神学生がこんなところに来るのは珍しいのだろう。

 みんな、面白がって親切に相手してくれた。


 帰り道、大通りまで出たところで神学生に出会ったが、そっちは無視した。

 道の分かるところまで、と途中まで送ってくれた職人が、「あんた、変わってるね。また来いよ」とウインクして帰って行った。


 市場に行っても、職人街に行っても、人々は活気に満ちて幸せそうだった。イセールの民は幸せなのだ。


 じゃあ、農民はどうなんだろう。


 カイは、麦秋、つまり初夏に、ミコーヤの穀倉地帯と呼ばれるミノの町へ出掛け、農作業を手伝った。

 もちろん、賃金をもらって。ちょっとしたアルバイトだ。


 種蒔きからの苦労が報われ、労働に見合う収穫を得た人々は幸せそうに笑っていた。

 働くことは善だ。そして、労働に応じた収益を得ることは幸せなのだ。


 それじゃあ、商人はどうなのだろう。

 夏のある日、ナーニワとの国境付近の町マッサへ出掛けた。

 この町は交易の中心で、商人たちの活気で賑わっていた。時折ナーニワの敗残兵と称する一団が攻めてくることがあるらしい。

 だが、国境警備隊が出張るまでもなく、富豪がナーニワと交渉して、ときには金を払い、ときには便宜を提供して、三国協定を守らせるらしい。

 そういう手もありか。

 戦うだけが手段じゃない。外交も領土を守る立派な手段なのだ。


 問題は、ナーニワ盟主とエドバルト王の性格の違いだった。

 ナーニワ盟主は狡猾で金や利権で懐柔できるが、エドバルト王は貪欲で権威主義者なのだ。

 だから、例え痩せた山岳地帯でも領土が増えることを望むだろう。


 食料が欲しいなら、勝手に持って行けば良いものを。何も民を殺さなくても良いだろうに。敗残兵は残酷だ。

 国境警備隊に赴任したら、どういう方法でエドバルトを撤退させれば良いのだろう。


 そもそも、国境付近に軍隊の駐屯地を作って、にらみを利かせるエドバルト王に撤退という選択肢はあるのだろうか。



 カイとナタルは海を渡る仲間の本拠地タナアを守るという意味で、国境警備に一生を捧げようと約束した仲だ。

 カイを司令官としてみんなでエドバルトを撃退する極秘作戦の遂行中だ。


 二人は一月か二月に一度手紙をやり取りした。手紙の中で、カイは腐った権威主義の連中をこき下ろした。

 それで溜飲を下げて、かろうじて心の平静を保ったのだ。愚痴を読まされるナタルは、いい迷惑だっただろう。



 だが、ナタルは想定外の男だった。

 カイを慰めるより、エリート意識に凝り固まった連中に鉄槌を下すことを選んだのだ。


 慌てたのは、カイだ。


 いくらあいつ等が鼻持ちのならないヤツ等だとしても、そこまでするのは、どうよ。


 ナタルが出て来ると、話が大きくなりすぎる。

 ここは、独力であの優等生グループをギャフンと言わせるべきだろう。そう、自分で戦う局面だと、気付いたのだ。


 この頃には、テーベを中心とする優等生グループとそれに交じらない学生たちのグループに、はっきり分かれていた。


 カイは後者に近いポジションにいながらも、一匹狼を気取っていた。

 カイにすれば、どっちも神官見習いのコップの中の争いにすぎず、どうでも良いことに意味を見出そうと屁理屈をこねているだけに見えたのだ。


 女子グループはどっちの派閥にも属さず、両者の間で中立を保っていた。結局、女子が一番利口なのだ。


 カイは、大嫌いな権威主義の連中と戦うために必死で勉強した。

『ミコーヤ神国建国記』や『ミコーヤ神話』を熟読して、これは実際にあったことをぼかして書いていると確信した。

 テーベたち大きな町の出身者は、批判力のない子供の頃に読んだから気付かなかったのだ。この年で初めて両書を読んだカイには、事実を神話や言い伝えの形をとって書いたとしか思えなかった。


 神がこのミコーヤを建国した理由は、この地が気に入ったから。

 神がこのミコーヤを愛するのは、民が好きだから。

 民が神を敬うのは、神に愛されていると感じるから。

 だが、世界の終わりに、神がこのミコーヤの民を救うという記述は、過去にあった話じゃない。これから『ある』話だ。

 そんなことが起きるとは思えない。『ある』と信じているだけだ。


 神官たちが『ある』と信じるのは、何故だろう。

 答えは、その方が民を誘導しやすいからだ。

 しかも、巫女が神託を下すから、このミコーヤの政治は上手く回ると言う。だが、巫女がいなくても、執政官がしっかりしていれば政治は上手く回るし、エドバルトやナーニワが攻めて来なければ国境地帯の民は幸せに暮らせるはずだ。



 お付き制度が気に入らない。

 巫女という制度が気に入らない。


 カイがミコーヤ教と袂を分かつのは、時間の問題だった。


 そして、実際、決裂した。


 国境警備隊の司令官になるという目標があるので、神学生という立場を守らなければならない。

 そして、神学生である以上、表立ってミコーヤ教を非難ことはできない。

 だが、理論的に整合性を欠く教義に疑問を呈することはできる。


 


 カイは、同級生や教師に論戦を仕掛け、かなりの確率で勝った。



都会育ちの男子学生にハブられて、カイは斜め上の方向に動きます。

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