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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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カイは神学校に進む

後半から、カイ視点になります。

 タナアの神殿に、変わった神官がいた。名前をホセと言う。彼は、イセールの町からシーナの命でタナア(こっち)へ来た。 

 そして、シーナの命じた仕事、つまり、子供たちの教育に当たった。

 ホセは、子供たちにエドバルトやナーニワなら貴族階級が学ぶような自然科学や算術を教えた。


 それが、シーナが命じた仕事だったのだ。



 ホセは、勉強の合間に海の話をした。イセールは海の向こうのユーラス大陸の国々と交易する港町だったのだ。


「海は青くて広いんだ。アーシカン湖よりずっと広い。どこまで行っても向こう岸にたどり着けない。それが海だ」


 タナアの町に海はない。海を見たことのない子供たちは、目を輝かせて聞き入った。


「海は湖と違って、しょっぱいんだ。つまり、海の水には塩分が含まれているんだ。海には魚も住めば、クジラという哺乳類で一番大きな生き物も住んでいる」

「海は広いけど、船を使って海を渡ることができる。湖や川を渡る船よりもっとズッと大きな船だ」

「大きな船は、風で動かすんだ。その船で海の向こうの大陸まで行くことができる。実際、イセールの港には、大陸から渡ってきた旅人がいるし、大陸へ出掛ける商人もいる。向こうからこっちへ来れるし、こっちから向こうへ行くこともできるんだ。海の向こうのシェナに行くには、船で七日かかる。それも風向きが良ければの話だ。何しろ、風任せだ。向かい風でも吹いていたら、七日どころじゃない。十日かかっても着かないんだ」

「海には目印がない。だから、海を旅するときは、昼は太陽の位置、夜は星の位置を調べて、現在位置を確認しながら進まなければならないんだ」


 

 タナアの食料や土地を狙って戦いを仕掛けるエドバルトの貪欲さに辟易していた子供たちは、海を渡って大陸へ旅するという壮大な夢に酔った。

 

 ミコーヤは自由な国だ。だから、大陸へ旅することも自由にできる。


 親を失くした子供たちは考えた。


 そもそも、いつまでもエドバルトに蹂躙されているようじゃ、夢どころか生命さえ危ない。今からでも遅くない。タナアを捨てて大陸へ渡ればいいじゃないか、と。


 子供らしい安直な発想にホセは笑った。


「タナアは、ミコーヤにとって大切な場所なんだ。ここがエドバルトに奪われたらミコーヤが滅びるという託宣が下りている。

 どんなにエドバルトが横暴でも、タナアを死守しなければならないんだ」


 執政官も同じようなことを言った。ミコーヤにタナアを捨てるという選択肢はないのだ。それほど、中央山脈の麓に位置するタナアは重要な地だと言う。


 子供たちには、こんな土地の痩せた、産業といってもせいぜいぶどう園か放牧か狩猟ぐらいしかないような地が重要だという執政官の言が信じられなかった。


「だったら、タナアが平和にならなきゃ、大陸へ行けないんだね」

と、誰かが言った。


 タナアが平和になるためには、エドバルトを撃退しなければならない。

 現在の国境警備隊のように、攻められてから防衛するのじゃなく、国境付近の駐屯軍に先制攻撃をかけようと提案した時、執政官や神官たちは、神は好戦的な方法を好まないと一蹴した。


 ミコーヤの神は戦争の方法にまで口を出すのだ。


 子供たち、特に、カイやナタルは地団駄踏んだ。


 その時、仲間の誰かが国境警備隊の司令官になれば良いということに気が付いたのだ。


 司令官になれば、執政官や神官に口を挟まれることはない。言い方は悪いが、神が気に入ろうと気に入るまいと自由に(!)戦争ができるのだ。

 自由に戦争するというのもどうかと思うが、ミコーヤでは教義が足かせとなって、精鋭ぞろいの軍隊があるにもかかわらず、自国の領土内でしかエドバルトやナーニワと戦えない。しかも、奇襲や先制攻撃を仕掛けることもない。

 だから、両国に良いようにされるのだ。


 子供たちは、そう思った。


 実際は違う。

 正面からぶつかると、国力が全然違うから負けるのは明らかだ。

 だから、神官たちは、教義にかこつけて戦いを制限していたのだ。


 ホセはそのあたりの事情を説明した。実際、子供相手に大真面目にそんな話をしたのだ。大した神官だった。


 だが、ホセの説明を聞いてもなお、子供たちの思いは神官たちのそれとは違っていた。


 そもそも戦っているのは、エドバルトとナーニワなのに、どうして第三者のミコーヤが被害を受けるのか分からないのだ。


 両国にこのミコーヤを攻める気をなくさせる方策を取れば良いのだ。

 カイもナタルも、神がどう思おうと、親のない子供をこれ以上作るのは絶対に嫌だった。

 だから、子供たちの中で一番成績の良いカイが神学校へ進み、指揮官となって、みんなでエドバルトを撃退する道を探すことにした。

 正直、エドバルトを撃退するには、意表をつく作戦が必要だった。別に完全勝利でなくて良いのだ。局地的に衝撃を与えて、攻撃する気をなくしてもらえば良いのだ。

 実際、両国間の戦争の勝者にミコーヤが帰属することは約束されている。それまでの間、放っておいてくれれば良いだけだ。

 

 その方法を研究して来るのが、仲間からカイに与えられた極秘の任務だった。




 神学校でカイを待っていたのは、エリート意識に凝り固まり、成績だけで他者を見下す神官見習いたちだった。


 入学式の前日、寮へ入ったカイは同室の学生に面と向かって馬鹿にされた。

 そいつは、背の低い小柄で小太りの男だった。


「だっせえ。お前、地域特別枠だろう。お前みたいなヤツが入学するから、真面目に勉強した人間が入学できないんだ」


 後で、そいつがイセール出身のスーホで、彼の友人が神学校に入学したかったのにできなかったため機嫌が悪かったのだと知った。


「だいたい地域特別枠だかなんだか知らないけど、まともに勉強もしていないヤツに神学校の勉強なんか無理なんだよ。サッサと田舎へ帰れって」


 カイが退学してタナアへ帰ってもスーホの友人が神学校へ編入できるわけでもないだろうに、そう言って絡むのだ。


 面倒な男だった。

 

 自分が都会の優等生だということを鼻にかけているのだ。

 こういう男は、自分より成績の良い人間には、卑屈に振る舞うのだろう。

 

 鬱陶しい。いくら成績が優秀だとしても、こんな馬鹿と付き合うのは止めておこう。

 

 寮が二人部屋だったことを恨めしく思った。どうせなら、もっとマシなルームメートだったら良かったのに。


 そう思った時、ドアをノックする音がした。ドアを開けると、伝令役の学生が事務的に告げた。


「カイってお前か。ノア先生が呼んでる。職員室へ来いってさ」


 呼ばれたのは、入学式で宣誓をするようにという指示を伝えるためだった。

 宣誓文書を渡されて、面倒なことだ、と思いながら部屋へ戻った。



 部屋には誰もいなかった。スーホは、友人の部屋へ表敬訪問しに出掛けたようだ。


 来年までルームメートは変わらない。でも、来年になっても、都会出身の学生がみんなスーホのような考え方の持ち主なら前途多難だ。


 カイはため息をついた。




 入学式で宣誓したのがカイだったので、周りの連中が蒼白になった。


 そもそも地域特別枠の学生が存在するだけでも気に入らないのに、そいつが晴れの入学式で宣誓をしたのだ。彼らにとって最悪の展開だった。


 本音は、カイのような地域特別枠の入学なんか認めるべきじゃないと思っているのだ。特に、後に級長になったテーベはそう思っているようだった。


 テーベは都会的な体型をしていて、カイとは骨格も筋肉の付き方も全く違っていた。

 山育ちのカイが余分な脂肪がついていないために細いのに対し、町で育ったテーベは筋肉や骨格といった身体そのものが細いのだ。

 

 その上、顔立ちも全く違っていた。二重瞼の大きな目と濃く長いまつ毛。大き過ぎないすっきりした鼻。桃色の薄い唇。項の辺りで切りそろえた髪は黒絹のようにサラサラ揺れ、カイは最初に彼を見た時、女かと思った。女子で美しいのはニケだが、テーベは別の意味で美しかったのだ。


 だが、見てくれはともかく、性格は男そのもので、一口で言うと、頑固だった。

 学んだことを真実だと疑わず、妥協しない。あそこまで行くと、いっそ清々しいほどだ。


 テーベの価値観では、カイは異質で異端、すなわち悪だ。

 しかも、学校当局の手先のような級長を喜々として務めるようなところは、カイの嫌うところだ。


 でも、カイはテーベを憎めなかった。たとえ自分にとって不利益なことでも、命じられたことや善だと信じることを一生懸命やるからだ。

 カイはテーベのそんなところを評価したが、それは後の話だ。


 スーホのように、あからさまに馬鹿にした目付きを向けてくる学生もいた。口に出して言わないのは、多少なりともプライドがあるからだ。


 だが、ヤツ等はカイだけを目の敵にしているわけでもなかった。互いにライバル視して、敵愾心を燃やしているのだ。

 表面上では仲良しこよしだが、裏では足の引っ張り合いをしていた。成績優秀なテーベでさえ、出世競争に血道を上げているのだ。とんでもない連中だった。

 

 出世に血道を上げる男たち。こいつらが、次代の為政者なのだ。


 ただ、互いに敵同士でも、カイを共通の敵として認識することでは一致していて、何かあったら追い出そうと手ぐすね引いていた。



 カイは、目の前が暗くなった。


 最近の天変地異は、何もエドバルトやナーニワの暴政だけが原因じゃない。ミコーヤだって原因の一つになっているのかもしれない。


 タナアは、度重なるエドバルトの侵略で疲弊しているのに、そもそも中央政府が何らかの手を打つべきなのに、タナアのことはタナアでやれと言わんばかりで、何の援助もない。

 そのくせ、神託があるからと、あの地がエドバルトに取るとられることをひどく怖れるのだ。


 周りの神学生を見れば、中央政府の執政官がどんな連中か想像がついた。


 きっと、権力闘争に夢中で、タナアのような田舎なんか気にも留めないのだろう。




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