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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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カイの生い立ち

第六章 カイの生い立ち

 

 カイは、エドバルトとの国境付近のタナアで生まれた。

 イセールから馬で駆けても三日はかかる。


 タナアは中央山脈の南に位置し、民のほとんどがツールギ山のふもとの扇状地に住んでいる。

 土地は痩せているが、巫女の指導で果樹園を作り、ぶどうの栽培ではミコーヤ随一だ。

 中心部、つまり支庁舎の周りに住んでいる住民のほとんどが園芸農家だが、放牧を中心とする畜産農家や猟師は中央山脈の奥深くに住んでいて、山の民と呼ばれている。

 山の民は、厳しい自然と共に生きるすべを知っていて、天気の移り変わりを正確に予測した。神が彼らに教えるのだと言い、ミコーヤの民の中でも最も神に愛される存在だと言われている。


 だが、隣国のエドバルトの敗残兵は、戦いで食料や物資が不足するとこの町を襲った。敗残兵だけじゃない。正規軍もどさくさに紛れて襲撃した。


 突発的な礼拝に備えて備蓄してある食料が狙われたのだ。

 他の神殿と同じように、このタナアの神殿も穀倉地帯と呼ばれるミノの町から穀物を運び込み、礼拝のために備蓄してあったからだ。

 局地戦に負けて、にっちもさっちもいかなくなった敗残兵は、単純に食料や物資を求めたし、エドバルト王は、辺境のタナアなら協定を破って攻撃しても問題化しないと踏んだのだろう。敗残兵や末端の小隊の蛮行を黙殺した。

 そもそも、ナーニワ側が激怒しても、あまりにも遠いのだ。


 面積から言って、タナアはミコーヤの八割を占める。その大部分は山岳地帯で、しかも火山(中央山脈の北東部にあるソア山がそれだ)のせいで地震が多いのだが、地震が多いのは何もタナアだけに限らない。

 エドバルトでもナーニワでも地震が増えているのだ。

 地震なんか気にしていたら、何もできない。

 エドバルトの兵たちは、地震ごときで神殿に蓄えられた食料と広大な領地を諦めたくないのだろう。

 タナアを得ることができれば、負けたことを帳消しにできて面目が立つ。と、三国協定を意図的に忘れて攻撃を仕掛けて来る。

 タナアにとっては良い迷惑だ。


 カイの父親は猟師、母親は医師だった。

 彼の人生を変えたのは、七歳の時のエドバルトとの戦いだ。


 その日、神殿の鐘が鳴った。例の突発的な礼拝を告げる鐘だ。

 タナアの人々は、老いも若きも急いで神殿に集まった。そして、そこで、先ほどの鐘が礼拝のためのものじゃなく、エドバルトの侵略を告げるものだと知らされた。

 食料と、あわよくば領土まで求めるエドバルトに対し、タナアの民は必死で応戦した。この時、タナア側が拠点としたのは支庁舎だ。

 

 ミコーヤにおいて支庁舎は城のようなものだ。

 城壁に囲まれた建物で、武器及び食料や薬を備蓄した神殿を敷地内に併設している。

 そこに詰める大人は全員が兵役経験者で、非常時には戦闘員となって戦うのだ。


 子供たちは、中央山脈の南端のツールギ山の中腹にある社へ避難した。三日三晩経って、町に戻ると、戦いに加わった大人たちのほとんどが死んでいた。


 どうにかこうにかエドバルトを退かせたものの、被害は甚大だった。

 市庁舎は火を放たれたのだろう。石造りの部分を除いて燃え尽きていた。煤けた壁が戦闘の激しさを物語っていた。

 神殿はかろうじて無事だったが、蓄えた食料はなくなっていた。


 いたるところに、人々の屍が横たわっていて、大勢の子供が親を探した。カイもその一人だった。


 父さん、母さん。


 カイは必死で探した。生きているはずだ。生きていて欲しい。でも、生きていれば、向こうから現れるはずだった。

 会えないことに、もの凄く嫌な予感がした。


 結局、父は神殿の死体の山の中にいた。たくさんの血が流れたのだろう。顔が土気色になっていた。優しく抱きしめてくれた腕は途中で失くなっていた。胸に深々と剣がささっていて、暖かかった体温もなくなっていた。

 母は、傷病兵のための病室で死んでいた。煙を吸って死んだのだろう。煤けた顔は苦しそうな表情をしていた。


 お父さんもお母さんもタナアとあなた方を守るために死んだのです。優しかった笑顔だけ覚えていなさい。


 神官にそう言われて、はい、と答えるほど、カイは物わかりの良い子じゃなかった。


 祖父や祖母もエドバルトとの戦いで死んだと聞かされていた。この日、両親を亡くして、カイは独りぼっちになった。



 ミコーヤでは親を失くした子は神殿で育てる。カイは、タナアの神殿で育てられることになった。


 この時の戦で、たくさんの子供が親を亡くした。カイは同じような境遇の子供たちと一緒にタナアの町の次世代として育てられることとなった。


 ナタルと知り合ったのは、この時だ。


 同じ年、同じ境遇だ。

 すぐに仲良くなって、互いに家族となる約束をした。


 二人は、自分たちより小さな子の面倒を見ながら大きくなった。


 春。カイとナタルはツールギ山の山腹へヤギを連れて行った。

 高原の草を食べさせるためだ。ところどころに顔を出す岩の隙間をぬって転げまわる二人を、ヤギたちは目の端で捉え、馬鹿にしたような顔をして草を食んでいた。


 夏。カイとナタルは、草を求めてヤギたちとツールギ山の山頂付近まで登った。

 ヤギたちは満腹になって満足そうに鳴いた。

 二人は、親がそうしていたように、雲の形や風の向きや匂いで明日の天気を予想した。カイもナタルも山の民の子だったのだ。


 秋、カイとナタルはヤギたちを麓の小屋へ連れ帰り、農園でぶどう摘みを手伝った。

 タナアでは、猫の手も借りたい季節だ。大人も子供も神に豊穣を感謝し、満ち足りた思いで仕事をする。みんなで同じ仕事をし、同じように食べ、同じように満足するのだ。


 冬。カイとナタルは、他の子供たちと一緒に、神殿の一室で勉強した。神官が子供たちの能力に応じて指導に当たり、聡明なカイは大人が読む専門書まで貸与された。

 暖炉で薪が爆ぜる。温かい部屋で勉強していると、両親のことを思い出した。


 母は神殿の病院で働いていたが、父はツールギ山で狩りをしていた。


 カイの父は、一年の半分以上をツールギ山で過ごした。山腹に小屋があって、そこで寝起きしながら獲物を狙うのだ。

 カイが小屋へ遊びに行くと、父はツールギ山のあちこちへ連れて行ってくれた。ツールギ山にある社も見物した。

 小さな社は、ひっそりと人目を忍ぶように建っていた。こっそり中を除くと、鈍い灰色の四角い箱があった。


 ご神体だ。


「どうして、こんなものがありがたいのだろう」


 カイがそう言うと、父が笑った。


「俺にも分からん。神官連中の自己満足かもしれん。だが、世界の終わりの時、この社がミコーヤの民を救うと言われている。何か意味があるのかもしれん」

 

 雲の形や動き、それに風向きや風の匂いで明日の天気さえ分かる、何でも知ってる父が、分からないと言ったのだ。

 子供心に、とんでもない秘密があるのかもしれない、と思った。

 


 カイが両親のことを思い出して黙りこくると、ナタルがカイの頭をくしゃりとかき回した。


「父さんや母さんのこと思い出してるのか?」

「……」

「忘れなくて良いんだ。お前が覚えていれば、お前の両親はお前の中で生きている。お前が忘れたら、悲しいじゃないか」

「……そうだろうか」

「そうさ。俺だって、忘れられないし、忘れない。エドバルトの馬鹿王に鉄拳を下したい。っていうか、神がミコーヤを愛するなら、エドバルトを滅ぼすべきだと思わないか?」

「うん。そうだね。俺もそう思う。でも、世界の終わりに救われるのは、ミコーヤの民だけだ。エドバルトの民もナーニワの民も終わるんだ」

「世界の終わりって、いつ来るんだ?」

「分からない」

「俺たちが生きている間に来るんだろうか」

「それも……分からない」

「もしかして、俺たちが死んだズッと後かもしれない」

「……だね」


 世界の終わりが来ることは、タナアの子供たちにとって、敵国エドバルトに一矢報いることができる救い(チャンス)だった。 

 だが、いつ来るか分からない世界の終わりを待っている間に敵国エドバルトに殺されてしまうかもしれないのも事実だ。


 タナアなんか捨てて、エドバルトの来ない土地へ行けば良かったのに。そうすれば、父も母も死なずにすんだのに。

 

 同じような境遇の子供たちとそんな話をした。父も母もいなくなった現在、今さらそうしても仕方がないけど。このタナアを守るためたくさんの人が死んだ。エドバルト王が心を入れ替えない限り、これからもたくさんの人が死ぬのだ。





カイは、かわいそうな子です。

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