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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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運命の日

第五章 運命の日


 木々が芽吹き、庭の沈丁花の香りが教室まで届いた。

 大神殿の中庭の雪が消え、草花の芽が育つ。空は霞がたなびき、遠く中央山脈の稜線がかすんでいる。 もうすぐ、町中の桜が咲くだろう。神学校脇の小川の土手の桜並木もつぼみが膨らんで、開花の時を待っている。


 春だ。春が来たのだ。

 いよいよ春分の日だ。昼と夜が同じ長さの日。そして、テーベの人生を決める日。

 そう、お付き選びの日だ。


 

 テーベは夜明け前に起床し、潔斎して神殿に向かった。


 他の連中も様々なゲン担ぎをしているようだ。


 指定された時間は、朝の八時。この日の朝食は、お付き選びに臨む学生のため、いつもより一時間早く準備されている。

 テーベも食堂の準備ができるとすぐに朝食をとった。

 食堂は、お付き選びに招集された親衛隊員や男子学生それに彼らを応援若しくは見物する女子学生や下級生でいっぱいだ。

 お付き候補たちは大変だ。いつものように食事をしようとしても緊張から食べ物が喉を通らなかったり、いつもと同じように振る舞おうと無駄な努力をしたり、心を静めようと食事の合間に深呼吸を繰り返したり、と、何とか平静でいようと涙ぐましい努力をしている。


 成績が良い学生ほど緊張がひどい。留年すれすれでやっと単位を取得している連中はお付きになれるなんて考えもしないのだろう。気楽なものだ。


 カイは完全に部外者だ。三年後期からの成績を見れば絶望的だし、それ以前に、本人にお付きになる気なんてさらさらない。女子に囲まれて、ミコーヤ最大のイベントを見物できる幸運をエンジョイしている。


 テーベは目の端でカイを認めて息を吐いた。カイの気楽さが、ある意味羨く感じた。


 

 七時半を過ぎると、お付き候補たちは、三々五々面接会場である大神殿へと赴く。

 

 イセールの大神殿は、さすがに大神殿と言うだけあって、大きくて重厚な造りだ。その形状は『舟形』、つまり、陸に上がった船のような形をしている。それを四方から太く頑丈な支柱で支えているのだ。ミコーヤの神殿や社は、総じて構造がしっかりしていて、地震や台風なんかの天災に負けない造りになっているが、大神殿はとりわけ大規模で頑丈だ。


 ミコーヤ教は、神殿に対して、華美な装飾より現実的な頑健さを求める。

 

 興味深いのはミコーヤでは神殿の外じゃなく、神殿そのものの中に倉庫があることだ。

 倉庫は突発的な礼拝のための食料や寝具を蓄えるためにあるのだが、大神殿も例外じゃなく、建物の三分の一は倉庫スペースになっている。この倉庫は建物を縦に分けた形で配置されているので、礼拝スペースはウナギの寝床のような細長い形になっている。

 


 お付き選びの儀式では、学生や兵役義務者の席は入り口に最も近い場所にあり、神殿の前方で祭殿を背にして座る神官たちと対面する形で座る。神官たちは、背もたれのないベンチ式の椅子で後方を向いて座るのだ。

 

 これが、巫女とお付き候補の面接の際の正式な座り方だ。

 


 毎週日曜にある礼拝では、参拝者でいっぱいになる(この場合は、全員神殿の前を向いて座る)大神殿も、この日はお付き候補だけ、しかも、いつもの学生席や親衛隊員席、つまり神殿後方のベンチに座っているのだ。

 だから、神殿の真ん中のほとんどが空いていて、前方と後方だけが埋まっているという奇妙なことになっている。



 神殿後方のお付き候補の席はざわめいて、まるで全校集会のようだ。だが、そこには去年一昨年の男子卒業生(OB)がいて、女子学生がいない。それが大きな違いだ。


 

 今回の本命はテーベだ。テーベの次に本命視されているのが、彼の従兄弟のレビと去年の首席のルカ。 どちらも去年神学校を卒業し、現在兵役で親衛隊にいる。特にルカは、当代お付きのアムルだけじゃなく神官たちにも気に入られ、親衛隊員に圧倒的な人気がある。


 シーナは、最奥の巫女席に座っている。


 いつもは薄布の垂れ幕のせいで顔を見ることはできないが、今日は、候補者の顔や容姿を確認するため、薄衣が取り払われている。

 ただ、あまりにも遠いのと、視線はシーナの足下に留めるという作法があるので、体形や雰囲気を確認することはできても、顔を見ることがかなわない。





 セフィーラの仕切りでお付き選びが始まった。


 順番に名前を呼ばれ、成績や特徴なんかの説明がされる。事前にシーナのもとに資料が届けられているので、型通りの約束事だ。


 一昨年の卒業生、去年の卒業生の説明が終ると、今年の卒業生の番になった。

 

 テーベ、と名が呼ばれ、その場に立つと簡単に説明された。


「成績優秀。学科は首席で弓に優れている。四年間級長をした。責任感が強く、他者からの信頼も厚い」


 セフィーラの説明が終わると、頭を下げて座る。

 神官長セフィーラは上手に説明してくれた。一昨年、去年の卒業生にもテーベほど上手く説明してもらった者はいない。


 四年間、級長の雑務に耐え、勉強の合間に、お付きのアムルや神官のご機嫌取りをして来たのだ。

 やるべきことはやった。後は、天命を待つだけだ。そう思うと、体中の力が抜けた。何とも言えない達成感というか、虚脱感というか、脱力感を感じる。


 他の連中の説明なんかどうでもいいと思いながらも、聞くともなしに聞いていた。


 スーサ、成績は中の上。温厚で協調性がある。テラス、成績は上の下。読書が好きで、事務処理能力に優れている。ハーン、成績は中の上。親の代からの神官でミコーヤの神事に詳しい。


 やっぱり、テーベに関する説明が一番良い。このまま行けば、お付きになれるだろう。そう思った時、カイの説明が聞こえた。

「カイ、成績は下の上。弓、剣、体術などが得意。辺境出身で市井の生活に通じる」

 


 他者からの信頼は少ない。

 セフィーラの代わりに心の中で毒づいた。

 


 テーベにとって、カイは天敵だ。

 

 国境近くの辺境タナアから神学校に入学した男。田舎の初等科では優秀だったかもしれないが、ここは巫女の座する大神殿なのだ。田舎の学生がやっていける学校ところじゃない。それが証拠に、三年の後期試験以降成績が落ちたじゃないか。暴落と言って良いほどの落ち方だった。



 彼はことごとく異端だった。


 入学当初、ミコーヤ教の基礎とも言うべき、『ミコーヤ神国建国記』や『ミコーヤ神話』すら読んでいなかった。だが、神学校に入ってからものすごいスピードで読了し、その後、関連する書物を片っ端から読破したという。


 膨大な読書量を背景に、仲間たちだけじゃなく、教師にまで論戦を仕掛けた。

「神が民に求めるものは何か?」

「神に愛された民は、返礼として神に何を捧げるべきか?そもそも、神は返礼を求めているのか?」

「神はエドバルトやナーニワの侵略をどう考えているのか?シーナさまは、両国の戦いが終わったら勝者の保護下に入ると明言したが、そうなるとミコーヤは勝った国の属国になるのか?」


 テーベも論戦をふっかけられて、何度も苦杯をなめた。

 カイは、神の愛を信じていない。

 神が民に求める礼拝を神官の権威付けに過ぎないと断じた。


 だったら、神学校ここに来るんじゃない。

 そう叫んだら、カイはシレッと答えた。

 別に好きで来たわけじゃない。国境警備隊の指揮官になるには、神学校ここで学ばなければならなかっただけだ、と。



 異端者が同じ学校で学び、同じ空気を吸っているというのは、耐え難い苦痛だった。


 腹の立つことに、カイは優秀だった。

 

 集中力が半端じゃなく、授業で学ぶことはほとんどその場で記憶してしまう。

 読書のスピードも信じられないほど早かった。

 普通の学生が一週間かかって読むような本をものの二日で読み終えるのだ。しかも、ただ読むのじゃない。独特の考え方で、筆者の論評を支持もしくは批判したのだ。

 本に書かれていることが真理だとして学ぶことしか知らなかったテーベには、信じられない勉強方法ことで、違いを見せつけられた。


 しかも、カイが神学校ここでしたのは勉強だけじゃなかった。


 ミコーヤの中心であるイセールの町が珍しかったのだろう。他の神学生が必死に勉強している間、あちこち歩きまわった。それも外出許可も取らずに。

 他の学生が寝る間も惜しんで勉強している間に、目先の楽しさに身を任せていたのだ。

 

 テーベたちが重箱の隅をつつくように研究しているミコーヤ教の教義なんか鼻先で笑っているようなところがあった。

 

 集団の中で、一人だけ価値観が違うと悪目立ちする。


 

 ただし、容姿は群を抜いていた。他人の心を見透かすような鋭い目をした野性的な顔立ちは、イセール(ここ)で生活するようになって穏やかさ(腹黒さとも言える)が加わり、女子の眼の色が変わって行くのが分かった。


 彫刻のように均衡のとれた肉体美と相まって、容姿でテーベに匹敵するのはカイだけだ。


 そんな男が、独特の価値観で周りに論戦を挑み、非常識とも言える理論で振り回し、相手を徹底的に論破するのだ。女子学生に好かれないはずがない。

 

 テーベは面白くなかった。

 

 女子学生は、お付きにこそなれないものの、神官になれば対等だし、結婚するにしても、テーベの両親のように神官の相手は神官という例が多いのだ。

 

 その女子たちがカイにぞっこんなのだ。



 異端なのに。

 

 見てろ。お付きになったら、僕の天下だ。あいつなんか辺境の国境警備に飛ばしてやる。

 っていうか、そもそもあいつの第一志望はそれだった。






何か書いていて、テーベがかわいそうになってきました。

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