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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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異質なカイ

 カイは異端だった。



 春にお付き選びの方法を批判したが、秋ごろにはお付きの存在そのものを否定しだした。

 カイによれば、お付きというのは、巫女のシーナが不精だから仕事させているだけで、シーナが勤勉に神の神託を人々に伝えれば、存在しなくて良い存在らしい。

 

 テーベたちには信じられない発想だった。

 お付きがいなくても国が回るというのは、太陽が西から昇るのと同じことだ。


 だったら、お前はお付きの選定する最大のイベントである巫女との対面に参加するな。


 そう叫びたい気分だ。


 だが、テーベたち神学校の男子学生全員がそう叫んだとしても、カイは無視するだろう。


 何しろ、カイは、お付きの座争奪戦に興味はないのだ。

 好きの反対は無関心、とはよく言ったものだ。カイはお付きに何の関心もない。だから、学校側がそういう慣例だから参加しろと言えば、黙って付き合うだろう。


 それが分かっているだけに腹立たしい。


 カイ以外の男子学生は、みんなお付きになりたいのだ。お付きになるかならないかで、人生が変わってしまうから。


 全く関心を示さないカイを見ていると、お付きになりたいと公言する自分たちが馬鹿に思えるから辛い。


 

 カイはそこにいるだけで、お付きになりたい全男子学生全員を批判していた。



 じゃあ、カイは何になりたいんだ。


 オリエンテーリングでの自己紹介によれば、国境警備隊の指揮官として、エドバルトやナーニワから自国を守るヒーローになりたいという。

 あの時、誰かが子供じみた願望だとあざ笑った。そもそも、エドバルトとナーニワの戦いが終われば、ミコーヤは自動的にその勝者に組み込まれる運命なのだ。

 自国の防衛軍を云々する立場にないからだ。


 だが、カイは黙ってスルーした。


 国境地帯の住民にとって、国境警備隊の実力はそのまま生活に直結する。国境警備隊がヘボだと、即エドバルトやナーニワからの襲撃を受ける。正規軍じゃなく敗残兵や脱走兵による襲撃だと言っても、襲撃されるのは同じで、生命や財産を脅かされるのだ。

 それを知らない町の学生が何をほざこうと、知ったこっちゃなかったのだ。


 


 全寮制の神学校では、朝昼晩の三度の食事は神学校の食堂でとる。

 食堂は、神官、親衛隊、神学校の共通施設で三つの寮の真ん中にあって、どの寮からも便利な位置にある。

 全席自由席なので、神官も親衛隊員も神学生も、男子も女子も、上級生も下級生も混じっている。仲の良い学生のグループが席をまとめ取りしたり、下級生が上級生に席を譲ったり、恋が芽生えたり、友情が育まれたり、喧嘩に発展したり、と、それなりにドラマがある。

 テーベは、初等科時代からの友人のスーホやムーセツ出身のマルコたちと一緒に食事をすることが多い。

 食堂へ行くと、いつもニケを探す。見つけたら、さりげなく近くへ行って、ニケのグループと合流するのだ。

 ニケは普段は他の女子と一緒に行動していた。だから、テーベたち三人組が誘うと簡単に合流した。


 だが、カイが近くにいると、ニケはカイも誘った。


 男たちにとって面白くないが、女子はカイが好きだ。容姿がイケてるだけじゃなく、お付きになる権利に関する論争で女子の立場に立ったからだ。

 それ以前に、カイのは体能力が高く、剣や弓、それに体術といった戦いの実技において圧倒的に優れていた。

 先に行われた長距離走では、他の追随を許さない速さを見せつけ、さすがに、国境警備隊を目指す男だと評判になった。



 カイがいると、女子の視線がさらわれてしまう。テーベを始めとする男子学生には面白くないことだった。


 

 カイの存在は、いろんな意味で精神衛生上よろしくない。カイが留年するか他の学校へ転校するとかすれば別だが、四年間辛抱しなければならないのが辛いところだ。


 つまり、現状に甘んじるしかないのだ。

 男たち、特にテーベは、がっくりと肩を落として、機械的に料理を口に運ぶことになる。味なんか分かるはずがなかった。

 今日のスープは美味しかった。と、誰かが言っても、そうだっけ、という気分だ。


 そんな無味乾燥な食事が続いたある日、テーベたちは気が付いた。

 

 カイは出された食事を絶対残さないのだ。


 神学校の授業では、食事は農民や漁民が神のご加護を受けて作ったり、捕ったりした食材をいただくのだから、ありがたく頂戴しなければならず、間違っても食べ物を残すようなことをしてはならない、と学んだ。

 だが、現実には、どんな美味な食材でも大人数用にまとめて調理すると味が落ちる。味の落ちた料理を食べたい者はいない。その結果、神学校では、料理を残す者が後を絶たない。

 神のおかげで手に入った食材を残すのは、神に対する非礼だ。

 批判されるべきことだが、『赤信号みんなで渡れば怖くない』という標語こそないものの、どこの世界でも、禁を犯すのが大人数なら、なし崩し的に黙認されるものだ。


 そんな中で、カイは評判の悪い野菜の煮込みさえ黙々と完食した。

 テーベやニケの皿に、ほとんど手付かずの料理が残っているにも関わらず、だ。


 スーホやマルコたちは、カイは田舎者だから、普段ひどい料理を口にしているせいだろう、とあざ笑った。

 

 学校の指導どおり完食して馬鹿にされるのは、割が合わないだろう。実際、スーホの陰口は、同じテーブルに座っていたテーベやニケにまで聞こえたのだ。


 カイがスーホの暴言を黙殺したので、図らずも、カイの器量がスーホより上だということが証明される形になった。


 座の雰囲気にいたたまれなくなったニケがカイの擁護に回った。


「カイ、あなた、偉いのね。こんなどうしようもない料理を完食するなんて。

 神のご加護に感謝の意を表するためにも、わたしたちは食べ物を残してはならないのに。どうしても、舌と胃が受け付けないの」

「本当だ。僕は、神がせっかく用意してくれた食材を無駄にしてしまった。後で懺悔しなければならないね」

 テーベもニケに同調した。ニケの言は、神学生として当然のものだったからだ。

 

 面白くないが、負けは負けだ。ミコーヤ教では、少ない食料をみんなで分けるため、食材を無駄にすることを厳しく戒めている。その禁を破っているのは、確かなのだ。

 でも、たかが食べ物を残したぐらいで、そんなにピリピリしなくて良いじゃないか。そんな思いも湧き上がる。


 テーベの葛藤に気が付いたのだろうか。カイが簡単に言ってのけた。


「確かに、この味はひどい。料理人を交代させるべきだ。もっと食材の味そのものを生かす工夫をした方が良い」

 

 一同、あんぐりと口を開けてカイを見た。


「カイ、あなた、この味、ひどいって思ってて食べたの?」


 ニケが信じられないと尋ねた。


「君たちだって、そうだろ?不味いものは、不味い。俺の皿の煮込みだけ美味かったら、奇跡だ」

「じゃあ、何で食べたのよ?」

「そうよ、そんなに不味かったら、食べなきゃいいのに」

「わけ分かんない。不味いなら、不味いって意思表示しないと、料理人の腕が上がんないのよ?」


 女子が一斉に問い質すと、カイは、あっけらかんと持論を展開した。


「ミコーヤ教の教義の時間にやっただろう。人は、食物連鎖の頂点にあるって」

「それがどうしたのよ。人は、神に愛されているから、食物連鎖の頂点という名誉を得たのよ」

「だからな、食物連鎖の頂点にあるってことは、他の生き物の生命を奪って生きてるってことになるんだ。

 人は食べないと生きていけない。そうである以上、他の生き物を殺さなければならない。他の生き物を殺すのは、言うなら必要悪だ。

 だが、生きるためとはいえ他者の生命を奪うんだ。死んだものに礼を尽くすべきだ。つまり、残すのは殺した生き物に対して非礼に当たる」


 一同、理路整然と展開された理屈に唖然とした。


 確かに、ミコーヤ教の教義の時間に、人は食物連鎖の頂点にあると学んだ。だが、それは、神の愛を示す一例として上がっていたもので、そこから生じる責任については、言及されていない。

 が、カイの言うとおり、神に愛されているからといって、他者の生命を奪うことに対する責任まで免除されるわけではない。

 

 

 これが、カイのポリシーなのだ。神学生の中でカイが異質である証だった。





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