三人の手紙
恋愛小説じゃありません。学園ものですが、異世界の歴史ものでもあります。
国の名前や人の名前を考えるのが、大変でした。楽しんでいただければと思います。
第1章 三人の手紙
(ミコーヤ神国イセール中央神殿神官長セフィーラからエドバルト国王チャールズ四世への手紙 )
天よりも高く海よりも深い慈悲の心で大国エドバルトを治め、民に敬愛される偉大なるエドバルト国王チャールズ四世陛下に、小国ミコーヤの神に仕える神官が奏上いたします。
陛下におかれましては、在位20周年の記念すべき年をお迎えになられ、ますますのご活躍、お慶び申し上げます。また、先年、新たにお迎えになられた側妃の元に九番目の王子がご誕生され、神により貴国のますますの繁栄が約束されたものと重ねてお喜び申し上げます。
これも一重に陛下のご威光の賜物と、ミコーヤ神を信じる民を代表して、謹んで敬意を表するものでございます。
さて、山々の雪がとけ、谷川の流れは陽の光にきらめき、まるで春の女神の衣を飾る宝石のごとく華やかに、そして清々しく、私どもに感銘を与えてくれます。冷たく清らかな谷川の水は、春の訪れを寿いで、人々に神の御業を知らしめているようです。
もうすぐ夜の長い季節が終わり、昼が長い季節がやって参ります。
貴国の繁栄を寿ぐ祭りが執り行われる四月五日の建国記念祭には、毎年、海の向こうの大陸諸国からも使節団が訪れるほどのご盛況であると聞き及びます。
祭りを目にした各国使節の方々は陛下のご威光に感嘆することでありましょう。
ところで、今年はミコーヤの巫女のお付きの交代の年でございます。三年に一度の慣例で、春分の日の翌日には、新任のお付きが決まる予定でございます。
お付きが交代いたしますと、新任のご挨拶に伺うため、我が国領内を始め、近隣諸国のミコーヤの神殿や社へ挨拶に赴く慣例で、陛下におかれましては、寛大なるお心で、貴国への入国及び滞在をお許しいただくとともに、滞在中の便宜をお計らいいただきたく、伏してお願い申し上げます。
三月五日
エドバルト国王陛下
ミコーヤ神国イセール中央神殿神官長セフィーラ 拝
(神学生テーベから両親への手紙)
お父さん、お母さん、お元気ですか。
大気の鋭さが緩み、風が丸みを帯びてきました。春がそこまで来ているのです。そこここに草花の芽が顔を覗かせ、春の訪れを告げています。
春です。春分の日がそこまで来ています。いよいよ、三年に一度のミコーヤにとって特別な日、僕の人生にとっても一生一度の特別な日、お付き選びの日がやってきます。
僕は、先日、無事十五歳の誕生日を迎え、いよいよ大人の仲間入りをする年になりました。思えば、初等科の後入学した、この全寮制の神学校での四年は長いようで短いものでした。
我が国では、神学校を卒業した後、三年間の兵役に入ります。エドバルトやナーニワから職業訓練制度だと酷評されているシステムですが、この期間に神官として資質が認められれば、神殿中枢部で神や巫女に仕えることができます。
僕は、食べ物を作る仕事や神殿に必要な工芸品を作る仕事には興味はないし、ましてや、エドバルトとナーニワの戦線から脱落した敗残兵からミコーヤの民を守る国境警備隊なんかとんでもないと思ってます。
通常、兵役の間は、軍事訓練と並行して様々な職業訓練を受けますが、お父さんやお母さんが言ってたように、この国を導くのは神官ですし、ことが信仰に関する限り、ミコーヤは大国エドバルトやナーニワにさえ影響力を持つのです。
事実上、ミコーヤの神官がこのマートヤ大陸全域に影響力を持っているとさえ言われています。
僕は、農業や林業の訓練を受けながら一兵卒として国境警備隊で粗野な任務に就くより、神官として神と巫女に奉仕したいと思っています。だから、神官としての職業訓練を受けることができる親衛隊を希望しました。
でも、できれば、一般の神官身分の親衛隊員よりも、全ての神官の上に立つ、巫女のお付きになりたいですし、実際、そうなるつもりです。
自慢じゃないけど、神学校では首席です。容姿だって、自信があります。他の連中の成績や容姿を見れば、夢じゃないと思っています。
ご存知のように、お付きは、三年に一度選ばれ、神の声を聞く巫女、シーナさまのお世話をします。そして、その代わり兵役義務や職業訓練は免除されます。お付きは神官になるものと決まってますので、他の職業訓練を受ける必要もないですし、親衛隊や国境警備隊に配属される代わり、シーナさまを護衛という任務に就くからです。だから、普通の兵役より数倍重要でやりがいがあるものです。
今年は、その三年に一度のお付きを選ぶ年です。
お付きの仕事は託宣を伝えるだけじゃありません。シーナさまの親衛隊を仕切ったり(つまり、親衛隊長にシーナさまの命を伝えて、その指示通り動くのを監督するのです)、政務を司る執政官にさえ指図したりするのです。お付きが全ての神官の上に立つと言われる所以です。
僕は、神学校に来るまで、お付きにそこまでの権限があるとは知りませんでした。ミコーヤでは、政府も軍隊もシーナさまの下に置かれていることを考えると、ある意味、お付きには権力が集中していると言えます。
お父さんが言ってたように、シーナさまがお付き以外の者に会わないので、お付きを介して表れる言葉がシーナさまの意向とされるからです。
当代のお付きは、五つ年上のアムルでした。
彼は、あの学年のトップだっただけじゃなく、候補にあがった神学生の中で、ダントツの成績だったそうです。でも、運動神経はさほど良くはなく、剣や弓、それに体術といったシーナさまを警護する技量に欠けていると言われています。
そのため、次回のお付きは、そっち方面も考慮して選ばれるだろうと、もっぱらの噂です。だから、僕は弓の稽古に励んでいます。剣や体術は苦手ですが、弓なら誰にも負けない自信があるからです。
お付きになれたら、心を尽くしてシーナさまのお世話をしようと思っています。
従兄弟のレビも有力候補の一人ですが、レビより僕の方がズッと成績が良いですし、何より、弓の腕前は僕の方が数段上です。
三月になったら幹部神官による審査が始まり、春分の日にシーナさまとの面接があって、それで決まるとの噂です。
選ばれたら、どんなに名誉なことでしょう。上手く行くよう、祈っていてください。
三月七日
父上さま、母上さま
あなたがたの息子 テーベより
(神学生カイから友人ナタルへの手紙)
我が友ナタルへ
元気にやっているか。もうすぐ、三年に一度のお付き選びの日がやって来る。お前は猟師の道を選んだから、この学校の辛気臭いヤツ等とは縁がなくて、羨ましい。
俺も、さっさとこの学校を卒業して、予定どおり村の近くの国境警備隊に配属してもらうつもりだ。
兵役の希望調書でそっちを志願したから、まず、間違いなくそっちに行くことになるだろう。噂によれば、親衛隊を希望しない場合、ほとんどが希望どおりに配属されるそうだ。
神学校に在籍した四年間は長かった。何しろ、この学校は全寮制で、週に一度の休み以外、長期休暇がなかったんだ。
神学生は神官見習いだから、神官と同じ生活をしなければならないという理屈だが、神官なんかになる気もない俺としては、不本意なことだった。
ついで言わせてもらえば、神官による軍事権の掌握とかいう、武官になるにも神学校を卒業しなければならないこの国の制度をどうにかしてもらいたいものだ。
あんな制度がなけりゃ、こんな辛気くさい学校なんか入らなくても済んだのに。もし、神学校を卒業しなくても武官になれるなら、いくらお前の頼みでも、絶対こんな学校に入らなかった。
だが、この学校とも、ようやくおさらばだ。後は、国境警備隊に配属されるのを待つだけだ。
俺は、お前たちと一緒にエドバルトの連中から故郷を守る。ミコーヤというより、故郷のみんなを守るため、戦うんだ。お前と一緒に。
そのために神学校へ入ったんだから。
神学校ってとこは、巫女に気を遣う、というか媚を売る(売れれば話だが。会うことができないから、売りたくても売ることもできないのが実情だ)連中の巣窟だ。巫女に気を遣うだけじゃ飽きたらず、お付きや幹部神官連中にまでゴマをするのだ。
お付きや神官の偉いさんたちが仕事をしていると、例えそれが巫女に命じられた仕事じゃなくても、先を争って手伝うんだ。
何と言うか、そこらへんにゴマをすると、次のお付きに選ばれやすいと思っているようだ。だが、そんな馬鹿な話はないだろう。
とにかく、巫女に必要以上に気を遣う連中の気が知れない。ましてや、単なる連絡要員のお付きや中間管理職の神官に気を遣うなんて論外だ。
確かに、お付きになることは出世の近道だろう。だが、カビの生えたような神殿で縮こまって巫女の命令に右往左往するだけの仕事だ。馬鹿馬鹿しいだけだ。例え、それが三年ぽっきりだとしても、同じ三年なら国境警備に従事するほうがよっぽど意味がある。
そもそもヤツ等の言う出世とは一体何だろう。俺には分からない。
他人に命令することに快感を感じる連中が、当の本人こそが他人から命令されて良いように使われていることに気付かず、他者の上に立ったような錯覚に陥ることが、世間一般に出世と言われているものの正体のような気がする。
永遠に続くループのようもので、そんなことに右往左往するのは馬鹿のすることだ。
みんなが平等ってのが、このミコーヤの理念のはずだ。それが、お付きに関してだけ、この理念が崩れる。ミコーヤ最大の謎だ。
ミコーヤの平等主義の唯一の例外、いわゆるお付きと呼ばれる男の存在は、ミコーヤの理念を体現すべく勉学に励んでいる神学生に悪影響を与えている。
そもそも、男女平等を旨とするこの国で、男に限るってポストが存在すること自体、イレギュラーで自己矛盾も甚だしい。
成績優秀で学期試験の結果に一喜一憂している連中は、お付きになりたいらしい。
しかも、笑わせることに、どうやったらお付きになれるか、必死で研究(!)しているんだ。去年の夏頃からセフィーラさま始め、記憶にある限りのお付き経験者(特に、お付き時代の記憶を失っていない『先達』と呼ばれる連中)とお近づきになって情報収集に励んだり、神官連中にゴマをすったり、と、ご苦労さまなことだ。
そんなことに労力を使う暇があるなら農業や漁業の生産性を上げる研究でもすれば良いのに、ヤツ等が研究するのは、『神は人に何を求めるか』とか、『神の愛に応えて人はどう生きるべきか』とかいった生活には何の関係もないことだけだ。
あいつ等は、全ての学問の中で、神学が最も大切な学問だと信じているのだ。
しかも、一人二人じゃない。ここの連中全員がそうなのだ。そうなると、あいつ等と価値観が違う俺の方が間違ってるような気になる。実際、あいつ等の理屈では、正しいのはあいつ等で間違っているのは俺なのだそうだ。
でも、この町の連中とも話をしたが、おかしいのは神殿関係者だけで、大方の考え方は俺と似たようなものだった。
だから、おかしいのはあっちだ。
こっちへ来た初めの頃の手紙にも書いたように、俺だって悩んだ。だが、結局、あいつ等に合わせることをやめた。学校生活に支障がない程度、最低限の付き合いはするが、それ以上深入りする気はない。
お付き選びはあの連中に任せておいて、俺はお前との約束を果たす。そもそも、そのために、この学校に入ったのだから。
昨今のエドバルトやナーニワの敗残兵の略奪は目に余る。本来は、エドバルト、ナーニワ、ミコーヤの三国協定によって、エドバルトやナーニワは中立国ミコーヤを攻撃したり、食料や物資を略奪したりしないことになっているのに、敗残兵は両国の軍当局の指揮下にないという理由で両国ともあからさまに責任逃れするせいだ。
しかも、略奪は敗残兵ばかりじゃなく、正規軍(まあ、末端の小隊が勝手にやっているんだろう)が確信犯的に行なっている節がある。
以前、神官長のセフィーラさまが、シーナさまの名において正式に抗議したらしいが、どっちもバックレたって噂だ。まあ、戦争に忙しいあいつ等のことだ。神官風情の抗議なんて、辛気臭いたわごとぐらいにしか思わないのだろう。
そもそも両国にはミコーヤの意見を聞く気がない。神官は黙って神頼みしてろって感じだ。
あいつ等が聞くのは、天変地異や異常気象が起きるから対策を講じるように、という巫女の神託だけだ。
武力に対しては武力で守るしかない。お前が言うとおり、敗残兵や末端の小隊が相手なら、国境警備隊で対抗できる。
神学校の卒業生の多くは、神官や執政官を目指す。武官を目指す者だって、兵隊ごっごのような巫女の親衛隊に入って、どうしたら巫女の権威付けに資することができるか頭を悩ますだけだ。
だが、そんなものが何になる。神官や執政官なんか両国の武力の前では何の役にも立たない。
民を守ることができないのだ。
俺は、お前たちと一緒に、タナアを守る。神官連中が大きな顔をしている神殿や、イセールのような大きな町の連中なんかどうでも良い。俺たちのタナアを守るんだ。約束どおり、お前と一緒に。
ところで、面白い話がある。
ナンバーツー、つまり巫女の次に偉いとされる神官長のセフィーラさまは、若い頃、お付きだったらしい。と言うことは、シーナさまが当時二十代だったとしても、セフィーラさまが六十を有に超えている現在、あれから四十年以上経っているから、シーナさまは六十代後半もしくは七十代になってるだろうってもっぱらの噂だ。
いや、噂と言うのも語弊がある。シーナさまに関するプロフィールは軽々に口にしてはいけないことになってるからだ。
だが、禁止されるとますます好奇心が湧くのも人情で、シーナさまの情報は水面下で秘かに囁かれている。
例えば、シーナさまは、今でこそ年老いたばあさん(何歳か分からないが、ばあさんだということは確かだ)だが、若いころ、類稀な美貌を誇っていた、とか、その美貌に目が眩んだエドバルトの王(確か、エドモンド一世だったと思う)とナーニワの盟主(ナーニワは建前としては七人の貴族による共同統治だが、事実上、盟主であるセンバー大公が仕切っているから、言ってみれば王のようなものだ。で、エドモンド一世と喧嘩したのは、確かセンバー家の三代目当主のウイリアムだったと思う)が戦いに及んだとか、シーナさまは代替わりした両国の王や盟主たちの面目と無意味なプライドのために戦いを続けることを悲しく思われているとか、そういうことだ。
シーナさまは、年に数回人々の前に姿を現すが、その際は、薄いカーテンのような布越しで、誰も、シーナさまの顔を直接見たものはいない。だから、分かっているのは、身の丈ほどもある長い黒髪(本当なら白髪になってるはずだから、染めているんだろう)と細いきゃしゃな体型だけだ。顔の造作やなんか分からないから、余計に想像をたくましくしてしまう。
何しろ、エドバルトとナーニワ、両国の王や盟主がそれまでの信頼関係を壊しても奪い合った女性だ。半端じゃない美しさだったはず(!)なのだ。
そうじゃなけりゃ、両国の間に戦争が起きた理由が分からない。
まあ、美貌ったってせいぜい二十代か三十代までで、六十過ぎた現在は、昔美人だったであろう、ばあさんになっているんだろう。
シーナさまを奪い合ったエドバルトの王やナーニワの盟主、それに、王や盟主に振り回された両国民は、結局は何だったのだ、と叫びたいだろう。それはまた、どさくさにまぎれて両国に蹂躙されてきた我々ミコーヤの民にとっても同じことだ。
今年は、三年に一度のお付きの交代の年だ。現在のお付きは、アムルという新米の神官だ。俺たちより五歳年上で、聞けば、あの年の学校で成績トップだったという。
前回と同じ基準で選ばれるなら、俺と同じ学年のテーベという男が最有力候補だ。何しろ、成績優秀で一年の時から級長をしているクソまじめな男で、容姿も半端じゃない。
身体つきは細みで華奢だが、顔が女みたい綺麗なんだ。卵型の顔に大きな目、しかも二重瞼でまつ毛も長い。初めてあいつを見た時、女かと思ったほどだ。
今までのお付きを見る限り、容姿も判断材料になってるようだから、そういう意味でもピッタリだろう。
お付きは、三年に一度、十五歳から十七歳までの神学校の生徒を大神殿に招集して、シーナさまと面通しの上、決定される。
事前に全員の成績や学習態度、それに趣味や性格といった情報に基く幹部神官連中による書類審査があるとかないとか、その審査結果がシーナさまに渡されているとかいないとか、噂の数は半端じゃないが、一体何が真実で、何が嘘なのか全く分からない。とにかく、三年に一度の一大イベントだ。
だが、そんなことはどうでも良い。
遠くからとはいえ、シーナさまを直に見ることができる唯一のチャンスだ。俺たちミコーヤの民にとってシーナさまに直接会う機会は、人生においてこの一回こっきり。それも、神学校の生徒に限られる。
この機会に絶対に、シーナさまの顔を見てやる。上手く行ったら、どんなばあさんか報告する。期待していてくれ。
三月十日
お前の友であり家族であるカイ
地名についての説明
カイの出身地のタナアですが、これは、「山のあなたの空遠く」の「あなた」からいただきました。山の向こうの遠いところってイメージです。(2018.4.26追記)