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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バイオレンス☆OSHIDORI夫婦

作者: 潮路

暴力的な発言、くさい台詞、くさい展開、くさい説教話が出ます。

 田中さん夫婦は、市内きっての仲睦まじい夫婦であった。

 今日も夫婦は手をつなぎながら、公園のベンチに腰かけていた。


「あっ、猫よ。あなた」

「そうだね。可愛らしい猫だね。でも、お前の方がもっと可愛らしいよ」


 夫婦の顔がほころぶ。相も変わらず、仲睦まじい夫婦である。

 しばらくベンチで話をしていると、妻のヤスコさんがおもむろに食パンを取り出した。


「あの子猫、お腹が空いてそうね。餌をあげましょう」

「やめなさい。野生の猫に餌なんてまいちゃあ、ダメだろう」


 珍しく夫のトシカズさんが制止する。


「いいじゃないの。これで猫が喜ぶのなら」

「癖になって、公園にたむろするようになると、管理人さんも困るだろう」


 本来ならばここでヤスコさんは引き下がるはずであったのだが、どうも今回は様子がおかしい。

 それは、トシカズさんの方も同じだった。


「別にいいって言ってるじゃないの。管理人さんも仕事が増えて、大喜びよ」

「なんだなんだ、お前、それは言い過ぎだろう。猫だって、『人間なんて、ちょろいもんだぜ』としか思ってないだろう。そんな輩に餌なんて与えてやる必要はない」

「猫さん側だって、人を判断するわよ。きっと、あなたのことは嫌いに思ってるでしょうね」

「なんだと、お前。今回はカチンと来たぞ」


 オシドリ夫婦だからといって、常に平和とは限らない。

 今日のヤスコさんとトシカズさんは、どうやら数年に一度起こるとされる波乱の日だったようである。


「ああ? 何にカチンと来たのよ? 言ってみなさいよ」

「お前の存在以外にあるか。鏡でも見てみろよ。いつもはべっぴんなお前の顔も、今や般若も全力で逃げるくらい歪んでるぞ」

「いっつも思うんだけど、なんで私は「あなた」呼びしてるのに、あなたは私のことを「お前」呼びすんの? 何? 上から目線なの?」

「実際、上だからしょうがないだろ。俺がいなきゃ、お前は生きていけないんだぞ」

「あー。言っちゃいけないこと言いやがったわ、この人。内助の功あっての、素敵なトシカズさんなのに、もったいないことしちゃったわね」


 言葉が見る見るうちに激しく、強いものになっていく。

 彼らの喧嘩の度合いは、更にエスカレートした。


「お前、てめえ、この野郎。やるってのか」

「はっ、あなたのそんな顔、シオリさんが見たら、どう思うでしょうね」

「シオリは関係ないだろ」

「関係大ありじゃない。この浮気男が」

「俺が浮気男なら、お前は銭ゲバ女だろうが。夫婦の金を勝手に使い込みやがって」

「なんですって、この、不埒者!」


 お互いにお互いの弱みを握っている、オシドリ夫婦。

 こうなると、もう止められない。


「あんだと、このXX女が!!」

「ふざけんな、この○○○!!!」


 つかみ合いが始まった。

 一見、男のトシカズさんに利があるように見えるが、ヤスコさんも武術の有段者。

 いつもは、お互い仲良くトレーニングジムによる体の鍛錬を行っており、スポーツでの対戦になると、大体拮抗する。

 それを傍から見ているタンクトップ姿の独身男性達が、どことなく儚げであった。

 しかし、華には大体棘があるものだ。それが、今回のような闘争である。


「浮気されるような、振る舞いをしているから、悪いんだろうがァ!!!」

「そんなに銭が大切なら、自分で管理しなさいよォォォ!!!」


 トシカズさんがマウントポジションを取った。ベンチ上で。

 速やかにヤスコさんの首を絞めようと、両手に力を籠める。

 しかし、両手まで封じることが出来なかったことは、トシカズさんの誤算といってもいいだろう。


「やわなもんね、男の癖にッ!!」

「ぐっ、てめえ!!!」


 ヤスコさんの右拳が、またがっているトシカズさんの股間に直撃した。

 拳にひねりを加えることで、破壊力はさらに高まった。トシカズさんはすかさず、マウントポジションを解いた。

 その隙を逃さないヤスコさんは、トシカズさんの両足を掴んだ。

 バランスを崩し、後ろに倒れたトシカズさんは、あわやアスファルトへ激突しそうになるが、磨かれた腹筋によって、体勢を維持した。


「俺の金で、お前が昨日買ったあのバッグ……」

「ああ?なんだっつーのよ」


「結構、センスいいじゃねーか、この野郎!! 女物だっつーのに、一目惚れしちまったじゃねーか!!」


 ヤスコさんは虚を突かれた。思いのほか、動揺しているようだ。

 その間に、トシカズさんは右手で、ヤスコさんの髪を思い切り掴んだ。


「しまった。ちっきしょう……!!」

「甘いな。いや、甘ったるいなァ!! この△△△△!!」


 ここから推察されるトシカズさんの行動は、髪を掴んだ状態でのジャイアントスイングか、それとも一本背負いか。

 どちらにせよ、ヤスコさんにとっては辛いものだった。早急に対処しなければ、トシカズさんの勝利は固いだろう。

 しかし、彼女の身体は動かなかった。代わりに口が動いた。


「嬉しいじゃねーか……こちとら良いバッグ買うのに迷って、一週間選りすぐりしたんだぞォォ!!」

「はは……んなこたあ、最初から知ってんだよォォォォ!!!! 高級そうなカタログみて、即座に察したわ!! 誤解があったとしたなら、お前に見る目があり過ぎたってところくらいだわァァァ!!!」

「なんだと、この二枚目半風情が。ちょっと悪人風になったディカプリオみたいな顔しやがってよォォォ!!! 他の女が手を出すのも、分かるってもんだなァァ!!!!」

「アジアンビューティー筆頭みたいなやつに言われたかねェよオオオオオ!!!!! なんで声かけられねえのか、不思議でならねえわ、我ながらふざけんな嗚呼!!」

「そりゃ、お前が常に隣にいるからだろうがァァ!!! 誰も手どころか、舌一つも出せねえだろうが!!この白馬の監獄長プリンスが!!!」

「ああ、そうかい!!そんなんだったら、俺の金、あるだけ持ち出して、さっさと出てけ!! 寒くて苦しくなったら、いつでも戻ってきてもいいがなァァァ!!!」


 二人は間違いなく戦っていた。

 お互いの拳には、テニスボールくらいの石が握られていた。

 彼らの攻撃は宙を舞っていた。一回も当たっていないのは、両者にとって幸か不幸か。

 当たりさえすれば、そこで勝負がつくのだから。もう、喧嘩をする必要もないのだから。


 しかし、田中さん夫婦は喧嘩を止めはしない。

 悪いところを隠すだけならば、簡単なことだ。造作もないことだ。

 納得するふりをすることだって、熟達した大人である二人には容易いことだろう。


 だが、それでいいのか。そんなことをする関係が、夫婦と言えるのか。

 何も平和的な関係だけが、オシドリ夫婦の一面ではない。

 彼らは、分かっている。この人こそが、人生における最大の相棒パートナーになると。

 だから、妥協しない。やるときは、全力でやる。


「戻るも何も、もう、あなたの元で一生いるって、決めたんだよ!!! 勝手に選択肢を増やしてんじゃねえよ!! 目障りだわ!!!」

「だったら、さっさと、こんな浮気者に罰を与えんかい、このアホンダラァ!!!!」


 彼女は石を握りしめた。そして、それを

 自分自身の頭に向けて、打った。


 それを、トシカズさんが手の甲を使って、受けた。

 ここに勝負はついた。


「っえ」


 ジンジンと腫れる手の甲。手全体が痺れてしまい、ろくに握ることすらできない。

 トシカズさんの眼には涙が溢れていた。


 ヤスコさんの顔を見てみると、涙が一筋、零れていた。

 その姿を見て、トシカズさんの顔からも涙が一滴、流れていく。


「死ぬほど痛いくせに、粋がっちゃって……」

「粋がってなんかないわ。むしろ粋がらせてほしいくらいだわ」


 ヤスコさんが石を投げ捨て、かわりにバッグから包帯を取り出した。

 それを、夫の手にゆっくりと巻いていく。


「ごめ―――」

「それ以上は言わないでくれ。結婚した時、決めたじゃないか。『絶対にこの人にだけは、謝らない』って」

「トシカズさん」

「なんだい、改まって」


 沈黙の後、ヤスコさんがバイオレンスな過去を披露した。


「実は私、過去に男とは、何人とも付き合ってきました」

「知ってる」

「中でも幼馴染のケイタ君とは、大恋愛でした」

「知ってる」

「結婚を前提にしていましたが、借金こさえて、逃げられました。あなたと付き合っている時に、やたらとお金をせがんでいたのは、その為です」

「知らなかったけど、許すよ」


 突然の過去語り。

 ヤスコさんに触発されたのか、トシカズさんもバイオレンスな過去を披露した。


「実は前科持ちなんだ」

「知ってます」

「牢屋にも入っているんだ」

「知ってます」

「お前に黙って、将来の計画を立てているんだ。子供の名前も三人まで決めている」

「知らなかったし、許せません。私も参謀に加えてください」


 実際のところ、お互いが打ち明けたのは、自分達が持つ秘密のごく一部でしかない。

 オシドリ夫婦だろうが、隠し事がないわけでもないのだ。

 喧嘩の度に、その勢いで吐き出すのがお互いにとっての決まりごとのようにもなっている。

 他人に言えない秘密を打ち明けられれば、それが相手に受け入れられれば、夫婦の絆はもっと深まっていくのだろう。


「それじゃ、家へ帰ろうか」


 当然と言うべきか、猫はいなくなっていた。

 パンを与えるべきだったかは、どちらにも分からないことであったが、夫婦のいざこざに巻き込んでしまったことについては、申し訳ないことのように思えた。


「次来たときは、ミルクでも与えてやるか?」

「餌はやらなくてもいいんじゃないかしら? そういうのは、管理人さんの仕事でしょう」

「それもそうかな」

「その代わり、猫じゃらしで遊んであげましょう―――」


 田中さん夫婦は、市内きっての仲睦まじい夫婦であった。


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