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第十八話 デパートへ行こう

 太陽の日差しを遮る建造物。

 吾郎は日蔭で大きく伸びをした。


「うわぁ~、おっきいね~」

「まぁデパートだしな」


 4階建てのデパートを物珍しそうに見上げる希莉の表情はどこか、羨望を含んでいるように見えた。


「こんな物を……やっぱり人間はすごいなぁ」


 立ち止まった希莉がついて来ていないことに気づいた吾郎は振り返りながら口を開く。


「おい、希莉。置いてくぞ?」

「あっ、今いくよ吾郎」


 彼女は人間の創りだした大きな建造物に足を踏み入れた。


 希莉は店内に張り巡らされたインテリアの数々を興味深げに眺めている。

 色とりどりのショーウィンドウ。

 食欲をそそる香りが漂ってくるかと思えば、ペットショップでは子猫達がじゃれあっている。


 エスカレーターを目を丸くして見つめてた希莉と並んで歩いていた吾郎は、向かいから知った顔が近づいてくることに気付いた。


「あれ、武兄じゃん」

「ホントだ~」


 颯爽とデパート内を歩いていたのは、読者モデルもかくや、という抜群のルックスに洒落た服装で歩く武夫の姿だった。

 髪も若者らしく、遊びを持たせた上で整えており、細面の顔を更に映えるものにしていた。

 道行く女性がちらちらと武夫に視線を向けているのは、決して吾郎の気のせいではないだろう。


「あれで中身がまともだったらなぁ」


 まさに完璧だ。


「でも面白いよ?」

「いやまぁ確かに面白いけどね、いろんな意味で」


 そうこうしていると、どうやら武夫の方も二人に気付いた様子で近寄ってきた。


「あれ、吾郎と……いつぞやのシーナちゃんではないか!」


 いやシーナちゃんではないよ?


「こんにちわ、武兄」

「ちなみに名前はシーナちゃんじゃなくて希莉だからね? 武兄はこんなところで何してんの?」


 吾郎が尋ねると、武夫は口を開こうとしたが――その前に希莉がやおら大仰に両腕を振り上げた。


 そしてカッと目を見開き、彼女は叫ぶ。


「ん~、ドリルブラスター!!」


 いきなりの大声。

 吾郎は戸惑ったが、武夫は興奮気味に口を開いた。


「なぁっ!? これは……」


 ふっとニヒルに笑った希莉は胸を逸らしながら武夫に指を突きつけた!


「油断したわね、ネジ男爵! 同時に全ての心臓を攻撃するために開発した新武装よ!」


 希莉に応えるようにして武夫は右拳を握りしめ、唸る。


「ぐぅっ!? 複数の小型ドリルを散弾銃のように飛ばしたのかぐはごほげばはぁっ!」

「これでトドメ! ドリルゥゥゥッ! インッ! パクトォォォッ!!」

「ぐはぁあああああああああああああああああああああっっ!!」


(えぇぇぇええええええええええええええええええええっっ!?)


 吾郎は目の前の光景に唖然としつつ、心の中で叫んだ。


「止めて恥ずかしい皆見てるよ!!」


 突如吾郎の目の前で始まった今朝の『破砕少女シーナちゃん』のリプレイごっこ。

 堂々たる二人のやり取りに、何事かと皆さんが吾郎たちに視線を向けているではないか。


 集まる視線。

 ひそひそと聞こえる小さな話し声。


 高笑いする馬鹿二人。

 羞恥心のあまり、頬を真っ赤に染めて縮こまる吾郎。


「ぬぉおおおおおおおおっ!! 退避するぞ退避ぃいいいっ!!」


 馬鹿二人の襟首を掴み、吾郎はデパート一階を駆けた。

 その様子は精霊の力を付与されていたわけでは無かったが、吾郎の必死な形相と相まって、人間離れしているように見えたことだろう。 

 そしてトイレの前の人気のないところまでやって来て、


「いきなり何を始めるんだ!?」


 吾郎は大喝した。


「何って……」

「なんだぁ吾郎見てなかったのか? さっきのは今朝の」

「そういう意味じゃねぇええええええええ!!」


 もう! もう……っ!!


「なんでいきなり、あの場で始めたの!?」

「いや武兄ならノってくれるかなって」

「あんな振りされちゃあな、やむを得まい」

「やむを得ろよ!!」


 駄目だこいつ等……早くなんとかしないと……。


「「あっはっは!」」


 人智を超えた精霊と、一線を超えた変態。


 これはなんというか、もう駄目かもわからんね。

 言っても無駄な気がする。


「はぁ……」


 一際大きな溜息を吾郎が洩らすと、武夫と希莉の視線が揃って吾郎へと向いた。


 それにしても顔だけで見比べてみればお似合いの二人である。

 これほどの美男美女が揃う事など芸能界くらいでしか無いのでは、と思えた。

 いや趣味ももしかしたら合うのではないだろうか。

 なんだか子供みたいに楽しそうに笑い合う美男美女の顔を見ていると、些細な思考は吹き飛んでいって……。

 

 吾郎の胸が小さく疼いた。

 

(……あれ?)


 不可思議に思う吾郎を置いて武夫と希莉はまたもや歩き出す。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら歩く二人の後ろ姿からは反省の色がまるで感じられなかった。


(はぁ……もういいや)


「あっ、ねぇねぇ武兄はあの国旗がどこの国かわかる?」


 希莉が指差した先には、世界中の国々の国旗が紐で括られたアーチがあった。


「んぁ、あれはフィンランドかな」


 間髪入れずに答える武夫。

 さすがに物知りである。


「空港の土産物屋さんとか見ても、キシリトールかムー○ンくらいしか置いてない……」

「お前らはフィンランドになんか恨みでもあんのか!?」

 



   ☆ ☆ ☆



   

「ねぇねぇ吾郎」

「……」

「そろそろお昼だよね?」

「……」

「つまりご飯を食べる時間な訳ですな?」

「……何が言いたいんだ?」


 そう言いつつも吾郎は希莉の意図を十二分に理解していた。

 何故なら希莉は先ほどから地下のレストラン街の看板をチラチラと見つめているし、「あぁ~、たまには外食もいいんじゃないですかね?(ちらっ)」と、しきりに言い寄ってくるのだ。


 くぅ~、という可愛らしい音が希莉の腹から聞こえてくる。


「おや失敬。腹の虫が騒ぎ出したようですな」

「……」


 はっきり言ってちょっとうざい。

 あの後、なんでも武夫はオモチャ屋さん同士の秘密の会合があるらしく、別れることとなった。

 武夫の顔がニヤニヤと嫌な笑いを浮かべていたので、ろくな集まりでないことは確実であろう。


(外食は高いから、あんまり好かんのだけどなぁ)


 一通りの買い物を済ませ、当て所なくブラブラと歩いていた吾郎達だったが、正午近くになり、Gの精霊が俄に騒ぎ出したのだ。

 安い吉○家とかでもいいけれど、せっかくちょっと遠いデパートまでやって来て、そういうのもなんか違う気がする。

 というか希莉の容姿で吉野○には入って欲しくないのが本音だけれど。

 イメージって大事やん?


「はぁ……で、お前は何が食べたいの?」

「オムライス!」

「はぁっ!? お前昨日喰ったばっかじゃん!」

「だからもっかい! ほらっ、ね?」

「いや何が、ね? なのかさっぱりわからんぞ。俺は別なのを食べたいんだけど」

「でも吾郎のオムライスはケチャップでしょ?」

「……デミグラスソースのやつも今度作ってやるから」

「私は今食べたいよ?」

「……」

「私は今食べたいよ?」

「2回言うな」


 ため息を一つ。

 しつこい希莉に結局折れた吾郎は、希莉ご所望のお店へと向かうことに。

 さすがにメニューがオムライスオンリーということはないだろうから、パスタでも食べるとしよう。

 吾郎はそう思った。


 二十分後。


「はっ!? なぜ俺はオムライスを食べている!?」

「おいしいね~」

「いや確かに美味いが……」


 くそっ。まんまとやられた。

 店に至るまでにオムライスがどれだけ素晴らしい料理であるかを、力説していた希莉の言葉が脳裏に蘇る。

 メニューを開き、そのオムライスの写真を見た瞬間、まるで洗脳されているかのごとく、反射的に吾郎は言っていた。


 オムライス二つください、と。


「はぁ……」


 まぁ美味いからいいんだけどさ。


「やっぱりオムライスは美味しいよね」

「まぁ、そうだな」

「デミグラスソースは初めて食べたよ」

「ケチャップと違って家に常備してあるものじゃないからなぁ。チキンライスだって俺が作るのよりも、味がしっかりしてるし……、やっぱり店のは家で作るのとは、また違う感じなんだよなぁ」


 吾郎がそう言うと、希莉が満面の笑みを吾郎に向けながら口を開いた。


「でもやっぱり私は吾郎の作ってくれるオムライスの方が好きだよ」 


 それは子供みたいな無邪気な笑顔で。

 吾郎には彼女の言葉に偽りがないことが痛いほどにわかった。


「そ、そか。ふぅん」

「うんっ」

「……」

「あれぇ~? 吾郎照れてんのぉ~?」

「ばっ……」


 こいつは最近本当に生意気になってきましたよ。


「お前今日はちょっと調子乗りす……」


 忠言を告げようとした吾郎の言葉を聞く直前。


「……」


 彼女の動きが静止した。

 目が大きく見開かれている。


 そして。


「……っ」 


 希莉の表情に突如として焦りの色が帯び、彼女は立ち上がった。

 まるで何かを探すようにして周囲を見渡し始める希莉。

 そんな彼女の行動の意味が全く理解出来ない吾郎は呆然と立ち上がった希莉を見上げていた。


「いきなりど……」


 うした、と。

 言いかけ、立ち上がろうとした吾郎の足がふいに――、


「えっ……?」


 ――宙に浮いた。

 

 

 


 

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