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プロローグ

「総員退避ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 突如クラス委員長の雄たけびが教室中に響き渡り、皆は何事かと慌ただしく声のした方へと目を向けた。 

 そこには尚も叫び続ける小柄な少年が鬼気迫る表情で立っている。

 

 今時のアニメや漫画では委員長と言えば眼鏡の似合うおさげの美少女か、責任感の強いツンデレ風味の美少女であると相場が決まっているものだが、残念ながら現実には早々都合よく美少女が散在しているわけもなく、いかにも押し付けられました、と言った風情のあまりパッとしない少年であるが今そんなことは、知りたくもないお孫さんの話を延々と続ける更年期を迎えた奥様の世間話よりもどうでもいい。


 普段からあまり大きな声で話したりすることのない委員長の突然の叫び声に、クラスメイト達は一体どのように接してあげればいいのかがわからない。

 必要なのは医者か、それとも心を許せる友達か。

 首を捻って唸る生徒達。


 しかしそんな中、一人の少女が委員長が人差し指を突きつけている先へと視線を移動させた時に全ての状況を理解した。


「きゃああああああっ!! ごぉっ……ゴキブリぃいいいいいいっ!!」


 一体細身な身体のどこからそのような声を出しているのかは分からないが、とにもかくにも大きな声だった。

 だがすぐさま彼女の視線から『敵』は姿を消してしまう。

 その少女の悲鳴によって他のクラスメイト達も自分達が置かれた状況を瞬時に理解した。


「「「「……っ!!」」」」


 脳裏によぎるは黒い影。


 今自分達の教室が侵略を受けていることを誰もが明確に把握した。


 俄にざわつく教室。

 周囲を見渡す生徒達。


 ――して奴は何処に?


「おおおぉおおわぁああっ!」


 素っ頓狂な声に振り返ればそこには足元を這いまわるGを避けるべく、右足を振り上げ、どういうわけか両腕も振り上げたクラスメイトその一の姿があった。

 クラスメイトその一の足元を黒光りする『奴』が高速で這いまわっている。

 カサカサという擬音がほどよく似合う教室の侵略者は、まるで金持ちの豪邸の庭ではしゃぎ回る大型犬のごとく縦横無尽に教室の中を疾駆していた。


「うわっ、こっちくんなっ!」

「きゃぁああああああっ」


 阿鼻叫喚の教室の中、勇気を振り絞ったクラスメイトその二がなんと上履きでGを退治しようと足を振りかぶった。

 誰もが無茶だと思った。

 彼は正常な判断が出来ていないのか、それともここで格好良い所を見せてクラスのマドンナ的美少女である一之瀬瑠璃いちのせるりに近寄る布石にするつもりなのだろうか。

 おそらくどちらの理由もあるだろう。

 二つの要素の混合比は3対7といったところか。

 

 冷静に考えればGを足で踏み潰したとしても気持ちが悪いだけであり、一之瀬瑠璃いちのせるりに近づくのは到底不可能な話ではあるが、彼はそんなことは露ほども考えることなく足を振り落とす。


 しかし奴は速かった。


 勇敢なクラスメイトその二の足を、まるであざ笑うかのように回避したGは、カサカサと素早く旋回運動をしたかと思うと、誰もが恐れていた行動に出る。


「うぉおおおははあっ!?」


 そう、飛翔だ。


 まるでクラスメイトその二に反逆するかのごとく両羽根を広げたGは空を駆る。

 己の顔面に向かって飛んできたGを避けるべく、マ○リックスでおなじみの上半身仰け反りを試みるも、日頃の運動不足による凝り固まった筋肉が構造限界以上の体術を許すはずもなく、中途半端な行動に出たことによって事態はより深刻な状況へと推移していく。


 仰け反ったクラスメイトその二を追尾しようと羽根の動きを変えたGはそのまま滑空していき、まっすぐにクラスメイトその二の口元へと……。


「くぁzwsぇdcrfvtgbyhnっ!?」


 惨劇は続く。

 言葉にならない悲鳴を上げるべく開いたクラスメイトその二の口は、Gにとっては隠れやすそうな小さな穴にしか見えなかったようだ。


「@:・llkど3いcじえじゃんひえおうj3いうおc「ぇ、せお@お4おおrvc!?」

「きゃああああああああああああああああああっ!!」


 クラスメイトその二の口の中へとそそくさと侵入していったGの様子をしっかりとその目に収めていた一之瀬瑠璃の悲鳴が教室中に響き渡る。

 高校生の一日の中でも最も平和な時間であるはずの昼休みが、今まさに暗黒の時間へと様変わりしていた。


「……うぉ、なんだこれは」

「あっ、吾郎! 今この教室……というかあいつのインザマウスにGが……っ!!」


 昼休みが始まるや否や教室を飛び出し、購買でのパン争奪戦へと参加していた郷田吾郎ごうだごろうが教室へと帰ってくると、そこには悲痛な叫び声が溢れかえっていた。

 クラスメイトの指差した少年……クラスメイトその二改め、木村典弘きむらのりひろ(通称:ノリ)の様子が明らかにおかしい。

 目は白目を向き、奇声を上げたかと思えば突然両腕を交差しながら踊りだしたのだ。

 

 あれが某国民的RPGで有名なふしぎなおどり、というやつだろうか。

 メ○パニダンスの線も否定できない。 

 しかしノリが教室で奇行に走ることなどは日常茶飯事であるため、今さっき教室に着いたばかりの吾郎としてはいまいち状況を把握できなかった。


「あれ……あいつなんか食ってんのか?」


 吾郎の右隣に立つ長身の少年、中村孝介なかむらこうすけが目を細めながらノリの口元を見やり、呟いた。


「ひゃっ、ちょっ……あれまさか……!?」


 釣られたようにして目を向けた吾郎の左隣に立っていた少女、周防響子すおうきょうこが事態の深刻さを悟り、吾郎はなぜそのような事態になっているのかが不明のまま思わず大声を上げた。


「あ? ……ってえぇえええええええ!?」


 何か足が見える。


 ノリの口から僅かにはみ出した小さな小さな黒い足。


「ノリの奴……虫食ってんのかよハハッ!」

「なんで孝介は笑ってんのよ!」

「えっ? いつもの体を張ったギャグだろ?」


 呑気に笑いこける孝介の目は節穴に違いない。

 もしくは一刻も早く病院へ行って検査を受けるべきだ。

 瞬き一つせずに、口から泡を吹いているクラスメイトを前にして、こんな反応をしていられるのは頭のネジが緩んでいる証拠に相違あるまい。


(うわぁ……)


 ノリは瀕死の状態であると見ていいだろう。

 あんなホラー映画の一幕のような状態に陥った人間を人生で実際に見る機会など稀である、というか最初で最後であると吾郎は信じたかった。


 だがこのままではノリは明日から登校拒否になってしまうような可能性も否定できない。

 少なくともトラウマになることは確実であろう。

 どよめくクラスメイト達を無視して、吾郎は素早く教室の窓を開け放つとノリの前まで歩み出る。


「あがががががあpりjふぉ3うf3いじょc3」


 正に極限状態にあるノリの前で吾郎は誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。


「……頼むぞ」


"任せてよねっ"


 すると吾郎の頭の中に直接響き渡るような『声』が届く。


「…………(カサカサ)」


 今まさにノリの胃の中まで決死の大冒険を敢行しようとしていたGが一度ピタリと動きを止めると、まるで外の様子を窺うようにしてノリの口からゆっくりと出てきた。

 その姿は吾郎の姿を確認しているように見えなくもない。

 

"いいってさっ"


 吾郎の頭の中にまたもや声が響いたかと思うと、ノリの口元でくすぶっていたGは自慢の羽根を広げ開いた窓から外へと真っ直ぐに飛んで行った。


「ふぅ……」


 教室から黒い悪魔が立ち去ったことを確認したクラスメイト達は皆ほっとしたように一息をついた。

 瀕死の一名を除いてだが。




  ☆  ☆  ☆




 その日の午後。

 史上稀にみる悪夢の昼休みのせいで多くの生徒達が昼食を摂る時間を確保することが出来なかったにもかかわらず、腹の虫の音が聞こえてくることはなかった。

 あまりの惨劇に食欲を失ってしまったに違いない。


 蛮勇を誇ったノリはというと、半狂乱の状態のまま保健室へと強制連行され、しばらくの後、念のため病院へと運ばれていく手筈となった。

 病原菌などの検査も必要らしい。


 休み時間を迎え、吾郎は今一人で屋上の手すりに寄りかかっている。

 屋上には他には誰の姿も見えない。


 しかし吾郎は誰かに語りかけるようにして口を開いた。


「さっきのゴキブリはなんて?」


"ん?" 


 吾郎の声に応える声が、彼の頭の中で鳴り響いた。

 

"うーん、と。私達が危害を加えさせないから早く窓から逃げな、って言ったらちゃんと言う事聞いてくれたよ"


「そうか」


"ふっふーん。どう? あたしったら役に立っちゃった?"


「調子に乗るんじゃない」

「なによぉ~」


 突然左隣から吾郎のへと声が届いた。先ほどまでは頭の中に直接語りかけて来ていた彼女だったが、どうやら実体化をしたようだ。


「おい馬鹿っ。学校では出てくるなと言っただろっ」

「今は誰もいないじゃない?」


 そう言う彼女は白いワンピースを完璧に着こなす、長い黒髪を携えた美少女だった。

 小顔の中に収まった瞳は驚くほどに大きく、モデルのようにスタイルの良い抜群のプロポーション。

 天真爛漫を絵に描いたような明るい快活な笑顔。

 きめ細やかな素肌はシミ一つ無く、太陽の光を浴びて白く輝いているかのようであった。

 

 嬉しそうに吾郎に笑顔を向ける彼女と目を合わせるのが照れくさいので、吾郎はぶっきらぼうに呟いた。


「……はぁ。なんでこんなことになったのかなぁ」


 吾郎はぼんやりと空を見上げる。

 今日は雲一つなく快晴と言って差し支えない天気だ。

 吾郎の心の内など、まるで知ったこっちゃないと言わんばかりに太陽が燦々と輝いている。


「ふっふーん。運命じゃない?」

「なぜだか全く嬉しくないな」

「照れちゃってもうっ」

「頬をつつくな頬をっ!」


 隣に立つ彼女の手を振り払った吾郎は面倒くさそうに頭を抱え込む。

 そんな様子の吾郎を見下ろしながら、少女は頬を膨らませた。


「精霊と契約出来たというのに……なんでそんなに落ち込むかなぁ」


 そう。

 先日自分が精霊だとか、のたまう輩が吾郎の家に侵入してきたかと思うと半ば強制的に契約とやらをさせられ、今もこうしてまとわりつかれているのだ。


「……もう一度だけ聞いておこう。お前はなんの精霊なんだっけ?」

「またその質問ー?」


 確認するような吾郎の問いかけ。

 それに対して満面の笑みで精霊少女は答えた。

 

「私はゴキブリの精霊よっ!!」







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