ユウノ
朝から降り積もる雪に憂鬱を感じながらユウノは窓越しに空を見上げた。
一面の吹雪、真っ白な空。校庭も中庭も、それから屋上も雪だらけ。昼休みになっても止む気配はない。
ストーブで暖を取りながら呟いた。
「何よ、もう最悪。今日はクリスマスなのにぃ」
高校二年生の12月ともなれば初々しいカップルもチラホラと見かけられ、今年こそはと意気込んだものの、お声が掛からない優乃にとっては肩身が狭いところだ。
「別にいいじゃん、私達がいるでしょ! お菓子でも食べて元気だそ!」
ユウノと同じくストーブで暖を取っていた女の子が一人ユウノの肩をぽん、と叩いた。同じ吹奏楽部のエリだ。
「もー、そんな事を言ってるから今年も彼氏が出来ないんでしょーがーっ!」
不貞腐れるユウノに、エリが指を差した。ついついユウノの視線も指に釣られて視線を動かすと、男子グループの中の一人の男の子が目に飛び込んできた。咄嗟に目を逸らしながら隣のエリを小突いた。
「ちょっと! 何でハヤトを指差しているの!」
小声でエリを問い詰めたが、エリはニヤニヤと笑うばかり。
「えーっとぉー。わたしぃー、別にハヤト君を指差したつもりないんだけどなぁー?」
(はめられた!)
「もう! やめてよそういうの」
ユウノがエリの肩を掴んでゆさゆさと揺さぶった。
「えへへ、ごめんごめん。ところで今日のクリスマスコンサートにハヤト君を招待しなくていいの?」
「うーん、別に」
「え、いいの? もう少し積極的になってもいいんじゃない?」
「そういうエリこそどうなのよ」
ユウノはエリを不貞腐れたように睨んだ。
「でも、相手は先生だしねー」
はぁ、と溜息を洩らすエリ。
「ま、私はいいよ。先生はコンサート来てくれるって言うし、ユウノの方が気になるし。で? ちゃんと誘った?」
「えっと……まだ」
ユウノはか細い声で呟いた。消え入るような声だった。
「まだ? じゃあ言って来なさい! ほらほら!」
ユウノはくるりと体を回らされて背中をぐいぐいと押された。
(待って! 心の準備が出来てないの!)
深呼吸を二度繰り返す。
「もう、わかったから! 行けばいいんでしょ行けば!」
「そうそう。最初から素直になってればいいのです」
ユウノは頬が火照っていくのを感じた。どくんどくんと心臓が弾けそうな程暴れている。
(大丈夫、大丈夫、ハヤトは友達。ハヤトは友達)
おそらく鏡で確認できるのなら耳まで真っ赤なのだろう。ユウノはなんでもないように装いながら、ハヤトに近寄る。
丁度男子グループがバラけてハヤト一人になっている。意を決してユウノは口火を切った。
「ね、今日私達吹奏楽部のコンサートがあるんだけど、どうかな? 来ない? 来ないよね? あはは」
目を合わせる事ができない。指をもじもじと絡ませた。
「え? 俺?」
ハヤトはきょろきょろとあたりを見回して自分しかいないことを確認してから、自分を指差した。
「だめ? かな……」
(やばい、どうしよ、泣きそう)
心臓の刻むビートは高まる一方で、おそらく10秒も続けば自分は失神してしまうんではないだろうかとユウノは思い始めた。そんな気持ちを知ってか知らずか、たっぷり五秒も考えた後、ハヤトは頷いた。
「あ、ああ。予定がなかったら行くよきっと」
ハヤトは頬をポリポリと掻きながら曖昧な笑みを浮かべた。
(よし! やった!)
ユウノが振り向くと、エリはウインクしていた。
放課後。
吹奏楽部のコンサートはもう間もなく始まる。
エリは先生が来ているのを確認してニヤニヤ締りのない笑いを浮かべていた。
「ユウノ、ハヤト君来てるよ。ほらほら」
扉の陰から客席を覗くと確かにハヤトの姿を見つけることが出来た。他にもクラスの友人や、先生、引退した吹奏楽部の先輩達が見に来てくれている。血液が頭に上って行くのを感じる。大会で感じるような緊張とはまた別の緊張だった。
(どうしよう、私、ちゃんと演奏できるかな)
パチパチという拍手と共に席に着く。愛用の楽器を握りしめて浅い呼吸を繰り返した。
(平常心、平常心)
指揮者の指示通り、定番のクリスマスソングを演奏していく。
(まあまあ、かな? 満点とはいかないけど、及第点)
最後の曲も終え、楽屋に戻る。
(感想とか聞けるかな? 残ってたらいいな)
楽屋からこっそり客席の様子を窺った。
ハヤトの姿は……ない。
「ま、来てくれただけいいじゃない! 私だって先生来てくれて嬉しかったよ!」
「うぅ、でも」
「じゃあ毎年恒例のパーティーしよ! 先行っているね!」
ユウノは名残惜しそうに客席を見続けたが、やがて踵を返してパーティーの輪に加わった。
パーティーが終わった。1時間近く使って出しものをしたり、引退した先輩といろいろな話も出来た。それなのにユウノはどこか寂しさを覚えていた。
「今日も楽しかったねー! じゃあねユウノ、メリークリスマス! 私先生のところ寄ってから帰る!」
「もう、……メリークリスマス!」
手を振ってエリと分かれる。
「はぁ。やっぱり今年も寒いなぁ」
靴を履き替える。
玄関をくぐると、雪の寒さに震えているハヤトが居た。
ユウノに気付いたのか、ハヤトは真っ赤になった手を挙げた。
「よぉ」
(嘘! なんでいるの?)
淡い期待を抱きながら答える。
「……どうしたの?」
(あー、もう! 他に聞き方があるでしょ!)
「いや、どうもしない」
「あ、そう」
ユウノは照れくさくなってハヤトの横を通り過ぎようとした。
「ユウノ」
「何よ」
「コンサート、楽しかった」
「そう。ありがとう。こっちこそ、来てくれてありがとう」
「……」
「……」
無言の時間が耐えられなくなっったユウノは今度こそ帰ろうとして、
「その、なんだ」
「……」
ユウノは足を止めた。ハヤトは傘を開いた。バサッと大きめな音がする。
「雪が降っていて寒いし……」
「……」
「雪で足元危ないし……」
「だから?」
「……一緒に帰ろうぜ」
「いやよ」
「そっか。じゃあな」
「う、そ」
ユウノはハヤトの傘の中に潜り込んだ。
「おい、ちょっと何してんだ。傘持ってるだろ」
「忘れてきた」
「お前の手に持っているのは何だよ」
「忘れてきた」
「だから」
「忘れてきた」
「わかったよ。じゃあ帰ろうぜ」
「うん!」
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