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白百合の君  作者: 九月
第三章 16歳の私 〜ディプトリス学園魔法学科1学期〜
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悩み事。

さすがに遅くなり過ぎた。部屋を出たときとは明らかに違う太陽の位置に思わずため息が出そうになる。竜胆様を探しに行っただけなのに。これではミイラ取りがミイラになっただけだ。ごめんなさいカトー先輩、本当はもっと早くに帰ってこられるはずだったんです。心の中で謝りながら、それでもなんとか時間を縮めようと早歩きで花畑を抜け、中庭を通り過ぎ、風紀委員室に向かう。


それにしてもこんなにも部屋は遠かったのだろうか。気ばかりが焦って足が空回りしそうになる。そんな私の様子とは全く異なり、私の後ろをつかず離れずの距離でついてくる竜胆様は余裕綽々な表情で歩いているが。これが男と女の違いかと思いながら、ほぼ駆け足になっている自分の足の短さに呪うとともに、竜胆様の豪胆さに呆れる。今からあなた確実に怒られるんですよ・・・?なんでそんなにも他人事なんですか。


「着いた。」


扉が見え思わず安堵の言葉が出たのは致し方がないと思ってほしい。今思ってみたらなかなか遠いところまで行っていたようだ。カトー先輩たちは怒っていないだろうか。ドキドキと脈打つ鼓動を深呼吸で抑えながら、扉を開けた。


「すいません本当に遅くなりました。」

関口一番そう言って頭を下げる。


「いやいやいいんだよ。顔をあげてアリエル。ありがとう。フェリクス、連れて帰ってきてくれたんだろう。」


そう言って暖かい言葉をかけてくれたのはカトー先輩だった。ゆっくり顔をあげると他の部屋にいた風紀委員の人たちもお帰り、お疲れ様と、声をかけてくれた。


「ただいま、戻りました。」


良かったと安堵すると共に思わず笑みが零れた。


「お疲れ様、アリエル。

さーてと、フェリクス君はアリエルに呼ばれるまで、どこで何をしていたのかな?」


カトー先輩の視線が私から後ろに移動したのにつられ、私も振り向くと、竜胆様と目があった。


「・・・さあな。」


しかしそう一言だけ言い放ち、すっと目線をそらされた。


どうやらその態度がカトー先輩の何かを切れさせたらしく、竜胆様の目の前に立ってガミガミとお説教をし始めた。どこ吹く風の竜胆様の態度にさらにその熱はヒートアップしそうだ。






別に竜胆様が怒られているのはいい。これは自業自得だと思う。

だが、それにしても一番地味に被害を受けているのは私のような気がする。完全にこの場を立ち去るタイミングを逃した。ちらちらと周りを見るが、さわらぬ神に祟りなしなのか、皆こちらを見ておらず、私のこの状況に気が付いていない。カトー先輩は怒りで竜胆様にしか目が行っていておらず私が見えていないし、竜胆様はもってのほか、私どころか、目の前に立っているカトー先輩さえ視界に入れず、横を向いている。気付くはずがない。

困ってさらにキョロキョロすると、セドリック先輩がこちらを見て手でこっちに来いと合図してくれていた。


「ありがとうございます。」

隣の席に座りながら小声で礼をいうと、こくりと頷いて頭を撫でてくれた。相変わらずの無表情なのに深緑の瞳が優しくて頬が熱くなっていくのが分かった。











「アリエル、悪いがこの資料を生徒会に持って行ってくれないか。」


夕方突然のカトー先輩の言葉にごくりと喉が鳴った。


「え、あ、いや。すいません私この書類を今日中に完成させたいので。」


「そうか、じゃあフェリクス持って行ってくれ。くれぐれも寄り道をするなよ。」


カトー先輩のとげのある声に、竜胆様は嫌そうな表情を隠しもせず、資料を受け取り、出ていった。


視線を手元の資料に移すが、今日中に終わらせると自分で言っておきながら文字の上を滑るのみで頭に入ってこない。


どうしよう。どうすればいいのだろう。安易に風紀委員に入ることを決めてしまった約一か月前の私をここ最近恨む日々が続いている。少し考えれば、風紀委員が生徒会と関わりが多いことは解ったはずだ。なぜならこの学園の二大勢力なのだから。あのときの私はどうかしていたと言わざるを得ない。あんなに簡単に自分の首を絞めてしまった私に。今頃になって書類を作ったり処理したりしている私の仕事は何かと生徒会と関わることが多いということに気が付いた。先ほどのように書類を持って行ってほしいと言われることが最近多くなったからだ。恐らくカトー先輩たちは今後のために私を生徒会の人たちと接触させようとしている。それはまあいいのだ。生徒会の人たちに会うくらいなら。親衛隊に見つかったらまずいという思いは少なからずあるが、一番の問題はそれではない。


問題は、シアだ。


変装は完璧だと言いう思いはある。だから簡単にばれはしないとも思う。なぜならあのお姉様が作ったものだから。だけど、万が一、万が一ばれてしまったら。そう考えると恐ろしい。私に異常に、傾倒しているシア。この学園に入ってそのことを酷く痛感させられた。そう表現せざる得ないほどに懐いているシアの事だ、何かの拍子にばれてしまったとき、怒られるのは間違いない。


『なぜ僕に一言も言ってくれなかったの?』

『僕はエルの執事でしょう?』

『僕はいらない存在なの?』


今すぐにでもばれてしまった時のシアの顔と言葉が浮かんでくる。そして確実にシアは私一色の生活に逆戻りする。シアにだって友人はいるのだ、私の執事だからと言ってシアを縛ることはしたくない。だけど、そうなればシアは必ず自分よりも私を優先する。それは困る非常に困る。何よりもそんな生活を送りたいがためにここに入学したわけではないのだ。家族を何とか説得しここに入ったあの苦労を水の泡にしたくない。しかしあのシアだ。私の変装を見破らないと断言することは難しい。そんなことはありえないと思うが、私に関してならシアはありえないと人が思うことを簡単にしそうな気がする。


ましてシアに見つかればイモずる式に私が貴族のしかも伯爵家の娘だとばれてしまう、可能性が大いに高まる。貴族だとか、平民だとか気にする学園ではないことは知っている。だけど、私の父は宰相で母は元皇紀様付の第一侍女、兄は皇宮騎士団第一番隊の副隊長、姉は皇宮魔術師、とにかく私の家族は名が知られ過ぎている。そんな家族の一員だと知られたら、皆が無意識のうちでも接し方が変わってしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。しかも私はみんなを騙している。せっかく仲良くなれたサーシス達に合わせる顔がない。本当の事が知れたら嫌われてしまうかもしれない。だって私は嘘吐きなのだから。カトー先輩やセドリック先輩、テッド達風紀委員の皆にも。嫌われたくない、友達でいたい。色々な思いが胸に渦巻いて頭がいっぱいになる。ばれたくない。せめてこの三年間私はアリエルでいたい。三年間、三年間だけでいいのだ。


私が我儘なのは分かっている。裕福な家、優しい家族、恵まれた環境、誰もが羨むものを私は何の苦労もせず得ているのに、さらにこんなことを思うなんてことは、ただの我儘なのだ。


だけど、


だけど、私はただの女の子でいたい。


だって私はそうしなければ_________


幸せな時間は長くは続かない。そういうものに限って脆く、壊れやすいものだから。


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