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白百合の君  作者: 九月
第三章 16歳の私 〜ディプトリス学園魔法学科1学期〜
34/36

青い蝶。

日々は気づかないうちに瞬く間に過ぎ去っていく。すでに学園に入って半月が経ち、もう下旬といっても差し支えないほどになっていた。

春の暖かさを実感する日がここのところずっと続き、満開の花々が咲き乱れている。

今日も窓の外は青空が広がり、流れゆく雲と優美に空を翔る鳥たちが見える。






「何かあったのか?ぼうっとして。」


何処かに意識を飛ばしていた私は、カトー先輩に声をかけられ視線を窓から先輩に移す。心配そうな表情をしていた。


「いえ、何でもありません。」


「何にもないことないだろう。どうしたんだ?」


どうやら私の返事が気に食わなかったようだ。眉が少し吊り上り、険しい顔になった先輩の表情。どうやら誤魔化しは許されないようだ。このままうやむやにしても仕方がないと今考えていたことを正直に話す。


「窓の外にいる鳥を見て思ってただけなんです。




……………………………どうすれば現実から飛び立てるかなと。」


私の最後の一言を聞いて一気に表情が変わり、カトー先輩は焦った声を出す。


「やめてくれ!!アリエルまで今抜けられたら風紀は死ぬ!!そして俺も死ぬ!!」


「まあ、そんなことありませんよ。皆さん優秀な方たちばかりですから。」


「おい、柔らかく微笑むな!理性を手放すな!しっかり現実を見ろ!」


必死の形相の先輩に、私は笑そうになりながら、しかし何とも言えない気持ちになる。


「だってこんな状況が何日も続いたら、現実から目を背けたくなるもんだと思うんです。」


あえて視界に入れないようにしていた私とカトー先輩の机の上にはこれでもかというほどの書類が山積みにされている。ソファには風紀委員たちがぐったりと死んだように眠っていた。まさに地獄絵図だ。





ここ二週間ほど前から仕事が一気に増えた。委員長が言っていた新入生歓迎会の準備が本格的に始まったのだ。


私自身これほど忙しいとは思っていなかった。風紀の仕事量をなめていた。

例のガイル先輩は・・・いや止めておこう。ただ一言いうならば、ご愁傷様というところだ。


「チョコレート食べるか?」


私の横で黙々と書類作業をしていたセドリック先輩がお菓子の箱を差し出してくれた。


「ありがとうございます。糖分補給助かります。そういえば私もクッキー持ってきたんです。

皆さんもいかがですか。」


最後の言葉をソファで死体になっている人たちにも言うと、疲れきった顔をゆっくり皆上げた。


一時休憩ということになり、皆でお茶をすることになった。軽く談笑しながら甘いものを食べる。最近の一番の楽しみは仕事の合間にするお茶会になってしまった。本当にささやかな幸せだ。まだまだ学生の身である私たちの楽しみが合間のお茶会………深く考えるのはよそう。考えてしまったら最後、戻れなくなるような気がする。


一方で仕事が忙しいのは辛いが、この仕事におかげで風紀のみんなと仲良くなれたような気がする。仲間だと認められたのではないかという思いが何処かに有り、仕事は辛いが満足感がないわけではなかった。


部屋の奥にある給仕室でお茶を入れ、ひとときの休息を噛みしめる。



「あれ、そういえば委員長はどこ行った?」


カトー先輩が今気がついたというように、キョロキョロとあたりを見渡す。


「逃げましたよ。」


「またかよ!」


「またです。」


スーイ先輩の淡々とした声とカトー先輩の荒々しい声のこの委員長に関するやり取りももう何回目だろうか。委員長は基本仕事をしない。いや、これには少し語弊がある。することはしてくれるのだが、自分の最低限の仕事しかしない。他は全て部下に、主にカトー先輩に押し付けている。強制的に連れてきても今のようにいつの間にか部屋から逃亡して消えているのだ。


「フェリクスもどこに行った?」


「見回りに行くと言ってから二時間経過しています。」


「ああ!もう!なんでツートップの奴らが仕事しないんだよ!」


副委員長である竜胆様も基本仕事をしない。実質今の風紀を動かしているのはカトー先輩とセドリック先輩だ。カトー先輩は世話焼きで真面目な性格上仕事を無碍にできないのだろう、一番働いている。本当にいつか先輩が倒れないか心配だ。当然セドリック先輩も言わずもがななのだが、常に無表情だからか、そういう気質なのか先輩の顔に疲労が浮かんだことは今まで一回もない。淡々と業務を素早くこなしていく姿はただただ尊敬に値する。


そんなことを考えているとカトー先輩と目があった。



「仕方がない。


アリエル悪いが、フェリクスを探し出して連れ戻してくれないか。委員長は絶対捕まらないからな。まだフェリクスのほうが捕まえやすい。」


「かまいませんが。」


別にかまわないが、女嫌いの竜胆様が私の言うことを聞いてくれるかどうかが問題だ。


「悪いな。」







背伸びをしながら歩くと、バキッボキッと体中から音が鳴る。ずっと椅子に座って書類を作っていたからだろう。さて、竜胆様は一体どこにいることやら。今日は天気もいいし、いるとすれば中庭、屋上、かな。とりあえず一番ここから近い中庭に行こう。



中庭の青々とした木々の緑が、疲れ目の私の目には眩しく感じさせる。直接日の光を浴びて伸びをする。なぜか生き返ったような気がする。もしかしたらカトー先輩は竜胆様を探すという名目で私を休憩させてくれたのかもしれない。そう考えると申し訳ない気持ちになる。一番休憩が必要なのはカトー先輩自身なのに。さっさと見つけて仕事に戻らなければ。


花壇には色とりどりの花が植えられ、心地良い風も吹いている。ポカポカとした春の陽気につられて思わず欠伸をしてしまった。辺りを見渡しながら歩くが、竜胆様の姿は見えない。中庭じゃなかったのか。屋上だとしたらどの練にいるだろうか。そんなことをつらつら考えながら、もと来た道を戻ろうとした時、木々の間で何かが光ったような気がした。


近づくとどうやら木々の緑の奥に、蔦の緑で覆い隠された赤レンガの壁と同系色のドアと銀色のドアノブがあるようだと分かった。


「こんなところにドアが。」


ドアを目の前にして、竜胆様を探さなければならず、またすぐに戻ってカトー先輩の仕事の負担も減らさなければとは思うが、好奇心が抑えられない。


少しだけ、少しだけ。


ゆっくりとドアノブを回す。




「あ、開いた。」


鍵がかかっているかと思ったが、意外とすんなりドアが開いた。


「うわあ・・・。」


開いたドアの向こうには色とりどりの花畑が広がっていた。

敷き詰められた花々の上にまた同じように色とりどりの蝶が飛び交っている。


「学園内にこんなところが。」


一歩、また一歩と踏み出した花畑では、暖かい春の陽気を乗せた穏やかな風が私の髪や胸元のネクタイをたなびかせる。私は竜胆様を探すということを忘れて景色に見入っていた。

何ともなしに右手を前に突き出すと、人差し指に青く煌めく蝶が止まる。その蝶は指先を離れ、私の体を一回りしたかと思うと、花畑の奥のほうに飛んで行った。どこか名残惜しく思っていると先ほどと同じ色の蝶がまた私の目の前に来た。そしてその蝶も同じように花畑の奥に飛んで行く。そして、また同じ色の蝶が目の前に現れる。


ついて来いってこと・・・?


ふと思いついたことに戸惑いながらも、日を浴びて煌めく幻想的な蝶に誘われ、私は花畑の奥へと踏み出した。






どこまで行くのだろう。


どれほどの距離を歩いたのかわからない。ただ一匹の青い蝶に誘われて花畑を進んでいく。後ろを振り向いても、もうすでに赤レンガの壁は見えない。


気づけば花畑はとっくに通り過ぎ、私は森の中にいた。見上げた木々の隙間から零れる日の光が綺麗だ。蝶はヒラヒラとつかず離れずの微妙な距離を保ったまま目の前を飛んでいる。ついて来いって言われているのかと思ったけど、私の思い違いだったのかな・・・そんな思いが胸をかすめ始めていた。


どうやらやっと森を抜けられるようだ。大きな木の幹に手をついて息を整えていると、蝶が森の明けた先で私を待つように同じところをヒラヒラ飛んでいる。


ファンタジーな本の読みすぎかな、夢見がちな女の子みたい。ここまで蝶について来てしまった自分に苦笑してしまう。とりあえず森を出て何にもなかったら帰ろう。さっさと竜胆様を探さないと。これでは竜胆様の二の舞だ。


森の明けた先には大きな湖が広がっていた。キラキラ輝く透き通るような青い水面は、どこかここまで私を連れてきた蝶の色に似ていた。際まで近づき、しゃがみこんで湖を覗き込む。底がまで見えるほど透き通っている。


なんだろう、私はどこかでこの湖を・・・?いや、まさか・・・


「落ちるぞ。」


突然声をかけられ、体がビクッと跳ねた。後ろを振り返ると片膝を立て、木にもたれて座っている竜胆様がいた。


「あの、ここは?」


「どうやってここに入った。」


「え、ああ。中庭で、ドアを見つけて、青い蝶を追っかけていたらここに。」


「そうか。」


そう言うと竜胆様は目を瞑って寝る態勢に入ってしまい、手持無沙汰になる。しかも私の質問に答える気は全くないようだ。ため息をつきながら見上げた空には雲一つなかった。

仕方がない。用件だけ伝えて私は戻ろう。さすがに時間が経ちすぎている。これ以上長居してられない。カトー先輩の意に添えなかったのは申し訳ないが、何を言ったって竜胆様は私の話を聞き入れてくださらないだろうし。


「カトー先輩が戻って来いと怒っていましたよ。風紀委員室に帰ってきてくださいね。」


そう言いながら立ち上がり、グッと背伸びをする。もう一度湖を眺めてから帰ろうかと思い、振り返ろうとしたとき驚いたような声が私の耳に届いた。


「それだけか?」


目を少し見開いた竜胆様の表情に戸惑う。それだけかと言われても、それだけなんですが。


「それだけですが、ああ、早めに帰って来てくださいね。一応私連れ戻して来いって言われたので。」


「なのに連れ戻さないのか?」


じっと私の目を見つめて聞く竜胆様に、ちょっと笑みが零れてしまった。そんなに驚くようなことだろうか。


「連れ戻してほしいんですか?

いいんですよ。竜胆様を探していたおかげでこの場所を知ることができたので。見つからなかったと言っておきます。それでチャラです。等価交換ですよ。」


目を細め、湖を眺める。ああ、とても綺麗だ。新入生歓迎会の準備が終わって時間が空いたときまたここに来よう。お弁当を持ってくるのもいいかもしれない。こんなところでご飯を食べたら美味しいだろう。静かなところも私好みだ。あんまりうるさいところは落ち着かない。

そんな計画を立てながら振り返えると、竜胆様はクッと喉を鳴らして笑っていた。


私は目を瞬かせる。竜胆様が笑っているところを初めて見た。笑うと雰囲気が優しくなるのか。いつも笑えばとっつきやすいのに。


「いや、それじゃあ等価交換にはならねえ。この場所を絶対誰にも話すな。連れてくるな。」


ひとしきり笑うとニヤリというのが相応しい笑みを浮かべる。


「・・・分かりました。絶対誰にも言いません。誰もつれてきません。」


ちょっとガッカリだ。サーシスにも教えてあげようと思っていたのに。だが竜胆様はSSクラス生、ここが竜胆様のさぼり場所だと知れたら、この静かで美しい場所の平穏が崩されるかもしれない。そう考えると、誰にも洩らさず秘密にしておくべきかとも思う。だけどせめてサーシスだけでも連れてきたかった。


「さてと、戻るか。」


ゆっくりと竜胆様が立ち上がった。


「戻るのですか?」


「カトーがうるさいしな。」


めんどくさそうに呟く竜胆様に自業自得という言葉が思い浮かんだが、飲み込んでおいた。どこか上機嫌なのに、いらないことを言って不機嫌になられたら困る。





森に入る前に何かに引かれる感じがしてもう一度湖を振り返った。


そういえば、私はこの湖を見たとき何かを感じたはず_________


「戻らないのか?」


竜胆様の声に沈みかけた思考を浮かび上がらせる。


「いえ、戻ります。」


まあ忘れるくらいなら、重要なことでもないだろう。私は竜胆様に続いて森に入った。






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