裏話 シアの希望
僕が『執事』として主人と敬うエルリア、つまりエルはただただ美しい。
さらりと流れる長い白髪の髪は神秘的で触れたい衝動が押さえられなくなる。涼やかな切れ長な碧の瞳は一度見つめられると息が出来なくなる。顔の造形はまるで人形のような完璧さで、あまり表情を変えないことも人形らしさに拍車をかけている。ずっと眺めていたい。この世の者とは思えない美しさだ。 普通の人は、話しかけることさえ躊躇をしてしまうだろう。
そんなにも美しい少女だけど、性格は全く悪くない。その神々しさを感じさせる美しさを鼻にかける事もない。と、僕は思う。優しさに溢れた人とかでは無いが、一度懐に入れた人には優しかった。恐らく、多分僕もその内の一人に入っている…と思いたい。うん。
僕は意識がないとはいえ、エルを傷つけようとしたけれど、そのあともエルは以前と変わらない態度で接してくれたのだから。
あの頃の僕は周りに甘えていた。辛い現実から目を背けて、自分の危険性など全く考えていなかった。
僕が両親を亡くして、孤児院に入った頃、その時既に僕は僕の記憶は改ざんしていた。今から思い出すと、孤児院の人たちの、憐れみのなかの怯えた表情はそれが理由だと思う。魔力は年をとるたびに大きくなっていく。孤児院の人たちは、僕が忘れたまま大きくなり、また暴走してしまった時の事を考えていたのだろう。人間は過去から学んでいく動物だ、なんて格言を何処かで聞いたことがあるが、それはその通りだ。過去から未来へ、記憶の継承によって日々は作られているのだから。だけど、教科書となるはずの過去を消してしまった僕は何も学んではいなかった。つまり、僕は魔力の暴走についての知識は無に等しい。もし、そのまま大きくなり、魔力の暴走を起こしてしまったら、家1つ、両親二人の被害だけには収まらず、更に多くの家と人が死んだだろう。
エルが記憶を思い出させてくれた時、実は僕はエルを恨んだ。とてもとても。あのまま、忘れさせてくれていたら、僕はどんなに幸せだっただろう。と。両親が死んだのは僕のせい。そんな記憶なんて思い出したくなんかなかったから。そんな気持ちが無くなったのは、エルのお父さん、つまり、当主様が僕に初めて会った時に言った言葉を思い出したからだった。
「シア君は、魔力の暴走について何か知っているかな?…そうだ、魔力を多く持つ者がそれを起こす。では、魔力の暴走を起こしたものの末路を知っているかな?そうか、知らないか。
………魔力の暴走を起こした者は、殆どの者が、殺されるんだ。
なぜなら、魔力の暴走を起こしたものは必ず記憶を失くす。恐怖、絶望、怯え、様々な理由から人はその記憶を消す。そして、思い出すものはほとんどいない。それは周りのものにとっても、それはまた、恐怖、絶望、怯えになる。人間は排他的な動物だからね。自分の生命を脅かすものには排除にかかってしまう。
…その事を覚えていてね。」
あの時は意味がよく分からなかったけど、今ならよく分かる。本当は、本当なら僕は殺される運命だったのだろう。だけど、当主様が、エルがいたから僕は今を生きることができる。
それに、エルの悲しい告白も僕に恨みの気持ちを無くさせた。エルは僕と違って両親を殺すような魔力の暴走を起こすことは無かったけれど、あのエルの気持ちも僕と同じくらい辛いものだったと思う。生きていることが辛い。それはとても苦しくて、悲しいものだと思った。苦しいのは、悲しいのは、僕だけじゃない。そんな風に思えた。
それと、あの後エルのあの告白は2人だけの秘密になった。まあ、あのエルの両親のエルに対する溺愛から考慮すれば、言わないのが1番良いだろう。あの人たちがエルが苦しんでいたことを知ったら、おそらく大変なことなるだろう。……エルもよく疲れた顔をしている。
この2人の秘密は僕の心を暖かくした。エルと、エルと僕だけの秘密。ずっと大切にしていこうと思った。
そしてエルの微笑みも。初めて見せてくれた心からの微笑みは僕の心臓をとてもドキドキさせた。あの微笑みを笑顔を僕はずっと側で見続けたいと思った。
だから僕はある一つの決断をした。実はこの僕の『執事』という役職はただの建前だ。本当にエルの執事というわけでは無い。だから僕は、この役職を本当にしてもらうことにしたのだ。ヴィルヘルム家の執事という役職は少し特殊で他の家とは異なっている。何故なら1度契約をしてしまうと、執事を辞めることが絶対に出来ないのだ。辞めたり、裏切ったりするとそれ相応の罰が下される。下手をすれば死ぬらしい。しかし、その罰を下すのは主人では無い。誰が罰を下すのか。それは分かっていないらしい。何者かが罰を下すそうだ。今まで裏切ったりしたものはいないそうなのであくまで言い伝えの範疇らしいが。そして主人側にも制約が付く。主人は不当な契約破棄は出来ないそうだ。それをすれば、主人も同じような罰が下るらしい。
そして、契約をできるのはたった1人だけ。それは主人側も執事側もだそうだ。エルの生涯の執事は僕だけで、僕の生涯の主人はエルだけなのだ。実はそこが1番執事になろうと思った理由でもある。僕はエルのたった1人になれるのだから。
当主様は初めは「エルに男が付く…いや、でも、シア君なら…まだいい方か⁇」とかブツブツ言ってらっしゃったが、最終的には認めて下さった。奥様は初めから全面的に認めて下さって、協力的だったが、意外にも渋ったのがエルだった。
「私は反対です。シアはまだ若いのですから、未来は幾多にも広がっていますし、こんなに早急に決めなくても、良いと思うのですが。」
当主様と色々話していたようだが、何とか当主様がエルを言いくるめて下さって、僕は晴れて、エルの『専属』執事となった。僕はその日を忘れることは無いだろう。これで僕はずっと、ずーっとエルの側で生きていくことができるのだから。
と言ってもまさか5年もしないうちに、エルと離れることになるなんて思ってもいなかったけど……




