カムバックシンデレラ
夢で見た通りのドレスに身を包み、王子との運命の出会いを、今まさに果たしている我が義理妹シンデレラ。
それを眺めながら感慨深げに頷く私は、実は予知夢を見る。実の母に虐げられる日々を送ってきたシンデレラが神の最高傑作かというほどの造形美を持つ王子に見初められ、後年まで語り継がれるほどの素敵な恋をすることは予知夢のお陰で分かっていた。
見つめ合う二人の姿を遠巻きに眺めて目の保養をし、王子の誕生パーティーの料理を堪能しようと踵を返しかけたとき、ふいに顔を上げた王子と目があった。
シンデレラに向ける優しげなものではなく、獰猛な気配すら感じさせるその視線にびびって直立不動になったものの、その視線はすぐに外されてもとの穏やかな空気に戻った。周囲は今の剣呑な視線に気が付かなかったのか、さきほどと変わらずに二人の美を褒め称えている。
ふとシンデレラに目を向ければ、微笑みながらもこめかみのあたりがひきつっているように見えた。緊張しているのだろうか。そんな必要はないのよシンデレラ。あなたは必ずその王子と結ばれるのだから。
王子の誕生パーティーで運命の人と出会った二人。これからどうやって結ばれるのかしら。
そんなことを考えて暖かい気分になりながら眠りについた夜。またしても予知夢を見た。
というか今まさに夢の中。
目の前で王子とシンデレラは、薔薇園を散策している。きっと王子がお忍びで会いに来たのだろう。二人の世界は薄い幕で覆われ、私がその世界に干渉することは叶わない。もちろん二人から私も見えない。
ふと王子が立ち止まってシンデレラの手を取り膝間付いた。もしや求婚ですか!身を乗り出さんばかりの勢いで二人の行動を見つめる。
ところが次の瞬間、背景に亀裂が走った。紙を縦に切り裂いたように世界が崩れていく。
王子とシンデレラは、手を取り合ったまま呆然とその様子に見いっている。
破れた世界の向こうから、王子が顔を出した。あれ?王子が二人?顔を出した王子は、そのまま亀裂を乗り越えて世界へ降り立つ。
「こいつに求婚でもする気か?」
普段の穏やかさなど欠片もないような高圧的な態度で、シンデレラの手を取る王子へ言葉を放つ。ってか、王子よ。それはもしや寝間着ではないか?
求婚というシーンに相応しくキラキラとした豪華な衣装で着飾った王子と、上等のシルクと思われるとはいえ寝間着で、よくよく見れば寝癖のようにぴょんと横髪の跳ねた王子。一体どうなってるの?
干渉の出来ない私は見ていることしか出来ない。求婚王子はシンデレラの手を離し、寝癖王子へと向き直る。
「俺にはこいつがそこそこ相応しいだろう」
「甘いな」
求婚王子の返答を速攻でぶったぎった寝癖王子は、強気な笑みを浮かべる。てかお二人さん、普段のキャラは偽りですか?性格悪そうな雰囲気がただ漏れで、シンデレラがおろおろしてますが。と思いきや、少し離れた位置で見定めるように静観している。え?いつもの癒される笑顔はどこへ!?
寝癖王子が、腕を上げ、すっと指を指す。その先には、私?え?見えてる?
「まぁお姉さま!」
「や、やぁシンデレラ…」
こちらを見ていつもの微笑みを浮かべるシンデレラ。仕方なく片手を上げぎこちない笑みで応える。もはやキャラ全崩壊。
ちらりと二人の王子へ目をやれば、揃ってこちらを見ていた。
「見えるか?」
「あぁ…」
「求婚ならあいつにしろ」
「そうだな」
「追わねば逃げるぞ」
会話の意味を理解する前に、求婚王子が走り出した。王子の誕生パーティーで見た、あの獰猛な瞳をして。
「っぎゃーーー!!」
年頃の娘とは思えないような叫び声と共に、求婚王子から逃げるように走り出す。というところでようやく目が覚めた。
ベッドで半身を起こして荒い息を整えていると、慌ただしく廊下を走る音がして、バタンと扉が開いた。
「シンデレラ…」
「お姉さま!可哀想なお姉さま!あんな野獣に目を付けられて…」
よよよと泣き崩れるシンデレラを、ベッドを飛び出して支える。
「シ、シンデレラ?なんの話をしているの?」
「お姉さま!野獣に近付いてはなりません!あぁ、でも、もう手遅れかもしれませんね…」
遠くを見ながら何事かを喋り続けるシンデレラに若干引きながら、夢の中のシンデレラを朧気に思い出す。普段のシンデレラからは想像も出来ないような大人びた表情をしていた。きっと私の知らないところでどんどん大人になって行くのね、となんだか寂しい気分になった。王子との結婚が迫っている今、そんな感傷に浸っている場合ではない。
「ねぇシンデレラ」
「なぁに可哀想なお姉さま?」
「…その可哀想なお姉さまとは、一体なんのことなの?」
「あんな野獣に目を付けられてしまったんですもの。可哀想としか言いようがありませんわ」
「…野獣って?」
「あの嘘くさい笑顔の王子のことですわ」
あぁ思い出すだけで鳥肌が…と呟くシンデレラを、しばらくじっと見つめてみる。これは現実?もしやまだ夢の中なのかしら?
「ねぇシンデレラ」
「なぁに可哀想なお姉さま?」
「…これは夢かしら?」
「いいえ。現実ですわ」
「そうよね。ねぇ、シンデレラ、ちょっと笑ってみてくれる?」
「お安いご用ですわ」
にこりといつもの笑顔なシンデレラを見て安堵する。あぁ可愛い妹だこと!
「さぁ作戦を立てましょう!」
「作戦?なんの?」
「あの野獣に一泡噴かせてやるのですわ」
「?」
「きっとお姉さまが逃げることは叶いません。それでもやられっぱなしで簡単にお姉さまを奪われるわけにはいきませんもの」
「シンデレラ、さっきからまったく話している内容がわからないのだけれど」
「まぁお姉さまったらまだ寝惚けてらっしゃるの?さきほどあの野獣に追いかけられたばかりではありませんか」
「っえ?」
「私も最初は混乱していたのですけれど、王子が二人になったときに気がついたのです。あれはお姉さまの夢でしょう?以前の街にいた方に聞いたことがあるんです。王子はきっと他人の夢を覗くことができるのですわ」
「覗く?」
「ええ。中まで入ってくるというのは聞いたことがありませんが、よほどお姉さまをおいて、私に求婚する自分というのが許せなかったのでしょうね。ものすごい執念ですこと」
憐れむような視線で見られて背筋に悪寒が走った。
その後、王子とシンデレラが幸せな結婚をする、という予知夢を一切見なくなり、代わりになんとこの私が王子となにやら小さな子どもたち(怖くて数えられない)とわいわい楽しく過ごす夢を良く見る。しかし良く見ると、夢の中の私は常に腰痛に悩まされ、王子の手はかなりの確率で私の身体を這い回る。夢に干渉する力のない私は、それらを歯噛みし地団駄を踏みながら傍観するしかなく、疲れ果てて目覚めれば、夢で見たより年若い造形美の寝顔に迎えられ逞しい両腕でがっちりホールドされている。
あぁシンデレラ。可哀想なお姉さまの夢にどうか戻ってきて!
終わり
続きを書く予定です。
誤字等御容赦ください。