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この大学の学部は『造型学部』の1つだけだが学科はいくつかあり、恵理子達は『服飾学科』に在籍している。
他には『建築学科』、『理工学科』、『工芸学科』の計4つの学科で構成されている。
この中から先述のように3年目からは各々学びたいコースを専攻する流れになる。
後半の説明会は前半のように機材等を使用したものではなく、上記学科毎に宛てられている階段状に机が並ぶ広い講堂に参加者の高校生や保護者を集め、それぞれ事前に申し込んでいた参加コース毎に振り分けられた席に座ってもらい、前半で説明された基礎課程や各専攻コースの必修科目及び実習についての補足説明、キャンパス内の設備やサークル活動に関しての説明がされる。
こちらの説明は教務員や各コース主任教授と助手、学生スタッフの助手役が行うので、恵理子と牧口は自分達の所属するコースに振り分けられた一番後ろの席で欠伸を噛み殺していた。
この後半説明会で、畠中教授の助手役を務めてPCでスライドを操作するのがあみだくじで選ばれた同士の一人、加賀拓郎である。
加賀はデータ作成が得意で、実習の際に学生達が他コースの教授達を相手に発表を行なう場面でも彼の簡潔かつ要点のまとまったデータは一目置かれている。
そのことから、今回の後半説明会で使用するデータはコース主任と助手、助手役が作成することになっていたので、専門知識がほとんど無い高校生にもわかりやすく理解してもらえるだろうと加賀が説明会人員に決まったその瞬間、彼の役割も同時に決定した。
恵理子の役割は前半説明会で機材を使用した実技説明、牧口も前半でのコース説明参加者の名簿受付とコース棟の案内を担当した。
本当ならば恵理子は牧口の方を担当したかったのだが、機材の扱いが未だに苦手な牧口から、後生だから実技担当にはしないでくれと学生食堂でラーメンと餃子を差し出されながら懇願されたため、仕方なくなってやった経緯がある。
この二人の役割は後半説明となった今では全く必要のないものとなったのだが、説明会人員とした駆り出された学生スタッフは説明会が終了した後の片付けや清掃をしなければいけないので、帰りたくても帰れない事情があった。
ならば説明会終了の時刻まで、先程のように喫煙所で一服するなりキャンパス内のカフェテリアでコーヒーを飲むなりと時間を潰せばいいのだが、そこがある程度自由に見えて融通の利かない大学という場所。
役目を終えた学生スタッフもこの後半説明会を参加者の高校生達と共に清聴し、初心に戻ってさらに勉学に励むようにと学長やその他のお偉い教授様方からのお達しがあったのだ。
余談だが、この知らせを持ってきた畠中教授は顔色を絶望に染めた恵理子たちに対して
「まあこの俺の素晴らしい勇姿をしっかり目に焼き付けるんだな。あっ、でもどうしよう・・・かっこいい俺の姿を見て女子高生たちが
『きゃー!あの畠中教授って人チョーかっこいい!!あたし入学したらこのコースに入ってあの人にアタックしちゃおうかなぁ。』
『えぇ!やだーあの先生あたしも狙ってるんだから!』
『ちょっとー、あたしが最初に目ぇつけたんだからねっ!』
・・・なぁんて風に喧嘩しちゃったら!!
困るなぁ、俺かわいい嫁さんとかわいいかわいい子供たちがいるのに。まいったなぁ・・・」
と、にやにやしながら百面相と裏声で一人何役もこなしながら一人舞台を繰り広げていたら、当の二人からは何か可哀想なものを見るかのような目線を浴びせられた。
「えー、それではこれにて『パターンデザイニング研究コース』についてのご説明を終了とさせていただきます。ご質問のございます方はどうぞお手をお挙げになってください。また、もっと詳細なコース内容をお聞きになりたい方がいらっしゃいましたら、少しご足労いただくこととなりますが本校舎裏手にございます『パターン造型研究室』にて別途ご説明させていただきます。」
「現在在籍しております生徒、卒業生の作品や研究成果のまとめもご覧になれますので、他コースでご参加の方も是非、お時間がございましたらお立ち寄り下さい。」
必死に眠気と格闘していたら、いつの間にか1つのコース説明が終了したようだ。
このコースの教授と助手が言葉を〆ると、ちらほらと参加の高校生が手を挙げ、簡単な質疑応答が始まった。
今説明が終わった『パターンデザイニング研究コース』は、簡単に言えば衣服を作る際の型紙作りを専門としたコースだ。
ただし、ただ型紙を作るのではなく所謂オーダーメイドに特化していると言えるだろう。
このコースでは基礎課程で学んだ基本的な型紙作りを基に、その人個人をより美しく魅せる衣服の型紙提案であったり、複雑なデザインの型紙を作れるようにするといった内容になっており、卒業生の多くはパタンナーとして名を馳せている。
「ようやく我等が畠中先生の番だねぇリコやん。」
「もう無理マジで眠い。無理むりムリ頼むから寝かせてくれお願いだから。」
牧口も相当眠いのだが、恵理子はもう限界に片足を突っ込んでいた。
牧口への返答も若干呂律がまわっておらず、眠気で目は据わり、頭も先程からふらふらガクガクと揺れていた。
もう机に突っ伏して眠ってしまいたいのだが、一番後ろの席とはいえ、さすがに将来の後輩になるかもしれない子やその保護者が大勢いる中でそんなことをするほど、恵理子は図太くなかった。
「いっそのこと倒れたら抜け出せるよね・・・」
「騒ぎになるからやめなさい。でも俺もねみぃ・・・ぶっちゃけ飽きた。」
「こうなったらあとで先生にアイス奢ってもらわにゃ割りに合わん。ハーゲンだハーゲン。」
「俺ビールの方がいいや。」
「購買にアルコールないじゃん。終わったらすぐ欲しいからアイス一択だわ。」
「んじゃ俺もアイスにしよー、ってリコやん目ってか顔ヤバイ怖い。」
「うるせぇ」
「こわっ」
なんとか眠気を紛らわせようと周りには聞こえないようにボソボソとしゃべっていたら、教務員に紹介された畠中教授と共に壇上に上がった加賀と目が合ったのでとりあえず手をふっておいた。
加賀は眠気でだらけきっている二人を見て呆れたように肩をすくめて答えた。
本来ならば壇上には今上がっていった二人と共に助手の佐竹美和もいるはずだったのだが、午後説明会が始まるまでの休憩中に具合の悪くなってしまった高校生がいたようで、医務室に付き添っているため不在だった。
「ただいまご紹介に与りました畠中と申します!これから『繊維学研究コース』の説明を始めさせていただきます!宜しくお願いいたひます!」
緊張しているのか、畠中の声は講堂に上擦って響いた。
「今噛んだよね?先生噛んだよね?」
「ちゃんとした場面での発表とか苦手だって言ってたしねー」
「女子高生にきゃーきゃー言われるどころかクスクス笑われてんね、うける。」
「先生乙」
「午前の部でもお話しましたが、この『繊維学研究コース』では名前の通り繊維素材について学び、研究を重ねます。正直に言えば楽なコースとは言えませんが、服飾造型にかかせない素材を根元から理解し、自らの手でテキスタイルを作る喜びを感じてもらえると思います。それではまず─────」
多少まだ声は上擦っているが、少しずつ慣れてきたのか徐々にスムーズに話すことが出来たようだ。
畠中が言うように『繊維学研究コース』は繊維素材についての知識を深め、繊維の構造や理論、加工の技法を学ぶコースになっている。
卒業の際、生徒たちはそれぞれの学科・コースで学んだことの集大成を卒業制作として作品に残す。
『繊維学研究コース』では設立当初から、この卒業制作に着物を制作する者が多い。
特に女子生徒に多いのだが、生徒が自らデザインし、絹糸を染めて織機で織り上げた着物を着付けて卒業式に挑むということを目標にしている者が多く、恵理子もこれを目当てにこのコースに入ったようなものだった。
恵理子と牧口が未だに睡魔と闘っていると、またいつの間にか説明は終盤を迎えていたらしく先のコース同様、簡単な質疑応答が行われていた。
「ようやく、ようやく終わるよもっさん!」
「って言ってもまだ他コースの説明だったりが残ってまっせ?リコやん」
「・・・やっぱ倒れるかー」
「だからやめなさいって。」
最後に畠中教授と加賀は皆に向かって一礼し、壇上を降りて元の席に向かって歩みを進めていると、足がもつれたのか転びそうになりながら「ひゃあぁあぁぁあ!!?」と畠中教授の声が甲高く響き渡った。
あまりの声量に眠気が吹っ飛んだ恵理子と牧口はクスクス笑いの中、恥ずかしそうに笑っている畠中教授に「先生あざす。あとでイジってあげるね。」と睡魔を追いやってくれたことと、かっこうのからかいネタを提供してくれたことに対して心の中で礼を述べた。
そうして二人はようやく退散していった睡魔がまたヒョコヒョコ戻ってこないようにと、なんとか気合を入れて残りのコース説明に挑んだのであった。