自由な鳥
こちらで一応は完結となります。
レベッカは母さんの知り合いの病院で即刻入院となった。なんでも骨はバキバキで血がリットル単位で足りていなかったらしい。医者に『死者が蘇ったのか?』と恐れられるほどだったらしいが、レベッカは「海までに確実に治す……けどな、こんな辛気臭ぇトコいたら治るもんも治らねぇよクソッタレ!」と騒いでいた。彼女なら可能だろう、なんせ野獣のような生命力を持ち合わせているのだから。比較的軽症だったシキはレベッカが脱走しないようにお目付け役として付き添っている。早速明日にでも見舞いに行ってやらないと本当に脱走しかねない。
土御門もなかなかの傷で家族から自宅療養を強要されているらしい。ただ明日にでもオレの家に来るのが目に見えている。
――つまり、今家にいるのはオレと母さん、マイだけだ。
帰宅するなり母さんは早速シャワーを浴びに行った。なんでもすぐに出発するらしい。理由はよく分からないが『鬼蔵に怒られる、孫を傷付けたからヤバイわ! シャワー出たらすぐ出発するから後はヨロシクね。また数年帰ってこないかも』とバタバタと風呂場へ向かって行った次第だ。
残されたオレ達、つまりオレとマイはリビングで会話をすることもなく、黙って母さんの浴びるシャワーの音だけを聞いていた。
……どうしてマイは何も喋らないんだ? き、気まずい。組織から解放されたことが嬉しくないんだろうか? ――オレはその沈黙にそろそろ耐え兼ね、渇いた口を開こうとした瞬間マイが叫ぶようにしてオレの先を越した。
「き、傷! 殴られた傷の手当てしてあげる!」
「お、おお」
オレ達はとても滑稽だったと思う。二人してあたふたと無駄に動き回り、オレが椅子に座り、マイがその前に跪いて……と治療の準備をするまでに軽く五分は掛かった。
マイは黙々とオレの顔の傷に冷たい消毒液を塗る。ひやりと冷たいそれは傷の火照りを冷ましてくれるようだった。……いや、それよりも、時折目の前にいるマイと視線がぶつかるのが妙に胸がドキドキする。マイも心なしか頬を染めていて――あ、また視線が合った――。
「ッ! イッテ―!」
マイは手元が狂ったのか、オレの傷に思い切り消毒液がしみ込んだ脱脂綿を押し付けた。猛烈に滲みた拍子に顔を反らしてしまったので、マイがピンセットもろとも落としてしまった。
「ちょ、ちょっと暴れないでよ」
「マイが押し付けるからだろ!」
落ちたピンセットがオレの太ももの上に転がる。オレはそれを拾おうと――したが、そこにマイの腕も伸びていた。お互いの手と手が触れ合う。
「あ、わ、悪い!」
オレは慌てて手を引こうとしたが、マイに手を掴まれた。
「ま、マイ?」
マイは深く顔を俯き、何事かブツブツ呟いている。
「――う」
「え? き、聞こえないぞ?」
「――だから、ありがとうって。約束、守ってくれてありがとう」
マイは一瞬、こちらを見上げた。――その頬は林檎のように赤く染まり、目尻には恥ずかしさのあまりか、いや、組織から解放された喜びなのか、薄らと涙が光っている。そのあまりの愛らしい顔に、オレは思わずマイの頬を撫でた。触れた指がマイの涙を拭う。
「な、なに……する……のよ」
――ドクン。
心臓がけたたましく鳴り響いている。ずっとマイの顔を見詰めていると、マイも自然と目が柔らかくなっていった。――いつも不思議に思っていた、マイと顔を合わせるとどうしてこうも心臓が脈打つのだろう、と。それは……その理由は今だから言える。オレはマイのことが――。
「ゼンジ、最初に言った約束、覚えてる?」
「ん?」
「約束守ってくれたら、キスしてあげるって」
――ドクン。
「え……あ……」
「……ゼンジ、ありがとう」
唇が、触れ――。
「あー、言うの忘れてた。アンタ達兄弟だから。あら? 詳しくは兄妹かしらね?」
脱衣所から母さんの声が聞こえ、慌てて離れる。こんなところ母さんに見られたら……ん? 今、なんと言った?
オレとマイはしばらく呆けていると、母さんは頭にバスタオルを乗せ、鼻歌を歌いながら冷蔵庫からビールを取り出し一杯あおる。
「クアー! 我が家の風呂上がりの一杯は五臓六腑に滲み渡るわね! これから出かけなきゃいけないなんてサイアクー」
母さんは憎たらしいくらい気持ちよさそうにビールを口に運び、再び口を付ける。
「待てい!」
慌て過ぎて時代劇のような言い方になってしまったが、母さんがこちらに気を向けてくれたので良しとしよう。
「待たぬぞよ! どうしたのよ一体、大きな声出して」
母さんはケラケラ笑うが、笑い事ではない。今オレは尋常じゃないくらい嫌な汗をかいている。
「えっと……オレ達が、兄妹? とかいう単語が聞こえたんですが」
「そうなのよー、私ってば、いつも言うのを忘れる癖があるのよねぇ。舞は私がお腹を痛めて生んだれっきとした娘、つまり善治の妹よ。だっておかしいじゃない、なんでネオ・ワールド・オーダーに舞が人質にされるの? 仲間なのにおかしいと思わなかったかしら。舞も跡取り争いに巻き込まれてたのよ」
――遠い記憶、父さんが庭先で当時赤ん坊だった妹を持ち上げているのを、オレが縁側から見詰めている光景を思い出す。それが――マイ……は? 舞だと!?
「んじゃ私は行くわね。舞、次会う時はいっぱい愛するから楽しみにね、私の娘舞」
母さんは嵐のように玄関から飛び出していった。開いた口が塞がらない。
ゆっくりと舞の方向に振り返る。どうやら舞もその事実を知らなかったようで、しばらく呆けた顔を崩さなかったがすぐに猛烈に首を横に振った。
――ドクン、ドクンと高鳴っていたはずの心音が徐々に静まってゆく。
「えっと……妹? マジで?」
「……うそ……お兄ちゃん?」
待て待て待て! じゃあ、あのトキメキは一体……。出会った当初を思い返してみる。確かにお互い不思議な感覚とやらを感じていた。オレはその時から――これはまさか運命の出会い!? なんて思っていたわけだ。つまりそれは……家族だから感じ取った、ってこと? じゃあ、あの感覚は、家族愛だってのか?
「じゃ、じゃあ私は草むしりでもしようかしら。こここれから一緒に住むんだもんね。それくらいしなきゃばばば罰が当たるわね」
「お、おう。オレはばばば晩飯でも作るか! ははは、これから忙しくなるぞー」
オレ達はお互いロボットダンスをしているかのような動きでその場を離れる。
……これから一体どんな生活が待ち受けているのだろうか……。考えれば考えるほど頭が痛くなる。もう心臓は高鳴りを抑え通常通りだ、というかそうじゃないとダメなんだ! オレは、舞のお兄ちゃんなのだから。
――例え舞が妹でも、オレ達になんら変わりはない。ここまでの障害を乗り越えたんだ、これからどんな壁があろうと、オレ達なら乗り越えられる。幸せを手放さないためにも、これから訪れるであろう幸せを見付けていく方法も、オレ達で造るんだ。手始めに、明日は学校も土曜日で休みだし、白石、アーサーも誘ってレベッカのお見舞いに行こう。傷だらけの彼女を見ても、彼らなら簡単に騙されてくれるだろう。それで夏休みに海に行く計画を立てるんだ! 土御門、シキ、レベッカ……そして――舞と一緒に――。
――ドクン。
ここまでお付き合い下さった皆様。ありがとうございました。
どんな感想でもお待ちしております。
とある章に応募し、落選したものです。落選理由の解明のために晒した小説です。よろしくお願いします。
仮に感想がなくても、私にとっては読んで頂けるだけで幸いでございます。
でもマジでどんな感想でもいいので下さいー;;
他にも投稿していきますので、もしよろしければお付き合い下さい><