第五部 君が見ていた長い夢
柚子は突然訪ねてきた東華をみて驚いたように止まってしまった。
時計の短針はまだ六時をさしてはいない。
「どうしたの?」
息を切らしている東華に柚子はそれ以上何も言わず東華の次の言葉を待った。
「話が……あるの。」
そういって東華は初めて誰かに前世の事を話した。こんなことを話せばきっと嫌われると口を硬く結び、東華は俯いていた。だが柚子の口から聞こえた言葉は東華の考えてもみなかったことだった。
「知ってる。」
柚子は静かにそういった。
「なんで?」
東華は驚きの表情を隠すことすら出来ずそのままとまってしまった。
「私は多樹を知っている。東華が歌恋という少女の生まれ変わりだということも。でも東華が自分で言わなくちゃ意味が無かった。だから今までだまってた。」
柚子の言葉に東華は顔をあげた。
「いままで誰にも言えなかったのは…多樹のことを思い出したくなかった。多樹に許して
貰おうとは思わない。けど現実を受け止めなくちゃって。おもっ…」
「柚子、もういいよ。俺が多樹の生まれ変わりだよ。」
東華の瞳には大きな涙が溢れていた。東華の涙でぼやけた視界の向こう側にいたのは以外な人物だった。ゆっくりと東華はそのヒトの名前を呼んだ。
「棗…君?」
「うん。」
棗が優しく微笑むと東華の記憶の中の多樹と棗がどこか重なって見えた。
「もう苦しまなくていいから。」
棗は泣きじゃくる東華を優しく自分の方に引き寄せた。
東華は棗の優しさの中で今までずっとせき止めていた涙を流した。
泣きやんだ東華の表情はいままでで一番輝いていた。
これから、新しい氷瀬東華としての人生が始まるのだから・・・。
東華は今までが嘘だったかの様に明るくなった。
「ありがとう。」
今なら、神様がもう一度私に生を与えたわけが分かる。
神様は知っていたんだ。
私が柚子や棗君と出会って、前に歩み出せること。全部…。