第四部 あやまち
あの日、歌恋であった私はいつもの様に見渡す限りの草原で幼馴染みだった多樹と話していた。
歌恋は幼い頃からずっと多樹が好きだった。
だけどはじめからいつかは引き離される運命だったのだ。ただ、急すぎて歌恋の心が現実に追いつかなかった。それが全ての引き金となってしまっただけなのだ。
「多樹。ずっと一緒にいようね?」
歌恋は精一杯微笑んだ。
そんな歌恋を見て多樹は悲しそうな顔をするだけだった。
歌恋も多樹の対応に寂しそうに俯いた。
花恋は多樹が「ずっと一緒にいる」という約束を交わすことなど出来ないことを理解していた。知っていながらも言わずにはいられなかった。
多樹は王族の人間で、両親に捨てられてしまうような人間との仲を認めてくれるわけはないのだということも。本当は全部わかっていたのだ。
だからもう会えないといわれたあの時この手を血で染めた。
どんなに洗い流しても、生まれ変わっても染み付いた血の臭いはけして消えることはなかった。
これだけが私の中にある歌恋としてのすべての記憶だ。だけどもしも、氷瀬東華という存在の中に歌恋であった記憶がなければ東華という人間はこんな罪悪感だらけの世界じゃなく普通の高校生としてこの世を生きられたのかも知れない。
歌恋は生まれ変わった今もまた、本来在るべきはずの東華という存在を殺したのだ。
東華はベッドからゆっくりと降りると青海学院の制服に着替えた。青海学院の制服はその名前にちなんで海の色をイメージされていた。水色のブレザーに青と緑の落ち着きのあるチェックのスカート。そして首元の襟には細めの空色のリボンと、この制服になってから青海学院の生徒数は3倍になったという。
ただ、東華の場合は制服どうこうではなくて青海学院が一番東華の家に近かったというだけなのだ。
東華は鏡の前に立ち、慣れた手つきで制服のリボンを結ぶと髪を手櫛で梳かした。軽く波打つようにウェーブがかった長い黒髪の東華に青海の制服はとてもよく似合っていた。
そして足早に家を出ると柚子の家に向かった。