第ニ部 優しい人
忘れたくても忘れたくても忘れることの出来ない事実。
消したくて仕方ない罪。
初めて愛した人を殺した。
愚かな私の罪。
「東華?」
再び足を止めてしまった東華を柚子は心配そうに覗き込んでいた。
柚子の透き通った声で我に返った東華は自分が立ち止っていることに気付いた。
「…なんでもない。……柚子…あの、さ。もし、もしも。私が罪人だったら柚子はどうする?」
なんで柚子にこんなことを聞いているのか、自分でもわからなかった。だってもしも柚子が私に同じ事を聞いてきてもきっと私は答える事など出来ないのに…。
それでも柚子は答えてくれた。
「…私は東華が好きなの。」
柚子なりの短い言葉。それでも東華にはその意味がきちんと伝わっていた。
「ありがとう。」
ただ、そう言って笑う事しか出来なかった。
私は時折考える事がある。
もしもこんな前世を持って生まれたのが柚子だったらもっと上手く生きられただろうかと、その度私は自分に、柚子なら大丈夫だ。どんな事にも素直に笑い、泣けるのだから。そう言い聞かす。私は柚子の強さに無意識にすがっているだ。
それから2人は何も話す事なく柚子の家についた。
柚子の家はけしてお金持ちというわけではないが庶民の家というには不似合いなぐらい大きかった。それは柚子が6人兄弟で、今時の家庭にしてはとても大家族だからなのだ。
柚子が扉に手を掛けた瞬間、誰かが扉の向こうから扉を開けた。
「わっ!」
柚子は短く声をあげた。
「あ、柚子ごめん。脅かすつもりは…。」
東華は柚子に良く似た背の高い男の子の姿を見て呟いた。
「棗君。」
扉を開けたのは柚子の年子の兄、棗だった。
棗は東華の存在を確認すると優しく微笑んだ。
「東華ちゃん。寄ってく?」
棗は2人の隣りのクラスだ。柚子との繋がりが無ければ話す事すらないのに棗は東華にとても優しかった。でもそれは東華をただ苦しめていた。
東華は不器用に笑って首を横に振った。
「ありがとう。でも、もう帰るから。」
東華は自分にとても優しいこの少年が少しだけ苦手だった。
「そっか、じゃあまた今度。」
棗は残念そうに言った。そして帰っていく東華の後ろ姿を悲しそうに見ていた。