姉のすべてを奪う妹に「代償」ごと押し付けたら勝手に自滅しました 〜特級騎士アリーゼの計算通り〜
十八歳で迎えた信託の儀。
そこで私のギフトが『契約』だと判明した。
「これは凄まじい能力ですぞ! あらゆるものと契約をすることができる能力です。人、精霊、魔女、時には悪魔とすら!」
鑑定士が興奮する。
ギフトにはランク付けがされているのだが、私のはランク外だった。
最高のSランクを超えた国宝レベルと判定されたからだ。
その場にいた王族の人たちや関係者の誰もが色めき立つ。
首を傾げていたのは私だけだろう。
いやおかしい……と。
「あの、ギフトって願望が反映されるんですよね?」
「はい。あなたは十八年間、とても強い願いを抱いていたのでしょうな!」
強い願望はある。
でもそれが『契約』とどう結びつくの?
私はため息をついた。
⭐︎
私がギフトを授かってから三年の月日が去った。
王宮に所属する特級騎士として大きな権限を与えられ、王都やその近辺で起きる数々の問題に対応している。
災害、賊の討伐、魔物退治など血にまみれた日々でうんざりする。
給料が驚くほど高いので我慢できていた。
「アリーゼ様、遠征からお帰りなさいませ!」
「今回もご活躍だと聞きましたよ!」
門兵たちが私に声をかけてくる。
「ありがとう。あなたたちも仕事頑張ってね」
久々に王都に帰ると、通行人がすぐに寄ってきて困る。
正直一人にしてほしい。
適当にいなしながら帰路に着いていると、私の婚約者であるゼルと妹のミレニーに出くわした。
これだけなら妙ではないが、問題は場所だ。
二人は男女がいちゃつく色宿から、腕を組みながら出てきた。
「あっ……!? ア、アリーゼ、帰っていたのか……」
ゼルが激しく動揺している。
「お姉様、これには事情がありまして」
ミレニーは口では弁明するが焦った様子もない。
むしろバレようと構わないみたいな態度に見える。
昔から私の大切なものを奪おうとすることが多かった妹だ。今回もそうなのだろう。
「どうか許してくれ! ほんの出来心で……というかミレニーに激しく誘われて、つい」
ゼルはその場で私に謝り倒し、目には涙まで浮かべている。
私と同じ二十一歳にもなって、なにやっているのこの人は?
元々親が決めた婚約相手だったので私としても深い感情はない。むしろ今回のことで縁が切れそうで、ミレニーには感謝したいぐらい。
「何を言われても、あなたとは婚約破棄よ。互いの両親にも伝えておくわ」
「アリーゼェ、どうか考え直してくれっ」
私は彼を無視して歩き出す。
すれ違う際、妹のことを尻目で確認するとわずかだが口角が上がっていた。
「ねぇミレニー。そんなに私に喧嘩を売りたいの?」
「そんなわけありません。私なんてお姉様が本気を出したら一瞬で消し炭ですもの」
そうは言うが、私には手を出されないと高を括っている。実際、私が彼女に手をかけることはない。
「お姉様、出来心で本当にごめんなさい。近々、恩返しますわ」
「恩返し?」
「ほら、私ももう十八になります。ギフトが判明したら、色々とお手伝いしますことよ」
そっか。
もう信託の義のときか。
なんとなく嫌な予感を感じつつ、私は帰路についた。
婚約破棄ことは両親に伝えたので、これで晴れて自由の身だ。
夜になり、ミレニーが帰ってきた音がしたので部屋を出る。
「お帰り。ゼルと末長く幸せに」
「もう別れましたわ。二度と会いません」
「……どうして?」
「お姉様に捨てられた男だと思ったら、気持ち悪く見えてきちゃって」
悪気ない感じで告げると、ミレニーは部屋に戻っていく。
そこで気づいたが、彼女の身につけてるアクセサリーは全部私のものだ。
許可もなしに使うのやめてよね。
⭐︎
「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
「お姉ちゃんは妹のことを守ってあげるのが役目よ」
幼い頃はそんな風に言われることが多かった。
でも私が信託を受けて国の重要人物になってからは、両親は一切言わなくなった。
むしろ私のことを誇りだと世間中にアピールしている。
だいぶ生きやすくはなったけれど、少しモヤモヤは残る。
さて、今日はミレニーの信託の日だ。
私も姉として参加しなければないないけど、とにかく体が痛い。
契約している力を使うと代償が発生することがある。
肉体に作用するものから精神に作用するものまで様々だ。
信託の場に行くとすでに会場は盛り上がっていた。
王族や貴族たち用の席も設けられており、その近くでは十八歳を迎えた者たちが希望に満ちた顔をしている。
「それでは、信託の儀を開始します」
鑑定士の一言で儀式が始まった。
実は十八になって突然能力が与えられるわけではない。
それまでの間に少しずつ育ってきて、十八歳で大きく花を開く。
同時に、鑑定にも引っかかるようになる。
今回の儀式は外れが多いようでFランクやEランクのギフトばかりだった。
残念そうに肩を落とす者たちが後を絶たない。
大抵はこんなものだ。
強い願望を抱き続ける者などあまりいない。逆に願望を幼い頃から十八歳まで抱き続ければ、非常に強力なギフトを得ることができる。
「ミレニー・フォルダースです! よろしくお願いしますっ」
ミレニーが出てくると、私の近くにいた両親がそわそわしだす。
「アリーゼのような規格外ではないとしてもSランク……せめてAランクであってほしい!」
「そうよ、ミレニーならいけるわ。アリーゼほどじゃないけどあの子だって優秀だもの」
高ランクを期待する両親とは反対に、私はFかEのクズギフトであってほしいと心底願う。
「ミレニーさんの能力はCランクでございます」
Cランクといえば、実は盛り上がるいいランクだ。
なのに落胆の声がちらほら漏れる理由は簡単で、私の妹だから。
誰もがもっと高ランクを期待していた。しかし、そんな会場の温度がさらに冷える事態となる。
「彼女の能力は…………これは、なんとも」
鑑定士が非常に困惑している。
堪らず王様が立ち上がる。
「言うのだ。皆が知りたがっておる」
「はい。能力は姉がギフトで得た能力を奪う……です」
広場が静まり返った。
会場中の視線が私に集中する。
どうせロクでもない能力になるってのは予想がついていた。
物心ついた時からミレニーは私のものを何でも欲しかった。おもちゃも髪飾りも、時には友人でさえも。
この間の一件からもわかるように婚約者ですら欲しがる。
ギフトは願望が強く反映される。
幼い頃から続くミレニーの念は、ある意味強力なのだ。
ここでミレニーが宣言する。
「私は、この能力を永遠に封印したいと思います! 私にとってアリーゼ姉様は尊敬の対象であり、決して貶める対象ではありません」
凛とした表情で、ミレニーは遠くを見つめる。
「でも、ご安心ください。私にはもう一つ新しい力があるかもしれません。鑑定士にも見えないようですが、確かに力強い何かを感じるのです!」
これには大衆も安堵の息を漏らす。
私から力を奪わないということは、今後も平和な日々が続くと言えるから。
さらに鑑定士にもわからない謎の力まで得ているときた。
まあ十中八九嘘なんだけどね。
何が嘘かって、二つともだ。
新しい力なんてないし、そもそも私から能力を奪いたくてしょうがない顔よあれは。
そんな理性が働く人間ならそもそもこんな歪なギフトなんて育たない。
「お父様お母様、今後はミレニーが国を救うようですわ。私は隠居生活にでも入ります」
二人ともキョトンとした顔をしていた。
全く困ったものね。
この両親は自分の娘のことを何一つ理解していない。私のこともミレニーのことも。
私はため息をつきながら仕事に向かった。
数時間後、早速異常をきたす。
魔物との戦闘中に風の魔法が発動しなかった。
風の精霊と契約したもので契約日数はまだ何年もある。
……ミレニーね。
⭐︎
私は一直線に自宅へ帰った。
リビングでくつろいでいるミレニーに言う。
「あなた早速ギフトを使って私から能力を奪ったのね」
「あらなんのことぉ? どうしてそんなに怒っていらっしゃるのお姉様は? ミレニー馬鹿だからわかんない」
とぼけた様子のミレニー。馬鹿ってところは同意だけど、実は怒ってはいない。
奪うなら勝手に奪ってもらってもいい。
「別に怒ってはいないわ。ただみんなの前で宣言した数時間後には私の力を奪うなんて嘘の上手な妹だと思っただけよ」
「あはははは! この能力ってすごいのよ。お姉様が得た能力、つまり契約した能力はすべて奪えてしまうの!」
「その話し方だと『契約』自体の能力が奪えるわけじゃないのね」
「そう、そこが残念なところよね。私自身が新たに契約できるわけじゃない。でもお姉様が契約しているものはすべて奪えるし、今後新しく契約したものも頂けるの」
「それはすごいわね。で、どうするの?」
「もちろん最終的には全部いただきますわ。姉は妹に大切な物を譲るものでしょう?」
「逆に妹も姉をいたわってほしいけれどね」
「いたわる心、ありますわよ。幼少からずっとお姉様に憧れていたし、お姉様になれたらいいなって何千回も考えたもの。その願いがギフトで叶ったの。お姉様は逆にこれから英雄ではなくなってしまうけれど、誰からも好かれなくなるけれど──大丈夫! 私だけは可愛がってあげますからね」
随分と上から目線での発言を聞きながら私は辟易する。
この歪んだ性格はどこで生まれてしまったのだろう。
両親が姉は妹を守るものだとしつこく言い続けたせいかもしれない。
「私はまた新たに契約を結べる」
「ええ。それがなんです?」
「あなたはそれも奪うのね?」
「だって、それが私の生きがいですもの。ふふふ」
メンヘラ全開の笑い方をして、ミレニーは軽やかな足取りで出ていく。
親は子を選べないというけれど、子だって親を選べないし、何より姉妹を選べないのはきついわね。
今後の展開は予想できたので私は翌日には動き出す。
謁見の場で王に今回の件を報告し、今の職を辞すると伝える。
王は眉間にしわを寄せて大いに悩んだ。
いきなり私が引退するのは、国民も不安に思う。
それにミレニーが活躍したとして、それは私から無理やり能力を奪ったのだと誰だってわかる。
つまり悪評がつきまとう。
「アリーゼよ。こういった案はどうだろう──」
王には策はこうだ。
まず私のことを気に入っている王太子殿下のルイスと新たに婚約して、将来の王妃の準備に入る。
そのため能力を妹に譲ると公に宣言する。
その流れは国としては悪くない。
「私が一人で静かに過ごす部屋や時間はありますか?」
「無論だ。そこは配慮しよう」
「承知しました。ではそのお話、お受けいたします」
こうして私は王太子と新たに婚約を結び、さらにはあの妹に力を譲ると宣言もした。
話はまたたく間に王都を駆け巡り、ミレニーが次の英雄だという話でもちきりになる。
その頃には、ミレニーは私の能力をすべて奪っていた。
⭐︎
「どうして私じゃなくてお姉様が次の王妃ですの? どう考えたっておかしいでしょうが!」
家に帰ると、ミレニーがリビングで物に当たり散らしていた。
「いくら妹でも姉のすべてを奪う権利はないのよ。特に殿下は私のことが以前から好きだったみたいだしね。ごめんなさいね、私は王妃として悠々自適な生活を送ることになって。あなたは英雄として頑張ってね」
「お姉様だけ幸せになるなんてずるい、絶対に許さない……」
「あなただって幸せでしょう。私の力を奪って英雄になれたんだから。といっても、私も次々と新しい契約を結んでいるのだけど」
「全部奪ってやる」
ミレニーの金切り声。
久しぶりに聞いたわね。
私は再び家を出ると、町の外れにある人が近づかない洞窟に足を運ぶ。
そこのヌシと新たな契約を済ませておいた。
翌日にはその契約もミレニーに奪われてしまって安心した。
身軽って素敵だ。
午後になると王太子殿下がデートに誘ってきたので応じる。
「君のことは以前からずっと好きだったんだ。美しく、孤高な女性。君と婚約なんて夢みたいだよ。僕と一緒に幸せな国を築いていこうね」
「ええ。私でよければ」
そう応えつつも殿下のことを私は観察する。
この殿下もある意味ミレニーと同じような曲者だ。
いやミレニーよりタチが悪い。
それでも私は自分の将来のために我慢してデートに付き合った。
それからしばらくは平穏な日々で、無理に誰とも関わらなくていいのが天国だった。
ミレニーの方は逆に地獄のようで、毎日泣き言を漏らしている。
英雄の仕事って想像より大変だからだ。
「なんでこんなことしなくちゃいけないの……。私は守るより守ってほしいのに……。それに魔法とか使うたびに体痛いし、精神だっておかしくなる時がある、なんなのこれ」
さすがに哀れすぎるので少しだけ助言をする。
「そりゃあなた、力の実行には代償も必要よ。まあ契約方法とかで緩和できたりもするのだけど」
「それを教えてよ! っていうかお姉ちゃんが契約してよ、私がもらうから」
「なんで私がそこまでしなきゃいけないのよ。あなたが選んだ道でしょう、勝手に頑張りなさい。私はあとは殿下と結婚してのんびりと生きるんだから」
「ずるいずるいずるいずるい──そんなの絶対許さない、許されない! お姉ちゃんだけ幸せになるなんて、そんなの神様が許さないんだからァァ!」
また寝言を言い始めたので、私は部屋に戻って眠ることにした。
⭐︎
王城には私の幼なじみで、騎士団に所属しているレスターがいる。
見た目が抜群にいい上に非常に強い剣士ということもあり、女性からの人気が死ぬほど高い。
だから私は、なるべく彼と一緒に街中を歩きたくない。
目立つし変な嫉妬を買ったりすることもあるからだ。
それなのに、街中であちらから話しかけてきた。
「ここにいたのか、アリーゼ。大事な話がある」
「人目がないところにいきましょう。あなたってウザいファン多いから」
「人気なのはお前だって一緒だろう。ではこちらへ」
私たちは路地裏に入っていく。
彼は尾行している者がいないか確認してから小声で話す。
「報告は二つ。小さい方と大きい方、どっちがいい?」
「小さい方からお願い」
「君の妹が殿下に仕掛けているらしい」
「寝取りアタックのことね」
「驚かないのか?」
「何年あの子の姉をやっていると思っているの。そんなの想定内よ。それで、殿下は落ちそうなの?」
「最初は遊びのつもりだったようだが、乗り換えるのもアリだと考えている節がある。世間的には、君は過去の英雄で現在の英雄はミレニーだ。それもあるだろう」
「そう。次は大きい話をお願い」
レスターの表情が先ほどより引き締まる。
「君に頼まれていた調査の件だ。これも殿下の話になるが、限りなく黒に近いな」
「私が遠征に行っている間に事が起きたということかしら」
「かもしれない。正直、俺はお前に言われるまで疑いもしなかった」
「アレはやっぱり嫌がるのね」
「あぁ、死ぬほど嫌がる。お前が言っていた物を殿下の近くにわざと持っていったが、怒鳴られたよ。加えて、夜な夜な城を抜け出してどこかへ行っている」
「どうしましょうかね。なんかもう放っておいてもいい気がしていて」
私が投げやりな態度を見せると彼はだいぶ困ったような顔をする。
「勘弁してくれよ……。お前以外に誰がこんな状況を解決できるんだよ。そもそも、なぜ殿下のことを疑っていながら婚約を受けた?」
少し考えてから答える。
彼になら本音を告げてもいいだろうと。
「私は静かに暮らしたいだけなのよ。だから頃合を見て殿下には行方不明にでもなってもらおうと思っていたの」
「いやいや、それはアリーゼが王になる展開だろう」
「代わりの男と適当に結婚して王になってもらうのもアリね。あなたでもいいし、真面目な人なら誰でもいいわ」
彼は言葉も出ないようで頭を抱えていた。
「また何かあったら報告してちょうだい」
立ち去ろうとする私の腕を彼がとっさに掴んできた。
驚いて振り向くと、レスターはだいぶ男らしい目をしている。
「もしミレニーが殿下と結ばれたら、お前はフリーだ。その時は、俺と婚約しろよ」
最初はギャグで言ってるのかと感じたが、瞳のブレなさを見る限り真剣らしい。
私はにべもなく告げる。
「お断りよ。まず、お前って呼ばれるのあまり好きじゃないし。それに、あなたみたいに上から目線のオラオラ系も全然好きじゃないから」
手を振りほどいて先に行くと後ろからうめき声のようなものが聞こえてきた。
⭐︎
「大変申し訳ない……! 馬鹿息子と叱ってはみたのだが、意思は変わらないようで……」
一国の王が謝ってくる。
息子が別の女と浮気して、そちらと婚約すると言い出したからだ。
私としては全然そんな感じでOKなのだが、ここはより多くの物をもらうために沈痛な面持ちをしておく。
「わかりました。受け入れますが、私の心の傷は深いことをお忘れなく」
「わかっておる。そなたのことは色々と優遇しよう」
殿下はミレニーに乗り換えた上、それを大衆の前で発表するという。
そりゃ王様も泣きたくなるよね。同情します。
二人の婚約を発表する誓いの式は三日後に開かれるらしい。
ミレニーも浮かれまくっていて今は私の能力も眼中にない。
そこで妹にはバレないように新たな契約を結びにいき、さらに特別な聖水を手に入れるための準備を開始した。
……
…………
………………
さあやってきました、誓いの式の日が。
控室に行くと、なんとミレニーがウェディングドレスを着ていた。
どれだけ気が早いのよって話だ。
ただの婚約発表でしょうに。
「見てお姉様、羨ましいでしょう?」
本来であれば美人のミレニーがドレスを着たら綺麗に映るはずなのに、今はネガティブな印象を受ける。
まず顔が酷い。
クマははっきり出ているし、頬はやつれているし、唇もカサカサだ。
これは化粧でもごまかせない。
「あなただいぶ調子が悪そうだけど」
「ふふ、お姉様ったら。私に全てを奪われたのが悔しくてそんな負け惜しみを?」
「でも最近体調悪いんじゃない? 体のあちこちが痛いし、胃腸の調子も悪いでしょう。悪夢だって見ている」
私が指摘するとミレニーはなんでわかったの? という風に目を見開いていた。
「そりゃわかるわよ。私こう見えてもお姉さんよ」
「怒ってないの? 私が、お姉様の全てを奪ってしまったこと」
「むしろ身軽になれて少し感謝しているわ。だから、もし今日何かひどいことが起きても、それはあなたに対する恨みでやってるわけじゃないからね。ちゃんと事情があるの」
「え、ちょっと待ってどういうこと?」
「お気になさらずに」
そう言って、私は控室から出て行く。
それから王が直筆で書いてくれた文章に目を通す。
手紙を開きながら、うわぁめんどくさいという独り言が漏れた。
誓いの式は、貴族から平民まで集めて外の広場で行われる。
式が始まると会場のボルテージはどんどん上がっていく。
王が挨拶を済ませ、その次に私の出番がやってきた。
「えー、この度は、私から報告があります。私はあまり結婚に向かない性質のため、殿下との婚約を解消させていただく運びとなりました。大変申し訳ございません」
いやなんで私が謝らなきゃいけないのよ。
と内心ツッコミつつ、最後までちゃんと読み上げた。
これで表面上は、妹が略奪したわけではない形になる。
私が下がると殿下とミレニーが手を繋ぎながら壇上の真ん中に立つ。
そして、そこに神父が現れて二人に永遠の愛を誓うかと問う。
「「誓います」」
両者の声が揃った。
もはやこれ、結婚式ではないの?
疑問を抱きつつも私は着々と準備を進める。
すぐ背後にいた幼馴染のレスターに指示を出す。
「例のアレ、持ってきて」
「了解だ」
彼の準備が整ったのと、二人が誓いのキスを済ませたのはほぼ同時だった。
会場中が今日一番の盛り上がりで、割れんばかりの拍手が鳴った。
そんな中、私が二人の元へ歩いていく。
「ここにお集まりの皆様に、私の方から報告がございます。誠に残念ながら、王太子殿下は亡くなったと思われます」
「──な!? 急に何を言うのだ!」
王様が取り乱した。
本当に申し訳ないとは思うが、それでも私はやらなければならない。
「そうよお姉様っ。気でもおかしくなったの!?」
「気がおかしくなりそうなのはあなたでしょう。契約の代償でもう死にかけじゃない。何も考えずに私のあれこれ取っていくからそうなるのよ」
「ちょ、それは言わない約束じゃ……あっ」
うっかり自分から認めてしまうミレニーは、やっぱり頭がちょっぴり弱い。
でも今はどうでもいい。
私は殿下を睨みつける。
あちらも負けじと睨み返してきた。
「いくら国の英雄であろうと、次期王を侮辱することは許されないぞ」
「次期王? 吸血鬼風情が偉そうなことね」
「きゅ、吸血鬼だと? 今吸血鬼って言ったか?」
外野が激しく騒ぎ出す。
わからない人たちも多いと思うので、私は説明を始める。
「上位の吸血鬼の中には、血を吸った者の姿に化けられる者がいます。私が遠征に出ている間、殿下はこの吸血鬼に血を吸われ、その後この男は王太子として振る舞い始めたのです」
「戯言だ。この女を今すぐ捕らえろ!」
吸血鬼は激しく怒鳴り散らすが、兵士は誰も動かない。
戸惑っているのだ。
そのタイミングでレスターが聖水を手に私の横にやってくる。
「殿下、吸血鬼ではないと証明するために、この聖水を体の一部にかけてはいただけませんか?」
「聖水か。いいだろう」
意外にも吸血鬼は余裕の笑みを浮かべ、承諾した。
多分ただの聖水だと思っているのだろう。
「一つ言っておきますけど、ただの聖水ではありませんよ。純度を高めたもので、たとえ上位の吸血鬼であろうと耐えられず皮膚が焼け爛れるでしょうね」
そう伝えた途端、吸血鬼から傲慢そうな笑みが消え失せた。
ただの聖水なら耐えられても、そのレベルのものは無理だと知っているのだ。
「殿下、どうぞ。それとも俺がおかけしましょうか?」
レスターが近づこうとすると、吸血鬼はミレニーの両肩を掴んで説得しようとする。
「頼む愛する人よ。あいつらをなんとかしてくれ。聖水とは言ってるが、絶対に毒だ! 一緒に戦ってはくれないか?」
「で、でも……」
「言っておくけれどミレニー、ここであなたが私に牙を剥くなら容赦はしないわ。あなたが奪った力の中には、悪魔と契約してるものもあったの。あなたが辛いのはそのせいよ」
「悪魔と契約してたの!? ……だから私、毎日死にそうになんだ」
「あなたは馬鹿だから後先考えずに行動するでしょ。痛い目見せてあげようと思ったのよ。今、私の中には新しい契約をした力が眠っているわ。それも奪ってみる? でも今度は代償で死んでしまうかも」
「うう、そんなのやだ! 私まだ死にたくないよお。うぇぇん……」
ミレニーはその場へたり込んでわんわんと泣き出してしまった。
こんな状態で戦闘なんて無理だ。
元々メンタルが戦闘向きではないしね。
「さて、誰も頼れなくなった吸血鬼はどうするのかしら?」
私が笑いかけると、偽物はとうとう本当の姿を曝け出す。
まず身長が高くなり、肌は真っ青と言えるほど青白くなった。
目つきは鋭く、刃みたいな牙が二本長く伸び、髪も真っ黒に変わる。
その姿を目にした人々に衝撃が走った。
吸血鬼はこちらに向かってくることはなく、王の元へ疾走する。
王を人質にとれば勝ちだと。
何もかもが予想の範疇すぎて何の感情も動かない。
私は氷魔法を使う。
氷柱状のものを一本発射させて、吸血鬼の膝裏をぶち抜く。
「ギッ!?」
吸血鬼が倒れたので、今度は足から腰までを氷漬けにした。
これで完全に動きを封じた。
レスターから剣を借り、それを王の元へ持っていく。
「陛下、殿下の仇です。いくら上位の吸血鬼と言えど心臓と頭を貫けば死にます」
「おおぉぉ……我が息子をよくも……。この吸血鬼め!」
王様は剣を取り、怒り任せに吸血鬼に飛びかかった。
本当は私が始末することもできたのだが、やはり貸しは作っておくに限る。
吸血鬼は命乞いをしたがそんなものが聞き届けられるはずもない。
怒り狂った大衆と王の攻撃は必要以上に吸血鬼にダメージを与えた。
こうして誓いの式は、だいぶ最悪な形で幕を閉じた。
いや私だってこんな結末は好きじゃないけれど、やらざるを得なかったのだ。
⭐︎
誓いの式から一週間も過ぎると、世間もだいぶ落ち着きを取り戻し始めていた。
殿下を失ったという国民のショックは計り知れないが、それでも少しずつ前を向こうとする者も出てきている。
一方ミレニーは、毎日のように私に泣きついてくる。
「お姉様、謝るからぁ。もう謝るから本当に許して、どうしたらいいの? もう体が重いし苦しいし。なんで悪魔となんか契約するのよ!」
「誰とどう契約するかは私の勝手でしょ。言っとくけどあなたね、契約日数はまだ一カ月あるんだから覚悟しなさい」
「無理無理無理! そんなの耐えられない。死んじゃう……」
「お葬式にはちゃんと参加するから安心して。棺に何か入れてほしいものってある?」
「お姉様お願い、そんなこと言わないで。大切な妹でしょ? 助けて。本当にごめんなさい、今まで申し訳ございませんでした。反省してます。どうかお助けくださいませ」
必死に私の脚にしがみついてくるミレニー。
やれやれ。
私はなんて面倒な妹を持ってしまったのだろう。
「……仕方ないわね。もうあなたは、ギフトを放棄しなさい。私の知人にギフト自体を破壊する力を持った人がいるのよ。その人を紹介してあげるから。ただし、一生使えないわよ」
「ありがとうございます。それでお願いします。もうこんな能力使いたくないから大丈夫」
死ぬほど反省しているっぽいので、今回は許してあげようか。
早速ギフトブレイカーの元へ連れていき、彼女のギフトを破壊してもらう。
力を失ったからか、すべての契約が私の元に戻ってきた。
体の疲れや痛みから解放されて、ミレニーは安堵していた。
顔のクマなどは酷いままだけど。
「でも、お姉さまは平気なの? 悪魔の契約は残っているのに」
「私は魔道具の装飾品があるから大丈夫よ。悪魔の代償を緩和するの」
「そんなのずるい! だったらそれを私に貸してくれたらこんなに苦しまずに済んだんじゃないの ?」
「もともとはあなたの強欲が原因よ。反省しなさい」
「はい……申し訳ありませんでした……」
ミレニーはシュンとして肩を落とす。
昔から素直なとこはあるので、これに懲りて真人間になってほしいものだ。
さて、落ち込んでる王様を励ますことも兼ねて、私は城に報告にいく。
やはり、王様は虚な目をしていた。
「陛下、力が戻りましたので、また特級騎士の任務に戻りたいと思います」
「うむ……そなたには助けられている。望むものがあれば、なんでも申せ」
声がすごく小さい。王様は腹から声を出すタイプだが、いまはそんな気力すら湧かないようだ。
「殿下のことは誠に残念ですが、その清らかな魂はこの王国と共にあります。王国の興盛こそが、殿下への鎮魂歌になると私は信じております」
悲しみに暮れる気持ちはわかる。でも王様には立ち直っていただかないと、この国の民たちが明日を見失う。
スッ、と王様の目になにかが宿ったのを私は感じた。
「アリーゼよ、心配をかけたな。もう平気だ。余の肩には数多の人生がかかっているのだからな」
「仰るとおりです。私も尽力します……が、急に力が戻ったせいか少し辛くて。ゴホッ、ゴホッ」
「おおぉ、それはいかん! すぐに休め。そなたを失う事だけは避けたい」
「体調が戻るまでは週休三日いただいてもよろしいでしょうか?」
「許す。十二分に休養を取るのだ」
私は礼をして素早く踵を返す。
高速で動いたのはニヨニヨした顔を見られないためだ。
やった……念願の引きこもり生活ができるわ!
最高の気分で階段をおりると、城のメイドが私に駆け寄ってくる。
「アリーゼ様! 大変恐縮ですが、少しだけお時間よろしいでしょうか?」
「手短にね」
「はい! 実は私、先月に子供が生まれたのです。アリーゼ様みたいな英雄になるには、どんな願望を抱かせたら良いか迷っています。アリーゼ様はどうだったか教えていただけませんか?」
この質問は三千回目くらいかな。
みんな、一様にキラキラした瞳で尋ねてくるのが共通点だ。
要は私と同じような性格にすることで、将来レアギフトを得たいと。
子は親の道具じゃないのよと呆れつつ、私は正直に伝える。
「とにかく一人で静かに暮らしたい。これが一番だったわ」
メイドが心底意外そうな顔をする。
この反応も大抵同じだ。
「人気になりたいとか、多くの人と交流したいとかじゃないんですね……」
「逆ね。むしろ愛情や感情のようなコロコロ変わる不確かなものは嫌いだったわ」
当時はわからなかったけど、今なら『契約』を得た理由がわかる。
過干渉な両親とうるさい妹。
学校にいけばなぜか同級生が常に寄ってきて、先生も過度に期待してくる。
街中を歩けば、変なおじさんや変態男にしょっちゅう声をかけられる。
それでいながら彼らは、精神や感情が不安定だ。
だから私はこのギフトを得たのだと思う。
感情抜きで付き合える能力。
契約が完了したら、嫌なら二度と付き合わなくていい。
契約中であっても対価さえ払えばあとは放っておいてくれる。
実に私向きだったのだ。
「子を私みたいにしたいなら、あなたの方向性は間違ってないわね」
「ほ、本当ですか!?」
「私の親もあなたみたいに、子を支配して自分の思い通りにしたいタイプだったから」
「あ……えと……」
「あなたはなぜ子供に強いギフトを望むの?」
「それは、強くて人気者になった方が幸せかと思って……」
困惑しながらもメイドは答えた。
そこに悪気はないから厄介なのだ。
「一度よく考えて。あなたって強力なギフトを持っていないでしょう?」
「はい、無いです」
「でも結構、幸せなんじゃない?」
「幸せ、かもしれません。夫も優しいし子供も生まれて」
「かたや私は、不幸せとは言わないけど、あなたより幸せな感じはしないのよね」
実際、幸せ勝負したら完敗する自信もある。
メイドも気づいてくれたのか、だいぶ気まずそうにする。
「そんな感じよ。本気で困ったことがある時のみ相談して」
「ありがとうございました! お気をつけていってらっしゃいませ」
うん、家に帰って寝るだけなんだけどね。
あ、帰りに高級菓子くらいは買っていこうかな?
せっかくお金稼いでいるのに、なかなか使う機会がなくて困っている。
ようやく一人になれると思いきや、今度は出口で幼馴染が私を待っていた。指を二本揃えてキザな感じに挨拶してくる。
「よっ、少しいいか?」
「ほんとに少しだけね」
レスターは私を人気のないところに連れていく。
周囲に誰もいないことを確認してから、彼は胸の奥に手を忍ばせた。
取り出したのは──指輪。
こちらが驚いている間に俊敏な動作で片膝をつき、私の前にその指輪を差し出してきた。
さらに丁寧に一礼までして、やけに恭しい態度を見せる。
「あれから何度も諦めようと思ったけど無理だった。正直、俺は昔から君のことが好きだった」
「それは、気づいてたけど」
「俺は! 君と一緒にこれからの人生を歩んでいきたいと思っているんだ。どうか、俺と結婚してください!」
「ごめんなさい」
即答すると、レスターは伸ばしていた腕をだらんと下ろした。
申し訳ない気持ちはもちろんある。彼の流暢な物言いから、きっと何時間も練習したのだろうと想像もできる。
それでも婚約は受けられない。
「理由を教えてもらえるか?」
「二つあるわ。一つは、女に少し言われた位で態度を大きく変えてしまうこと」
「ぐぬ……。もう一つは?」
「私にとって結婚は損得で行うものであって、愛情でやるものではないの。こちらの方が大きいわね。レスターは素敵だし、私なんかより良い女性がいるわ」
淡々と告げて私は歩き出す。
優しくして気を持たせ続けるのは互いによくないので、冷たく感じるくらいでちょうどいい。
背後から少し怒りを孕んだ声が届く。
「お前よりいい女はどこにいるんだよ?」
一拍置いて、私は答える。
「うちのリビングにいってみて」
「妹じゃねぇか! 邪魔者をまとめてくっつける戦略か!?」
「バレた? でもあなたが素敵だっていうのは本当よ。私は基本男嫌いだから、本音で話せる人は貴重なの。これからもよろしくね」
「……ま、今はそれでいいよ。またな」
肩を落として戻っていく彼の後ろ姿を見て、私はもう一つ伝えようとする。
洗練されたデザインの指輪は本当に素敵だったと。
思わず指に嵌めたくなってしまうほどに。
ただ、その言葉は喉元で止めておいた。
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