表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
50/50

第44話 sideマリウス

 王立学園へ入学して、早くも二か月が過ぎた。


「王立学園を出たっちゅう経歴があれば、将来お前が商会を継ぐときにも箔がつく。それに、学園生活を通じて貴族とのつながりも作れるやろ」


 おとんにそう言われ、必死に勉強した日々が懐かしい。


 運良く試験に合格できたうえ、王女殿下や大公爵家の御子息をはじめ、上級貴族の子供達が何人も在籍する一年一組へ入れた。


 ここまでは、まさにおとんの思惑どおりやろう。


 さらに、何の奇跡か。


 わてはリリアーナ様やアルト君とも、親しくさせてもろうている。


 二人とも、わてが平民だからといって態度を変えたりはしない。


 むしろ最初から、ごく自然に一人のクラスメートとして接してくれた。


 貴族にも、こんな方々がおるんやな。


 そう感動したものだ。


 まあ、中にはカイル君みたいな、ちょっと変わった貴族もおるけど。


 悪い人やないんやけどな。


 ただ、少しばかり自分のことが好きすぎるだけで。


 そんなカイル君と勇者様の間で、先日、大きな騒動が起きた。


 広場での指導とは名ばかりの、一方的な暴力。


 アルト君が間に入らなければ、カイル君は左腕の骨折だけでは済まなかったかもしれない。


 あのとき。


 わては、その場から一歩も動けなかった。


 もちろん、わてに勇者様を止められるような力があるはずもない。


 剣も魔法も、人並み以下。


 商売のことなら多少は自信があるけれど、あんな場面では何の役にも立たない。


 それでも。


 同い年のカイル君が傷つけられた少年やクラスメート達のために立ち向かい、アルト君も迷わずその前へ出た。


 それなのに、わては何もできなかった。


 怖くて、ただ見ていることしかできなかった。


 そのことが、どうにも情けなくて仕方がなかった。


 ◇


 気分が沈んだまま迎えた週末。


 寮の部屋にいても落ち着かず、かといって何かをする気にもなれない。


 結局、わては目的もなく王都の街を歩き、気がつけば西部の噴水広場まで来ていた。


 広場の端へ腰を下ろし、ぼんやりと行き交う人々を眺める。


 このまま何もせず、一日が終わるんやろか。


 そんなことを考えていたときだった。


「なあ、もうそろそろ始まる頃だよな?」


「ああ! 早く行って、前の方で待ってようぜ!」


「ママ、早く早くー!」


「はいはい。そんなに慌てなくても、ちゃんと間に合うから」


 何人もの人達が、楽しそうに同じ方向へ歩いていく。


 大人も子供も、誰もがどこか浮き足立っていた。


 なんや、なんや?


 何かの催しでも始まるんやろか?


 気になって人の流れを目で追っていると、あっという間に広場の一角へ人だかりができた。


 その周囲では、何人かの大人達が人の流れを整理している。


 特に予定もない。


 少しくらい覗いてみてもええやろ。


 好奇心に引かれ、わても人だかりの後ろへ加わった。


 背伸びをして、人々の肩越しに中心を覗き込む。


 そこには――。


「お姫様や……」


 思わず、そんな言葉が口から漏れた。


 人だかりの向こう。


 広く空けられた場所に立っていたのは、煌びやかなドレスに身を包んだ、桃色の髪の女の子だった。


 白と桃色を基調に、水色を差し色として加えた可愛らしい衣装。


 年齢は、わてと同じくらいやろか。


 柔らかな桃色の髪が陽の光を受けて輝き、宝石のように澄んだ青い瞳が、集まった人達を嬉しそうに見渡している。


 なんや、あの娘。


 とびっきり可愛いやないか。


 女の子の前には、見慣れない黒い箱が二つ置かれていた。


 魔道具やろか?


 わてが首を傾げていると、女の子は黒い筒を口元へ近づけた。


「皆さーん! 今日も集まってくれて、ありがとうございます!」


 その瞬間。


 女の子の声が、広場全体へ大きく響き渡った。


 やっぱり魔道具なんやろか。


 それにしても――。


 あぁ、声までめっちゃ可愛らしいなぁ。


「待ってたよ、アリアちゃん!」


「アリアお姉ちゃーん!」


「アリアちゃーん!」


 人混みのあちらこちらから、一斉に歓声が上がる。


 なるほど。


 アリアちゃん言うんか。


「みんな、ありがとー!」


 アリアちゃんは満面の笑顔で、大きく手を振った。


「歌と踊りで、みんなに笑顔を届けたい!」


 胸の前で両手を組み、可愛らしく小首を傾げる。


「みんなのアイドル! アリアです!」


 最後に片目をつむり、右手で小さなハートを作った。


 その仕草に合わせて、観客達からさらに大きな歓声が巻き起こる。


「うおおおおー!」


「アリアちゃーん!」


「今日も可愛いぞー!」


 なんや、この盛り上がりは!?


 歌い手が名乗っただけやのに、まるで祭りのような騒ぎや。


「いつも来てくれている人も! 今日が初めての人も!」


 アリアちゃんが人差し指を立て、左右へ大きく振る。


「最後まで、いーっぱい楽しんでいってね!」


「うおおおおおー!」


 す、凄い熱気や。


 後ろの方にいるわての身体まで、歓声で震えるようだった。


「それでは、聴いてください!」


 アリアちゃんが元気よく拳を突き上げる。


「『ホップ・ステップ――』」


「「「ジャンピーング!!!」」」


 曲名の最後を、観客達が一斉に叫んだ。


 なんやそれ!?


 いつ練習したんや!?


 驚くわてを置き去りにして、黒い箱から軽快な音楽が流れ始める。


 それと同時に、アリアちゃんが弾むように駆け出した。


 広場を所狭しと飛び跳ねながら、歌い、踊る。


 大きく腕を振れば、観客達も同じように腕を振り。


 アリアちゃんが跳びはねれば、観客達も一斉に跳びはねる。


 子供達は楽しそうに笑い、大人達も周りを気にせず声を上げている。


 歌劇とは違う。


 吟遊詩人の演奏とも、まるで違う。


 おとんは「一流のものには、銭を払ってでも触れなあかん」と、わてを何度も歌劇場へ連れていってくれた。


 有名な吟遊詩人の演奏を聴かせてもらったこともある。


 どちらも素晴らしかった。


 歌や演奏を静かに聴き、その技に感心する。


 せやけど、これは違う。


 見る者と見られる者が分かれていない。


 アリアちゃんが楽しそうに歌えば、みんなも笑う。


 アリアちゃんが拳を上げれば、みんなも拳を上げる。


 ここにいる全員で、一つの楽しい時間を作り上げている。


 なんや、これは……!


 通りがかった人達も次々と足を止め、人だかりはどんどん大きくなっていった。


 けれど、不思議と窮屈には感じない。


 わても夢中になって歌へ聴き入り、気づけば音楽に合わせて身体を揺らしていた。


「みんなー! もっと声を聞かせてー!」


「アリアちゃーん!」


 周囲から大きな声が上がる。


 気づいたときには。


「アリアちゃーん!!」


 わても負けじと、声を張り上げていた。


 恥ずかしさなんて、どこかへ吹き飛んでいた。


 アリアちゃんがこちらを向いた。


 一瞬、目が合ったような気がする。


 そして、笑顔で大きく手を振ってくれた。


 い、今の。


 もしかして、わてに手を振ってくれたんか!?


 胸が大きく跳ねる。


 なんやこれ。


 めっちゃ嬉しいやないか!


 それから何曲歌ったのか。


 どれだけの時間が経ったのか。


 わてには、まったく分からなかった。


 ただ夢中で腕を振り、声を上げ、ときには周囲の人達と一緒に笑った。


 やがて最後の曲が終わり、広場中を大きな拍手が包み込む。


「みんなー! 今日は本当にありがとう!」


「アリアちゃーん!」


「今日も最高だったぞー!」


「もう一曲ー!」


 名残惜しそうな声へ、アリアちゃんは何度も手を振った。


「また来週、ここで会おうねー!」


「絶対来るよー!」


「アリアお姉ちゃん、またねー!」


「みんなー! またねー!」


 そうしてアリアちゃんは、付き人らしき二人の女性と共に広場から去っていった。


 気づけば、人の流れを整理していた男達の姿も消えている。


 広場に残ったのは、いまだ冷めきらない熱気と――。


「今日のアリアちゃんも最高だったな!」


「うんうん! 特に二曲目の、あそこでくるっと回るところ!」


「分かるー! あそこ、めちゃくちゃ可愛かったよな!」


「来週はもっと前で見ようぜ!」


 すぐには帰ろうとせず、口々に感想を語り合う人達だった。


 わては、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 胸の奥が熱い。


 頭の中には、アリアちゃんの歌と笑顔が何度も浮かんでくる。


 まるで夢から覚めたばかりのように、ぼんやりしていると。


「お兄ちゃん、今日が初めてかい?」


 隣にいた男の人から声をかけられた。


「えっ? あ、はい! 今日初めて見たんです」


「やっぱりな! 初めてだと衝撃が凄いだろ?」


「はい! なんや、気づいたらわても声を張り上げてましたわ」


「はははっ! 分かる、分かる! 俺も最初は後ろで見ているだけのつもりだったんだ。それが今じゃ、毎週この時間に合わせて仕事を切り上げてる」


「毎週?」


「ああ。アリアちゃんは、ここ一か月ちょっと、毎週末ここへ来て歌を披露してくれるんだ」


「ほんなら、来週も見られるんですね!」


 思わず身を乗り出すと、男の人が楽しそうに笑った。


「おっ。お兄ちゃんも、すっかりハマったみたいだな!」


「そ、そんなんやないですけど……」


 そう言いかけて。


 すぐに、来週のことを考えている自分に気づく。


 次は、もう少し前で見てみたい。


 今日とは違う歌も聴けるんやろか。


 また、こっちへ手を振ってくれるやろか。


「……たしかに、もう来週が待ち遠しいですわ」


「だろ? これから毎週末が楽しみになるぞ!」


 名前も知らない人と、アリアちゃんの話で笑い合う。


 それまで一度も会ったことがなかったのに、好きなものが同じというだけで、昔からの知り合いのように話せてしまう。


 これも、アリアちゃんの言っていた〝アイドル〟の力なんやろか。


 ふと気づけば。


 あれほど胸の中へ重く沈んでいたモヤモヤは、いつの間にか消えていた。


 何もできなかった自分が、急に強くなったわけではない。


 あの日の情けなさを、忘れたわけでもない。


 それでも今は、少しだけ顔を上げて歩ける気がした。


 楽しい時間を過ごして。


 大きな声を出して。


 知らない人達と一緒に笑って。


 ただそれだけのことなのに、不思議なものやな。


 寮へ戻る道を歩きながら、わては何度も今日の光景を思い返した。


 桃色の髪。


 眩しい笑顔。


 広場いっぱいに響いた歌声。


 そして、こちらへ向けて振ってくれた手。


「はぁ……アリアちゃん」


 自然と頬が緩んでしまう。


「来週の週末が、今から楽しみやで!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ