表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
39/50

第33話 学園編 王立学園入学

アルトが十歳になった春。


ついに、その日がやってきた。


王立学園への入学の日だ。


王立学園。


アストリア王国最高峰の教育機関であり、王国中の貴族の子供達が十歳になると通い始める学び舎。


平民であっても、厳しい入学試験を突破すれば通うことができる。


身分にかかわらず、等しく学ぶ機会が与えられる場所。


……というのが、王立学園の建前だ。


実際には、貴族と平民の間にある身分の差まで消えるわけではない。


全寮制ではあるものの、与えられる部屋の広さや設備は家格によって異なり、貴族であれば二、三人ほどの使用人を連れて入寮することも認められている。


平等なのは、あくまで学ぶ権利。


その先にある生活まで同じというわけではないらしい。


その辺りは、やはり貴族社会ということなのだろう。


そして、ルミナス大公爵家の嫡男である俺も。


二人のメイドと共に、今日から王立学園の寮へ入ることになっていた。



屋敷の玄関前。


荷物を積み終えた馬車が、出発の時を待っている。


父様と母様。


メイド長のリズ。


そして屋敷で働く使用人達が、俺を見送るために集まってくれていた。


新しい生活への期待で胸が高鳴る。


……はずだったのだが。


「うぅぅぅ……。」


「アルトちゃぁぁぁん……!」


目の前では、母様が朝から大号泣していた。


「母様。」


「そんなに泣かないでください。」


「週末になれば帰って来られますから。」


王都までは馬車で二時間ほど。


決して気軽な距離ではないが、週末に帰省することは十分可能だ。


しかし、母様の涙は止まらない。


「でもぉ……。」


「今日から毎日、アルトちゃんの顔を見られないのよぉ……。」


「朝も一緒に食事ができないし……。」


「おやすみなさいも言えないし……。」


「うぅぅ……寂しいわぁ……。」


母様は俺の身体をぎゅっと抱き締める。


苦しい。


ちょっとだけ苦しい。


けれど。


それだけ俺との別れを寂しがってくれているのだと思うと、嫌な気持ちはしなかった。


「母様。」


「僕も寂しいです。」


「でも、学園でしっかり勉強してきますから。」


「うぅ……。」


母様は涙に濡れた顔を上げる。


「本当に、毎週帰ってきてくれる?」


「できる限りは。」


「絶対よ?」


「約束です。」


俺が笑いかけると、母様はようやく少しだけ表情を和らげた。


「セレスティア。」


父様が母様の肩へそっと手を置く。


「アルトも困っている。」


「分かっているわ。」


「分かっているのだけれど……。」


母様は名残惜しそうに、もう一度俺を抱き締めた。


「アルトちゃん。」


「身体には気を付けるのよ。」


「食事はきちんと取って。」


「夜更かしも駄目。」


「無理な魔法の練習も禁止よ。」


「はい、母様。」


「それから――」


「セレスティア。」


父様が苦笑しながら止める。


このままでは、日が暮れるまで出発できそうにない。


母様を宥めた父様は、改めて俺へ向き直った。


「アルト。」


「はい、父様。」


「王立学園には、王国中から多くの者が集まる。」


「剣や魔法だけではない。」


「礼儀や学問。」


「そして、人との関わり方も学んでくるといい。」


父様は俺の肩へ手を置いた。


「困ったことがあれば、一人で抱え込むな。」


「お前には家族がいる。」


「離れていても、それは変わらん。」


「……はい。」


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


「しっかり学んできます。」


「もちろん、楽しむことも忘れるな。」


父様は穏やかに笑った。


「行ってこい、アルト。」


「はい!」


「行ってまいります、父様!」



少し離れた場所では、リズが二人のメイドを前に立たせていた。


「エマ。」


「リナ。」


「はい。」


「はいっ!」


名前を呼ばれた二人が、揃って背筋を伸ばす。


エマは十八歳。


リズの右腕とも呼ばれるほど優秀なメイドで、何事にも冷静に対応する万能型。


屋敷内でも厚い信頼を得ており、今回の同行者として真っ先にリズから推薦された人物だ。


リナは十六歳。


明るく人懐っこい性格で、屋敷の雰囲気をいつも盛り上げているムードメーカー。


そして、ライブとなれば誰よりも大きな声で熱狂する古参ファンでもある。


今回の同行も。


『坊ちゃまと一緒に王都へ行きたいです!』


と、誰よりも熱く立候補したらしい。


リズは二人を真っ直ぐに見つめた。


「今日から貴女達には、王立学園でアルト坊ちゃまのお側に仕えていただきます。」


「坊ちゃまは大変優秀なお方です。」


「ですが、剣術や魔法……特にライブのこととなると、周囲が見えなくなることがあります。」


「生活面では、貴女達がしっかりお支えしてください。」


「お任せください。」


エマが落ち着いた声で答え、深く一礼する。


「アルト坊ちゃまが学園生活に集中できるよう、誠心誠意お仕えいたします。」


「私も頑張ります!」


リナも勢いよく胸へ手を当てた。


「坊ちゃまのお世話も!」


「ライブのお手伝いも!」


「王都で美味しいお菓子を探すのも!」


「全部お任せください!」


「最後のものは、お仕事ではありませんよ。」


エマが冷静に指摘する。


「えへへ。」


「でも、坊ちゃまも甘い物がお好きでしょう?」


「それは否定できないけど……。」


俺が苦笑すると、リズが小さく息を吐いた。


「リナ。」


「浮かれる気持ちは分かりますが、王立学園は遊びに行く場所ではありません。」


「はい!」


「気を引き締めます!」


返事だけは完璧だった。


リズは少しだけ不安そうにリナを見つめた後、改めて二人へ告げる。


「くれぐれも。」


「アルト坊ちゃまのことを、よろしくお願いいたします。」


その声には、メイド長としての厳しさと。


俺が生まれた頃から見守ってくれたリズ自身の心配が滲んでいた。


「はい。」


「お任せください!」


二人が力強く答える。


俺も三人へ笑いかけた。


「エマ。」


「リナ。」


「これからよろしくね。」


「はい、アルト坊ちゃま。」


「よろしくお願いします、坊ちゃま!」



いよいよ出発の時が来た。


俺は馬車へ乗り込み、窓から屋敷の方を振り返る。


父様。


母様。


リズ。


そして、使用人のみんな。


長い間暮らしてきた屋敷の人達が、揃って手を振ってくれている。


「行ってきます!」


「行ってらっしゃい、アルト!」


「アルトちゃぁぁぁん!」


「毎週帰ってくるのよぉぉぉ!」


「行ってらっしゃいませ、アルト坊ちゃま!」


母様の泣き声と。


みんなの温かな声に見送られながら。


馬車はゆっくりと屋敷を離れていった。



王都までの道のりは、およそ二時間。


馬車の窓から流れていく景色を眺めながら、俺はこれから始まる生活へ思いを馳せる。


王立学園。


これまでリリィに会うため、王都には何度も足を運んできた。


その途中で、学園の前を通ったことも一度や二度ではない。


高い外壁。


歴史を感じさせる石造りの校舎。


遠くからでも目に入る大きな時計塔。


前を通るたびに。


いつか自分もここへ通うのだと思っていた。


そして。


その日が、とうとうやってきたのだ。


(いよいよ学園生活か。)


前世でも学生生活は経験している。


けれど、あの頃はアイドルに出会うよりもずっと前。


特別な夢もなく。


何となく授業を受け。


何となく友人と過ごし。


気付けば卒業していた。


今思えば。


もっと色々なことを楽しんでおけばよかったと思う。


でも。


今世では違う。


剣術もある。


魔法もある。


リリィもいる。


そして。


世界初のアイドルを目指すという夢もある。


自然と胸が高鳴っていた。



やがて馬車が王都へ入り。


しばらく進んだ先に、王立学園の正門が見えてきた。


「うわぁ……。」


近付くにつれて、その大きさがはっきりと分かる。


何度も外から見てきたはずなのに。


実際に今日から通う場所だと思うと、今までとはまるで違って見えた。


「やっぱり大きいな……。」


広大な敷地。


立派な正門。


その奥に並ぶ、複数の校舎や寮。


整備された庭園。


剣術や魔法の訓練に使うと思われる広い演習場まで見える。


王国最高峰の教育機関。


そう呼ばれるのも納得だった。


「少し早めに出発して正解でしたね。」


向かいに座るエマが窓の外を確認する。


俺達が到着した直後。


一台。


また一台と。


家紋を掲げた豪華な馬車が、次々と正門前へ集まり始めた。


馬車から降りてくる、緊張した面持ちの子供達。


大勢の使用人を連れた高位貴族。


家族と別れを惜しむ者。


新しい生活への期待から、目を輝かせる者。


少し離れた場所には、家族と共に徒歩で訪れた平民らしい子供達の姿もあった。


立場も。


育った環境も。


きっと全く違う。


それでも。


ここにいる子供達は全員。


今日から同じ王立学園の新入生なのだ。


(みんな、緊張してるんだな。)


そう思うと。


俺の緊張も少しだけ和らいだ。


「アルト坊ちゃま。」


馬車を降りたところで、エマが書類を手に取る。


「私が入寮手続きを済ませてまいります。」


「お願い。」


「かしこまりました。」


エマは一礼すると、迷いのない足取りで受付へ向かっていく。


「坊ちゃま!」


一方のリナは、荷台から大きな鞄を二つ同時に抱え上げた。


「お荷物は私にお任せください!」


「それ、重くない?」


「全然平気です!」


「ライブで鍛えていますから!」


「ライブで荷物を持ち上げる場面、あったかな……。」


「気合いです!」


満面の笑みで言い切られてしまった。


何とも頼もしい。



入寮手続きを終えた後。


学園の職員に案内され、俺達は貴族用の学生寮へ向かった。


同じ敷地内にある建物だが。


平民用の寮や下級貴族用の寮とは、建物の造りからして違うらしい。


さらに同じ貴族用の寮でも、家格によって階層や部屋の広さが分けられている。


身分を問わず学べるとはいっても。


やはり、完全な平等というわけにはいかないようだ。


「こちらが、アルト・フォン・ルミナス様のお部屋になります。」


案内された扉を開ける。


そして。


俺は思わず足を止めた。


「……広い。」


学生寮。


そう聞いて想像していたものとは、随分違う。


前世の感覚で言えば。


寮というより、高級ホテルの一室だ。


大きな寝台。


勉強用の机と椅子。


本棚。


衣装棚。


来客を迎えるための応接用テーブルまで備えられている。


窓も大きく、春の日差しが部屋の中へ明るく差し込んでいた。


さらに。


主室の奥には、三つの扉が並んでいる。


一つは洗面や入浴に使う部屋。


残る二つは。


「こちらは、同行される使用人の方々の私室となっております。」


職員が説明しながら扉を開く。


それぞれに寝台と机。


小さな衣装棚も用意されている。


決して豪華ではないが、一人で生活するには十分な広さだ。


「エマとリナの部屋もあるんだ。」


「はい。」


「こちらで二十四時間、主人の身の回りをお世話できる造りとなっております。」


なるほど。


大公爵家の嫡男ともなると、この辺りの待遇も別格らしい。


「すごいですね!」


リナが自分の部屋を覗き込み、目を輝かせる。


「これなら坊ちゃまが夜中にライブをしたくなっても、すぐに駆け付けられます!」


「夜中にライブはしないよ。」


「してはいけません。」


俺とエマの声が重なった。


リナは少しだけ頬を膨らませる。


「冗談です。」


「半分くらいは。」


「半分は本気だったんだ……。」



職員が退室すると。


エマとリナは、早速荷解きを始めた。


エマは持参した荷物を一つずつ確認しながら、必要な物を適切な場所へ収めていく。


本棚には教本。


机には筆記用具。


衣装棚には制服や普段着。


無駄のない、見事な仕事ぶりだ。


一方のリナも、明るい性格に反して仕事は手際が良い。


衣類を素早く整え。


寝台を確認し。


持参した茶器や菓子まで、きちんと棚へ並べていく。


「リナ。」


「お菓子が少し多くありませんか?」


「成長期の坊ちゃまには、糖分が必要です!」


「持ってきた物の大半が、リナの好物に見えますが。」


「偶然です!」


二人のやり取りを眺めているうちに。


先ほどまで何もなかった部屋が、あっという間に生活できる空間へ変わっていった。


(さすがプロだな……。)


俺が手伝おうとしても。


『坊ちゃまはお休みください』


と二人に止められてしまったため。


仕方なく、窓辺へ移動する。


窓を開けると。


春の心地よい風が部屋の中へ吹き込んできた。


眼下には、広い中庭が見える。


新入生らしい子供達が、期待と不安の入り混じった顔で歩いている。


その向こうには。


これから通う校舎。


訓練場。


図書館。


まだ足を踏み入れていない場所が、いくつも広がっていた。


(今日から、ここで暮らすんだ。)


王立学園での新しい日々。


剣術。


魔法。


学問。


新しい友人。


そして。


王都でのアイドル活動。


忙しい毎日になるのは、間違いない。


それでも。


前世から数えれば。


これが、二度目の学生生活だ。


前世では何となく過ぎてしまった時間。


今度こそ。


勉強も。


友達も。


青春も。


全部、思いっきり楽しもう。


俺は窓から広がる学園を見渡し。


自然と笑みを浮かべた。


「よし。」


「頑張るぞ!」


明日は、入学式。


いよいよ。


俺の王立学園での生活が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ