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小説なんて、消えてなくなれ  作者: 綾高 礼
第五章「本当の小説」

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5-6「再会」


 騰波ノの目尻から頬にかけて、薄っすらと涙跡が見える。空緒は、そっと手の甲で優しく拭ってあげた。


「う……ん?」


 ゆっくりと瞼を開いた騰波ノは、幾度か瞬きをする。驚いた空緒は、咄嗟に手を放して、原稿用紙の束を突きつけた。


「これを書いたのは貴方なのよね!?」

「は? ちょっと待って、えぇっと……どうして、ここに……ていうかなんで泣いて」

「いいから答えなさいっ!」


 目を充血させた空緒は、今にも怒り出しそうだった。


「書いたけど」

「そう、ごめんなさい。変に声を荒げたりして」


 背中を丸くした空緒は深い溜息をついて鼻を啜った。


「いいよ。それに謝るのは俺の」


 騰波ノは、上半身を起こして空緒の頬に指を触れた。


「え」


 混乱する空緒を宥めるように見つめた騰波ノ。


「私のほうだから。飛華」


 空緒の目尻には大粒の涙が浮き上がる。何とか堪らえようと震えるように小さく口を開いた。


「やっぱり、鳴なのよね。あの波木鳴なのよね?」

「違うよ。今は騰波ノ鳴。空緒飛華の親友」


 空緒は堪えきれず、大粒の涙をぼろぼろと零した。


「全部思い出した。どうして私がここにいて、そして小説を書いているのか。それにどうして私じゃなかったのか」

「どういうことなの」

「水、水が欲しい。死にそう」


 空緒は冷蔵庫を勝手に開け、ペットボトルの水を騰波ノに手渡す。

 騰波ノは、この世で一番美味しい飲み物を味わっているような飲みっぷりだった。


「ぷはぁ、生き返った! 死ぬかと思った」


 やがて騰波ノは、ゆっくりと空緒に話し始めた。記憶を失ってからの今までを。親が子に絵本を読み聞かすようにゆったりと愛情を声音にのせて。

 空緒は大人しく黙って聞いていた。


「心配かけてごめんね。だからえっと……久しぶりって言うのが正しいのかな。ま、何でもいいや。久しぶり。今思い返せばずっと私の為に頑張ってくれてたんだね……ありがとう飛華」


 喉を震わせたか細い声で空緒は聞いた。


「……じゃあ本当に? 本当に貴方なのよね? 今の貴方は鳴なのよね?」


 騰波ノは軽く笑って「そうだよ」と空緒の頭を撫でた。

 空緒は我慢出来なくなって、勢いよく騰波ノに抱きついた。騰波ノの胸に顔を埋めて、子供のように肩を弱く叩いた。


「私が、どれだけ心配したと思っているの。最初は貴方に似た人が同じクラスにいて、名字は違うけど名前は鳴だから気にはなった。でも制服も男だし、髪もすごく短いからただの別人だと思った。それに言葉遣いも、性格も趣味嗜好も、作風も私が知っている鳴とは全て違った。でもやっぱり会ってすぐにわかった。だって鳴は鳴だもの……だから何か事情があると思って。でも貴方は私に何も言ってくれないから……泣きそうになって……毎日怖くなって……私、私書けなくなって……それに……鳴に嫌われちゃったかもって」

「そんなわけないっていうのは……無責任だよね。けどいわせて。私が飛華を嫌いになることなんて絶対にないよ」

「いまさら信用できない……私がどれだけ、どれだけ……」

「ごめんね」


 騰波ノは何度も空緒の頭を撫でる。


「あ、でも私を創作室で投げた時、飛華絶対本気で怒ってたよね」

「……あれは、鳴が悪いから」

「いやぁ、あれは痛かった。あの豪快な一本背負い」

「悪かったてば」

「実は今も少し痛いんだよねぇ」


 そういって騰波ノは、ワザとらしく腰辺りをさすった。


「あまりいじわるしないで……」空緒は騰波ノの胸に頭を強く押し付けた。


「……変わらないね、飛華」

「馬鹿」


 少しの間、二人は何も喋らなかった。騰波ノは空緒の黒髪を優しく撫でながら窓から見える青空をぼんやりと眺めていた。


 ☆


「どうしてお母さんは、この学院に鳴を入学させたの?」

「なんでだろうね。私に現実を教えてやりたかったとか? それか、おじさんとの生活において私が邪魔だったのか、若しくは私の記憶が戻った時に殺されると思ったからとか?」

「殺されるって」

「それよりも私を救い出してくれてありがとう。お陰で飛華を思い出すことができた」

「もう七月よ」

「そうだね」と軽く頷く騰波ノ。


「私が大賞とって、飛華が『百合カモメ』で佳作。あと確か、あの館山さんが優秀賞だったよね。やっと思い出したよ」


 頬を赤らめた空緒は、もたれかかっていた騰波ノの胸から起き上がり、目元を擦りながら聞いた。


「一つ聞かせて。鳴はどうしてこの作品を書いたの?」

「うーん、どうしてだろうね」


 騰波ノは笑っていた。それは以前の彼であった時の、照れくさそうな笑い方に似ていた。


「詳しいことは自分でもわからない。でもあったから」

「あった?」


 一度深く頷いた騰波ノは、以前の彼には無かった凛々しい表情でこう言った。


「ただ、最初から物語があったんだ」

「……それだけ?」

「そう、それだけ。いつか忘れたけどさ、私って昔から物語の声とかたまに聞こえるんだよねって話し、したよね?」

「してない。いま初めて聞いた」

「あれ、してなかった? まいいや。正確にはいつから聞こえるとかはよく覚えていないんだけど、気づけば物語の声とか文章に色とか見えるようになってたんだよね私」


 空緒は驚きのあまり、大きく目を見開いて、照れくさそうに笑う騰波ノを凝視していた。


「どうしたの、飛華?」

「貴方が……」と続きの言葉を咄嗟に喉元に押し込めた空緒は、とある会話を思い出していた。


「どうしたの飛華? ロボットみたいに固まってるけど? もしもーし、飛華? うん? おーい」

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