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小説なんて、消えてなくなれ  作者: 綾高 礼
第五章「本当の小説」

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5-4「文体領域」


『刹那』――キーボードを叩く音が鳴る。


 同時に鍵盤を高速で叩く超絶技巧が色彩を奏でる。金属と宝石が触れ合うように絡み合い一つのメロディーを紡ぐ。

 噓みたいに言葉が降ってくる。声も色も音も。記憶をなくしていた時とは何もかもが違う。文体も、呼吸も全て。

 これも数多の小説家と亡き父が全部教えてくれた。失敗も成功も。喜びも悲しみも。知っていたんだ。何も悩むことなんかない。いつだって物語はそこにあるのだから。


 ――あぁ、そうそう、これ、これだ、この感じ。懐かしいなぁ。


 鼻歌交じりに指が動く。騰波ノは入学して以来、創作で初めて高揚していた。

 華奢な肩がゆっくりと左右に揺れている。


 ☆


 そうして何度ループしたか分からない第二楽章がはじまったとき。

 耳をつんざくような雷が近くで落ちた。


「え」


 全て真っ黒になった。電気も、そして――PCも。

 一瞬頭が真っ白になった。


「…………」


 充電器に繋ぎっぱなしにしていた携帯だけが光り、場違いよろしく美しく澄んだピアノの音を奏でていた。


「停電」


 ふと両方が言っていた言葉を思い出した。


「灰色の脳細胞を働かせろ……か」


 今ならその意味も分かる。


「個人的にはポアロも好きだけど私はホームズの方が好きかなぁ……そうか!」


 携帯の光源を上手く利用して、引き出しから蠟燭とマッチを取り出した。

 マッチを擦る。棒先が茶色の壁を通過し火花を散らし、静まる。再度、通過。二度の試みで火が生まれた。点火した火を蠟燭に灯す。

 橙色の灯火は暗闇で生きる小さな命のようだ。


「あとは……」


 引き出しから万年筆を取り出す。行書体の金文字で「文豪・両方姫」と施されていた。

 次に書道の講義で余った大量の原稿用紙を引っ張り出して、キーボードとマウスを払いのけた。


「役に立たないと思っていたものが役に立つなんて……」と独りごちながら騰波ノの口元はどこか嬉しそうだった。

 かかった髪を耳にかける。筆を握る。そっと用紙を添えて静かに書き始めた。

 白紙だった原稿用紙のマスが黒で埋め尽くされていく。


 ☆


 暖色に染められた部屋。迷いのない筆音。口ずさむ声には郷愁の念があった。


「懐かしいなあ。小学生くらいの時だっけ、文豪たちのマネしてお小遣いで原稿用紙買って……紙を丸めて、煙草作って、そうそう……」


 思い出すように笑う騰波ノの筆も加速する。第三楽章のテンポも加速する。

 途中からでもしっかりと頁番号を振っていくことも忘れない。

 こういう几帳面な所は、以前にあった癖だった。


 ――戻ってきた。私が。


「でも」


 騰波ノは感じていた。


「この物語は昔の私ではきっと書けないな」


 もう一人の自分と人生を共有したからこそ新たに生まれた物語。

 騰波ノは無意識に笑っていた。手は自然に超絶技巧さながら踊り狂う。

 そうして幾ばくの時が経った頃、携帯の充電が切れた。

 音楽は鳴り止んだ。停電はもう何時間も回復していない。がたがたと窓が震え、ばたばたと風に吹かれた雨粒が強く叩きつけられた音を打ち鳴らす。

 騰波ノは一度、手を止めて目を瞑った。ぶつぶつと呪詛のよう口元を動かす。


「まだだ。もっと、落ちろ。深くまで、落ちろ。落とせ。深く、潜れ……」


 静寂。

 意識は、海底。ゆったりと流れに身を任せる。全方位の感覚を吸収。

 暫くしてから小指を両膝の上で鍵盤を叩くように動かす。

 足がポンッと軽く反動を繰り返す。

 肩がゆっくりと草原のよう揺れる。

 心に、語りける。


 ――聞かせて、声を。

 ――教えて、物語を。

 ――見せて、人生を。


 『天耳通』――暗い海底に、一閃の、命の霞みのような光が届いた。


「フッ、フフッ……そっか……そう、そう……そっか。プッハハハハハハハ!」


 目を開く。筆を握る。

 文字を言葉に変える。言霊を残す。

 今の騰波ノには何も要らなかった。

 筆は怒涛の勢いをもって走りだす。

 文字、言葉、意味、風景、科白、命を創り出す筆先が、優雅に原稿用紙の上を滑り踊る。ペン先が跳ねる。

 もう、物語しか見えなかった。騰波ノの瞳は、音も時も色も全てが一度色褪せ、物語色に染められてしまっていたのだ。


「ここは緑、緩やかな流れ……静かな波のように……穏やかに……ここは灰色、月を映しだすように……優しく……撫でるように……そっとまろやかに……ここは白……こう……そう……一気に赤で染めて……怒り怒り……激しく引き寄せて……このシーンは青の侘しさを混ぜて……今だ黒、突き放せ」


 時に指揮者のよう手を振り、時に歌を唄うように肩を揺らし、時にうきうきと散歩のように足を揺らし、時に小鳥の囀りのように口を尖らせながら執筆をする。


「次のタイミングで紫。この歪さで……強烈に引き戻す……そして変化の黄色……ぽたぽたこぼして……」


 不気味に笑ったかと思うと次の間には怒っている。


「あ、へぇそういうこと……緑からの……灰色のイメージか……」


 騰波ノの瞳には自然と涙が溢れ出していた。


「もっと……低く……低く……海面すれすれまで……で急上昇……して……高く……天まで昇るように高く……よし、ここで落ちろ! 一気に急降下だ」


 濁りのない美しい雫だった。


「最後は壺に毒を一滴垂らすように、妖精を……そっと抱きしめるように……」


 そうして長い、長い夜は更けて嵐が過ぎ去ろうとしていた。


 ☆


「出来た」


 騰波ノはゆっくりと椅子から立ち上がる。首をぽきぽきと鳴らして伸びをする。窓からは朝日が立ち昇ろうとしていた。

 気が抜けたのか身体の怠気が急激に襲い掛かかってくる。


「やっと晴れたのか……もしかしてもう朝なの……今……何日」


 鍵を外して窓を空ける。ぶわっと強い向かい風が部屋に吹き抜けた。


「うわっ」


 原稿用紙が部屋の中で盛大に吹き荒れる。上手く脚に力が入らない騰波ノは背中から盛大に倒れこんだ。


「いったぁ」


 痛みをこらえながらも、そのまま大の字になって眼を瞑る。


「けど」


 今は凝り固まった身体が伸びていく気持ち良さの方が勝っていた。


「きもちぃ、ねみぃ」


 そしてあることを決意しながら、意識も自然に落ちていった。

 子供のような無邪気な寝顔だった。

 

 ☆


 小部屋に乙女 一人きり

 紙が舞い散る 一人きり

 風が踊るよ 一人きり


 頬が さらさら

 髪が ゆらゆら 

 鼻が すぅすぅ 

 口が すやすや 


 未だ乙女はゆめのなか


 たのしいゆめ

 おかしなゆめ

 ふしぎなゆめ

 ゆかいなゆめ


 みんな仲よく……ラララララ


 小部屋に乙女 一人きり

 紙が舞い散る 一人きり

 風が踊るよ 一人きり

 そして最後は 一人きり

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