ある日の貴族学園生徒会役員達の、朝起きてから夜眠るまで(3)
オディロンの朝は早い。
「起きなされ、殿下! 起きなされ!」
じいに叩き起こされるからだ。
長年――というかオディロンが生まれてからずっと――専属の執事を務める老爺なのだが、それゆえにオディロンにも遠慮がない。
親である国王、女王はその役職ゆえに多忙であり、物心ついてからは月に二度会えれば多い方……、という関係だったため、親代わりと呼んで差し支えない。
……なので、学園都市に来る際、侍従に指定しなかった。親の目から離れたいという、青少年らしい理由で。当然、聞き入れられなかったが。
そのじいが、カーテンを開け、容赦なく毛布をはぎ取り、オディロンの顔面に朝日を浴びせてくる。
「稽古の時間ですぞ! さあ、起きなされ!」
「……いいんじゃないかな、別に、剣術の稽古なんて……」
もそもそと蓑虫のように手足を丸める。
「そうはいきますまい。武術に秀でた兄殿下のように、とまでは申しませんが、せめて細剣くらいは使えませんと、王家の男児として示しがつきますまい」
「でも二番目の兄さんは俺より剣が下手じゃないか……」
「そちらの兄殿下は弁が立ち、数理の才があり、芸術にも通じております。が、オディロン殿下には文武どちらの才もございません。他人の心を見抜き動かす才……政治力についても、お二人の姉殿下には遠く及びませんし」
「はっきり言うなぁ、じいは」
「侍従であるからこそ、はっきり言わねばなりません。しかし、どちらもないからこそ、どちらもほどほどにこなし――」
「――出来ぬ者の気持ちがわかる王になれる、でしょ? 耳にタコができるくらい聞いたよ、それ」
オディロンは目をつむったまま嘆息した。
「俺は王になんかならないし、なれないよ。優秀な兄弟が上に四人もいるんだぞ? じゃあ、がんばる必要なんかないよ……」
「はっはっは! ならば、全て取られてしまうでしょうな。そも、貴族の起源は、暴力と知略を尽くした末に、権威を得ただけの蛮族。王族はその親玉、つまり一番の蛮族なのです」
「たまにとんでもないこと言うよな、じいは……」
「事実です。その中で、殿下は奪うことを良しとしない。それはすばらしいことですとも。ですが、守る力を持たないと、奪われますぞ。地位も名誉も……人も。それが優秀な部下であれ、親しい女性であれ、根こそぎ」
オディロンは上体を起こして、すまし顔のじいを軽く睨みつけた。
「おはよう、じい」
「おはようございます、殿下。で、今日の稽古はどうなさいますかな」
「……やる」
オディロンはベッドから抜け出して、壁にかけた振り子時計を見る。上物だが、落ち着いたデザインのもの。人前ではきらびやかなものを身につけるオディロンだが、寝室の調度はすべて、質素で堅実なデザインのもので揃えていた。
オディロンの着替えを手伝いながら、じいは思う。
無意識の好みで、本人が気づいているかどうかはわからないが――。
人前では着飾った方が落ち着くが、寝室には持ち込まない……、というオディロンの性質は、この美しい王子のことを端的に示していると。
オディロンにとって、美しさは身を守る武器なのだ。
敵のいない寝室に持ち込む必要はない。
齢十六にしてこのひねくれよう。まったく、おいたわしいことである。
「ま、だからといって、甘くはなりませんがの」
「……じい? いま、何か言ったか?」
「いえ、何も」
●
時刻は六時半。
オディロンは屋敷の庭に出た。
本校舎の時計塔、その裏側がよく見える。
貴族学園と学園都市は、シエール王家が主体となって運営している。
学園の敷地、中庭の一角を塀で囲い、王家のための屋敷を建ててあり、オディロンはそこに住んでいた。
少々古い建物ではあるが、賓客をもてなすこともあるため、相応に立派な造りであり、庭も広い。
つまり、貴族学園の庭の中にある屋敷の中にある庭で、オディロンは木製の細剣を構えた。対面には剣術師範でもあるじいが立っている。
「お手柔らかに頼むよ、じい」
「私はいつも優しいでしょうに」
そして、十五分のうちに六度、木製の細剣を弾き飛ばされ、喉元に切っ先を突きつけられた。
全然優しくない。
剣術稽古でかいた汗を流して身支度を整え、たっぷりの生野菜にゆで卵、白パンと新鮮なバターという、王族らしい豪勢な朝食も終えたら、通学の時間だ。
オディロンは学園本校舎へと向かう。馬車も用意されているが、この距離で馬車というのも馬鹿らしくて、いつも歩いている。
すれ違う学園付きのメイドや衛兵が、うやうやしく頭を下げてくるので、軽く手を振って微笑み、「おはよう」と声をかけておく。
メイドでも衛兵でも、丁寧に接するのがオディロンの流儀だ。
……なんせ、彼らは貴族学園に雇われる労働者だ。
オディロンは雇用主の代表格としてみられている。めったなことをすれば、すぐに不平不満が爆発し、貴族学園の運営に支障を来すだろう。
ただでさえ、生徒会役員を揃えていないという、運営上の大問題を抱えているのである。これ以上の問題は避けたい。……役員を任命していないのはオディロンなので、自業自得だが。
また、貴族学園の運営費用は、シエール王家の持ち出しよりも、貴族子女の入学金や、貴族や商人たちからの多額の寄付金に頼る部分が、はるかに大きい。運営費用も、それで雇う人々も、貴重だ。無駄にはできない。
シエール王家ならば、市中のもっと豪華な屋敷に住むこともできるが――事実、双子の姉姫達はそうしていたが――オディロンは、学園内の屋敷を選んだ。
節約は、できるだけしておいたほうがいい。……あと、朝ゆっくりできるし。
のんびり歩いて本校舎に辿り着く。
懐中時計で時間を確認すると、時刻は八時半。授業の開始まであと三十分はある。まっすぐ生徒会へ向かって、鍵を取り出すそぶりもなく、ドアノブをひねる。
開いた。つまり、今日も朝から仕事をしているらしい。
オディロンは、にっこりと笑った。
「おはよう、ミネット! どうだい、調子は」
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