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平民の身分ながら、ひねくれ者の第三王子様により生徒会の書記に任じられましたので、学園都市の謎を解いております。【貴族学園の不文律】  作者: ヤマモトユウ


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20/25

ある日の貴族学園生徒会役員達の、朝起きてから夜眠るまで(1)


 朝、自然と目が覚める。

 ミネットは少しまぶしそうにまぶたを上げて、上体を起こした。

 室内は薄暗く、狭い。


「……おはようございます」


 寝ぼけ眼で、自分自身に朝の挨拶をする。挨拶は大事だ。

 養父にそう躾けられている。

 ベッドからもそもそと抜け出してカーテンを開け、陽の光を部屋に招く。


 部屋は小さなワンルーム。

 学園都市にあるベーカリーの、二階に下宿している。

 あまり物を持たない主義……、というか、単に貧乏というか。

 ベッドの他には、小さな椅子と机とキャビネットが一つずつ。壁のフックに制服をかけてある。それ以外は、何も置いていない。


 椅子に座り、長い髪をブラシでとかす。

 上質な猪毛のブラシが、なめらかに髪を整えてくれる。


「む……」


 と、ミネットは少し不満そうに、ブラシを眺めた。

 いいものだ。使い心地が素晴らしい。

 だが……、オディロンに「使わないから」と押し付けられた品なのである。


 背面に施された細工や、柄にはめ込まれた象牙などから見るに、相当な高級品。

 好奇心に負けて、一度使ってみたのがまずかった。もう、他のブラシだと満足できないかもしれない。

 あまり高価なものを持ちたくないというのに。


 壁にかけた制服に着替え、生徒会役員の証であるマントを羽織り、廊下に出る。

 このベーカリーに下宿している貴族学園の生徒は、ほかにもうひとりいる。だが、対面の部屋は静かなものである。まだ寝ているのだろう。


 ミネットは半目で部屋の前を通り過ぎつつ、また寝坊しないとよいのですが、と内心で思う。

 地方の豪農の娘だ。早朝に起きて田畑に出る生活から一転、先進都市である学園都市での生活を始めてから、朝、起きられなくなったらしい。


 階下に降りると、カウンターで番をしているベーカリーの夫人が「おはよう」と微笑み、壁掛けの時計を見上げた。


「今日も時間ぴったり。ミネットちゃんは時計いらずねぇ」


 と、快活に笑う。

 壁掛けの振り子時計は、朝七時を指している。

 ミネットは首を横に振った。


「いえ、時計いらずというほどでは。懐中時計があれば、いろいろと便利だろうと思っておりますが……」

「懐中時計! とんでもなく高価だものねぇ、うちの壁掛けも高かったけれど、その百倍くらいするんじゃないの?」


 そう。時計類は、とにかく高いのだ。

 特に職人が手作りする懐中時計は、ミネットに手が出せる代物ではない。


「でも、ミネットちゃんみたいに可愛い子なら、お貴族の坊ちゃんから贈られたりするんじゃないの?」

「高価なものをおいそれと受け取るわけには参りません。なんせ――」


 ミネットは羽織ったマントの胸元を示す。

 学園の校章を模した精巧なブローチがあしらわれている。


「――生徒会役員の立場で受け取れば、賄賂と思われかねませんので」

「真面目ねぇ。あたしだったら、なんでもかんでも貰っちゃうけど」


 そのとき、カウンターの奥、キッチンのほうから、のっそりと髭面の中年男性が現れた。このベーカリーの店主である。


「お前の頭じゃ、そもそも生徒会どころか貴族学園にも入れやしねえよ。……嬢ちゃん、これ」


 と、ぶっきらぼうに、布の包みをカウンターの上に置く。

 布の中身は、小さな木製の籠だ。

 いつも通りなら、ライムギのパンでキュウリとトマトとチーズとハムを包んだサンドイッチが入っているはずである。

 ミネットは包みをカバンの中にしまい込み、丁寧に頭を下げた。


「いつもありがとうございます。では、行ってまいります」

「はい、いってらっしゃい」

「気ぃつけてな」


 木製のドアを押し開け、ベルをからんからん(・・・・・・)と鳴らして、ミネットは出て行った。

 ベーカリーの夫人は、頬に手を当てた。


「朝くらい、ゆっくり食べればいいのに」

「忙しいんだろ、俺達と違って」

「私達は毎日暇だものねぇ。大丈夫かしら、この店。やっぱり、店主が髭もじゃなのが悪いのかしら。あなたそれ、そろそろ剃りなさいよ」

「いやぁ、カウンターに小うるさいのがいるからじゃねぇかなぁ」


 夫人は店主の尻に平手を放った。


 ●


 ミネットは街を歩く。


 学園都市は、貴族学園を中心として放射状に道が伸びる都市である。

 学園の敷地内を通るように人工河川が引かれ、そこかしこに橋が通されている。当然、水路も非常に多い。だが、高低差はほとんどなく、歩きやすい街だ。


 元々、このあたりはぬかるみの強い盆地だったそうだ。

 それを、何代か前の西方王国の国王が、貴族学園を作るためにわざわざ治水し、巨大な街を作り上げた。

 最初は貴族学園だけが目立つ街だったそうだが、各地から研究者が集まり、次第に周囲に商店や宿場が出来て……、いま、こうして放射状の都市となっている。


 ミネットは歩くのが好きだ。

 思索にふけるも良し、景色を眺めるも良し。

 てくてくと歩くミネットを見つけて、働き出した街の住人達が、帽子を取って挨拶をする。


「生徒会さん、おはよう!」

「おはようございます」


 と、ミネットも会釈して返す。

 このマントは、いわば権力者の証でもある。貴族学園生徒会は、学園都市全体の運営にも関わるからだ。

 地方の政治家といっても良いくらいの立場であり、それ故に、住人達から厳しい目で見られる立場でもあるが、ミネットへの評価は悪いものではなかった。


 おおよそ、「遊び人の第三王子を支える苦労人」とか「平民上がりのくせに賄賂のひとつも受け取らない堅物」とか、そういう評価が多い。


「ミネットさーん、おはようございます!」


 上からも挨拶が振ってきた。

 見上げると、道沿いのアパルトマンの二階の窓から、金髪のメイドが顔を覗かせていた。

 アリスだ。ヴィクトル・ド・ヴァシュランのお付きのメイドの。


「おはようございます」


 アリスは、何が楽しいのか、ぶんぶんと手を振っている。


 この街の、貴族学園にほど近い通りには、三、四階建ての石造りのアパルトマンが立ち並んでいる。

 学園都市、ひいては貴族学園で働く労働者と、その家族が大半だ。


「今から、お仕事ですか? お疲れ様です!」



非ミステリの日常回です。


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