ある平民が、貴族学園の編入試験で不正を行った理由。(8/8)
語り終えて、オディロンは一息吐いた。
対面のカロルは、驚くやら呆れるやら、そういう感情の交ざった表情だ。
「オディロン殿下は、初対面から、すげなくあしらわれておりましたのね……」
「ああ。面白いだろ? で、俺はミネットを言いくるめて、なんとか書記に任命したわけだ」
「ええ、理解いたしました。つまり、面白いから、彼女を選んだのですね? 素性も何も分からないのに」
「いいや、いや、いや。不文律だよ、カロル嬢。俺はただ、不文律に従っただけだとも」
笑顔でそんなことを言う。
カロルは頬をひくっとさせた。
カビの生えた、古くさい、兄姉達も守っていなかった形骸化した不文律だと自分でも言っていたくせに、それを盾にしてミネットを書記に着任させたのだ。
カロルは嘆息して、ティーカップを持ち上げ直し、口をつけた。
もうすっかり冷めている。
「……お話を拝聴して、ひとつ、わかったことがありますわ」
「ほう? 何かな?」
にやけるオディロンに、カロルは意識して、にっこりと微笑んだ。
「ミネット書記に関する噂のうち、オディロン様のそういうお相手だという噂だけは、間違いなく、疑いようもなく、単なるデマで、事実とはまったく異なるということですの。全く相手にされておりませんものね」
今度は、オディロンが頬をひくつかせる番だった。
「……というか、カロル嬢。きみ、今日はずいぶん明け透けだね」
「あら、お為ごかしやお世辞をお求めなら、そういたしますけれど。そうではない人がいいから、わたくしを副会長にしたいのではありませんの?」
カロルはティーカップを置いて、居住まいを正した。
「その打診。謹んで、お受けいたしますわ。わたくしがオディロン様の“頼れる友人”になって差し上げます」
「……うん? いや、俺が欲しいのは裏切らない信頼できる副会長であって、友人ではないんだが」
「同じことですわ、オディロン様にとっては。その人間不信とひねくれた性格を、少しでもマシにして差し上げることが、フィーリクス様との一件でわたくしが受けた大恩をお返しする、唯一の方法だと理解いたしましたので」
「……全く、頼もしくて涙が出そうだ。きみ以外に頼めば良かった」
「残念。もう遅いですわ」
その時、生徒会室の扉が開いた。
入ってきたのは、背の低い女子生徒――そして、生徒会書記。
「代表委員との折衝、終了いたしまして、ただいま戻りました。……おや、カロル様、お久しぶりでございます。本日はどのようなご用件でございましょうか」
いつも通りの、どこか冷めた印象を受ける真顔で、用事を終えたミネットが戻ってきたのである。
オディロンが立ち上がり、両手を広げた。
「ちょうど良いタイミングだ、ミネット! 我が生徒会に、新たなメンバーが加わったぞ!」
「ほう。それは素晴らしい。仕事をする人間が一人から二人に増えるのは、喜ばしいことでございます」
「つまり、オディロン様は戦力外なのですね……?」
ちょっと不安になり始めたカロルに、ミネットが、
「ご着任おめでとうございます、カロル様。よろしくお願いいたします」
と、丁寧に頭を下げた。カロルは苦笑する。
素性には謎が残るが、しかし、良い人であることは間違いがない。嘘を吐かず、誤魔化しを好まず、規則に厳しく、しかし、カロルやフィーリクスを救うため、大胆な策を考えてくれた。
「――ええ。これからよろしく、ミネット。わたくしのことは気軽にカロルと呼んでくださいな。様はいりませんわよ」
言って、手を差し出す。
ミネットは少しだけ驚いた顔をした。
それから、そっと、カロルの手を握り返す。
「はい。よろしくお願いいたします、カロル……さん」
呼び捨てはまだ難しそうだ。
どうやって距離を詰めていくか、と思案していると、横からにゅっとオディロンが手を出してきた。
「ミネット、俺とも握手をしてくれないか? あと呼び捨ても」
「それはご遠慮いたします、オディロン様」
「ええー……」
カロルは思わず笑ってしまった。釣られたのか、オディロンも声を上げて笑い出す。ミネットは、わかりやすく笑いはしなかったが、穏やかな微笑みを浮かべた。
●
翌日、学生部の書類手続きが為され、カロル・ド・ラ・カッサータの副会長着任が、正式に認可された。
オディロン・シエール率いる生徒会に、三人目の役員が加わったというニュースは、学園中を駆け巡り――。
「ああ、あの……シャンパンの……一途な……」
「高飛車だけれど、清廉な侯爵令嬢様よね。あと一途な」
と、概ね好意的に受け入れられたという。
以上で第三エピソードも終了となります。
第四エピソードは年が明けてから、一月か二月かに投稿できたらいいなと思っております。
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