ある平民が、貴族学園の編入試験で不正を行った理由。(2/8)
高等部への進学直前。三月のある日のことだった。
オディロンは学園本校舎の廊下を歩いていた。
片手に持った紙の束を眺め、物憂げな雰囲気で嘆息する。
「誰も彼も、王家との繋がりを作りたくて必死だな……」
書類に記されているのは、生徒会役員の候補者リストだ。
より正確には、希望者のリストだと言うべきか。位の高い貴族から豪商まで、我こそは、と声を上げた者達の名簿である。
オディロンの前任の生徒会長は、双子の姉たちだった。
双子なのを良いことに、気分で「今日はわたくしが生徒会長ね」なんて切り替えていたため、色々大変だったと聞く。
その姉達の卒業決定と、オディロンの進学が重なり、急遽、オディロンが四月から生徒会長を務めると決まったのである。
あの自由人な姉達のことだから、もう何年かは、だらだらと学生をやるものだと思っていたのだが……、いや、その理由は、いまは問題ではない。
問題は、役員がいない、ということだ。
貴族学園生徒会は、学園都市全体の運営にも関わる。
信頼できない者を置くわけにはいかなかった。
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「役員を頼めるご友人、いらっしゃいませんものね。中等部では女生徒を甘言で誑かして遊び呆けてばかりで、ろくな人間関係を築いておられませんでしたし」
カロルは呆れ顔で紅茶を飲んだ。
オディロンは頬を引き攣らせつつ、
「とにかく、当時の俺は悩んでいたんだよ」
話の続きを進めた。
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資料を片手に持ち廊下を歩く三月のオディロンは、ふと、前方に人だかりがあると気づいた。
学園付きのメイドや教師が小教室の前に集まって、何やら話し合っている。
「失敬。何かトラブルですか? ジルベール先生」
顔見知りの老教師に声をかけると、彼は厳しい顔つきで振り返った。
「おお、オディロン殿下。ご機嫌麗しゅう。……いや、実はですな。平民特待生の編入試験で、不正があったのだそうで」
「不正?」
「ええ。担当したヤニック先生が、いま、疑いのある受験者を問い詰めているところです」
オディロンは書類を小脇に挟んで、教室の扉の小窓から中を覗き込んだ。
「へえ、それは面白――じゃない。大変ですね、先生」
「殿下、あなたはまたそういう……」
半ば物置のように使われている小教室らしい。
壁際に積まれた荷物以外には、簡素な椅子が二脚、テーブルを挟んで置いてあるだけだ。
椅子の片方には担当したという太った男性、ヤニック教授が座っている。
「不正をしたんだろう!? 貴様!」
泡を飛ばして叫んでいる。
そして、椅子のもう片方には、背の低い女子が座っていた。
パッチだらけ、つぎはぎだらけのワンピース。おさげの長い黒髪はボサボサで、学園でよく見る豪商の子女達とは、まるで雰囲気が違う。
端的に言うと、怪しい。
「……彼女が不正を?」
「はい。一問を除いて、全て正解だったそうです。あんな格好の者が、それほど正解できるわけがない、だから不正に違いない……と」
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カロルは話を聞いて、顔をしかめた。
「格好だけで決めつけるなんて。……仕方ないのでしょうけれど。平民特待生の編入試験は難しいと聞きますし」
「そうだな。豪商の子息が、何年もみっちり家庭教師を付けて勉強して、それでも半数は落ちる試験だ。優秀な文官の候補を探すための制度でもある。だから、試験内容にダンスやマナーは一切関係ない。問われるものは、算学、法学、史学の三つだけ。特に難しいのは――」
オディロンも、一口、紅茶を飲んだ。冷めている。メイド長を呼び戻すか。いや、いまは唇が潤えば、それでいい。
「――算学の最後の大問だ。三つの小問で構成されているんだが、一つ目の小問で大問全体の鍵となる数字を導き出し、その鍵を用いて二つ目、三つ目の小問を解くという、そういう形式だ」
「では、その一つ目の小問を落とすと……」
「三問全てを間違え、大問を全て落とすことになる。毎年、九割以上の受験者が間違える、難しい問題だよ」
苦笑する。
「教育を受けてきた貴族の令息、令嬢達も、まずわからないだろう。西方王国各地の学校や商家から、見込みがあると推薦された、学問に秀でた者だけが受験できる試験。それが平民特待生編入試験――つまり、実質的には『平民の中でも金持ちしか受けられない試験』だ。なのに、ミネットは当たり前みたいな顔して、そこに座っていた」
次回の更新は、また来週の土日になると思います。
師走はなんやかんや忙しいですね。誰の師でもないのに。
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