ある平民が、貴族学園の編入試験で不正を行った理由。(1/8)
その日、生徒会室にミネットはいなかった。
いるのは、ソファに座るオディロンと、その対面に座るカロル・ド・ラ・カッサータだけである。
「――フィーリクス殿と、仲睦まじく過ごしているようで、安心したよ。生徒会長として、君たちのその後には心配もあったからね」
オディロンは膝に肘をついて顔の前で指を組み、いつもの微笑みを湛えている。
「ええ、順調そのものですわ。昨日も、街のカフェで話題のスイーツを一緒に頂きましたの。それがふわふわで、とっても美味しくて――いえ。今日はのろけ話を聞くために、わたくしを呼んだわけではないでしょう?」
カロルもまた、優雅に微笑んでいる。
つまり、至極ありがちな王侯貴族のよくある会話の様相だ。
「予想はついているんじゃないかい?」
「ええ、もちろん。副会長職の打診でしょう?」
カロルは事もなげに言った。
「さすが、カッサータ家のご令嬢だ。その通り。我が生徒会は慢性的な人手不足でね。書記以外の役員を任命しなきゃいけないんだが、信頼できる相手はそういない。その点、君は家柄も人格も確かだし、とても信頼できる――」
「あら」
わざとらしく眉を上げて、カロルがさも意外と言いたげな声を上げた。
「生徒会に大恩があるわたくし、カロル・ド・ラ・カッサータなら、裏切られる可能性が少ない――と、思っているだけではありませんの?」
「……。……そういう、いかにも貴族らしい、『察する能力の高さ』も、私は実に副会長向きだと思っているんだ」
オディロンが、はあ、と大きく息を吐いた。
「少しだけ腹を割って話そうか。俺はね、そもそも貴族って生き物を信じていないんだ。息をするように嘘を吐き、水を飲むように人を裏切る。信頼できるわけがない……」
例外も、いなくはないが。嘘を吐くのが下手な筋肉馬鹿とか。
だが、そういう馬鹿は、それはそれで生徒会に入れられない。馬鹿なので。
「だから、生徒会に入って貰うなら、恩を売った相手か、いっそしがらみのない平民の方が安心できる」
カロルは内心で(人間不信ですわね……)と呟く。
王族の第三王子。きっと、侯爵令嬢であるカロルであっても比にならないくらい、彼を利用しようと企む者達に囲まれてきたのだろう。
正直、打診を受けること自体は、まったくやぶさかではない。恩は恩だ。
しかし、だ。
「お返事を考える前に、ひとつ、お聞かせ願いたいことがありますわ」
「なんだい?」
カロルには、確認しなければならないことがある。
「ミネット書記のことです。彼女は一体、何者ですの?」
フィーリクスの誇りを守った、あのちんちくりんの生徒会書記。
「彼女にも、もちろん感謝しております。彼女の頭脳なくしては、わたくしはフィーリクス様と一緒にカフェに行くことなど出来なかったでしょう。けれど、あの方……謎の人物ですわよね? どこかの豪商の子女というわけでもないようですし」
「調べたのかい?」
「淑女ですもの。噂程度なら、いくらでも耳に入ってきますわよ。高等部からの編入生で、平民特待生。この春に突然、学園都市に現れ、学園一の頭脳を持つとして書記に大抜擢された、謎の才女。……その正体については、下世話な噂もありますわね」
指折り数えてみる。
「東方からやってきたスパイ説。没落した大貴族の娘説。王家お抱えの暗殺集団の秘蔵っ子説、なんてのもありますわね」
「あと、俺のそういう遊び相手って噂もあるな。誰も彼も、下世話な噂話が大好きで困ったものだ」
「では、噂話ではない、ミネット書記の真実とは? お教えくださいませ、オディロン殿下。彼女は、どこの誰なのです?」
カロルは、それなりに踏み込むつもりで、問いを投げかけた。
「真実。真実、か……。王都東地区出身の孤児だと、本人は言っている。書類上もそうなっている。だが、それ以上のことは、俺もよく知らない」
「……ちょっと待ってくださいな。殿下、あなた――素性の知れない方を身近に置いておいでですの……!?」
オディロンは肩をすくめた。
「言っただろう。貴族って生き物よりは、よほど信頼できる。……し、ミネットは不正を許さず、嘘も吐かない性格だ。役員にはもってこいだろう?」
「素性を知らないくせに、何故そう言い切れますの? 何か、そうと判断できることがあったんですのね?」
「ああ」
美貌の生徒会長は、ふと、窓の外に視線を向けた。
「そう、あれは――」
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