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SF短編

帰還場所

作者: えるま
掲載日:2025/09/27

 塔の中には世界中の知識が集められていた。

 古くからの知識人が書いた世界中の書物がその塔には納められていた。

 災難に見舞われた際は、まずここに行けと言われるほどに。


 砂色のレンガの壁に手を置き、壁伝いに一歩ずつ歩く。

 螺旋状に続く階段の中心部分を覗けばそこには闇が広がっていた。

 階段の横幅は足幅五つ分と言ったところか。来訪者はその階段を下りながら、ごくりと喉を鳴らした。

(せめて手すりがあれば良かったのだが。)

 足を踏み外したら真っ逆さまだと、眉を顰め軽く笑った。


 階段を降りるごとに、革靴の足音が反響しながら塔の上へと駆け抜ける。

(だいぶ降りたが、最下層はまだなのか……?)

 来訪者が顔を上げれば中央から空が見え、青が映えた。


 彼がしばらく階段を下っていくと、ある階層から壁の様式が変わった。

 本棚だ。

 壁が本棚に変わり、そこに沢山の書籍が詰まっていた。

 来訪者は思わず嘆息を漏らすと、一冊手に取りパラパラと本を捲る。

「……すごいな、古語で書かれている。――……原書か。」

 目を伏せ、文字を中指でなぞった。

 読み進めようと右手にページを掛けた瞬間、来訪者はハッと息を吐く。

(いけない。今日はこれが目的じゃない。)

 名残惜しそうにパタンと本を閉じると、再び歩みを進めた。


「……少し暗くなってきたか。」

 最下層に近いのか、真上の光に陰りが見える。

 ベルトに掛けていたランタンに火を灯した。

 優しいオレンジ色の淡い光が、本棚に反射して本を照らす。

 長く続く同じ風景に視線が自然と下がっていく。

 ランタンの光で階段の影が色濃く見える中、ふとその影が形を変えた。

「……おっと、こんにちは。」

 視線を上げると、いつの間にか目の前に眼鏡をかけた男がいた。

 目を丸くして、来訪者を見つめる。

「気づかなかったな。君も王様に言われて?」

 オレンジ色を反射したレンズの奥に笑みをこぼしていながら、彼は言った。


 来訪者は、目を細める。

 彼は言葉を選ぶように、たどたどしく話し出した。

「私は……――旅人だ。この塔のような世界中の遺物を巡っている。この先の国の王様から……ある者へ言伝を預かったのだが、一応あなたが何者か確認しても?」

「それなら十中八九、僕で間違いないと思うよ。僕は君の言う国の学者でね。王様から災難の解決法を探すように命じられて、この塔へ来ていたんだ。」

 来訪者は唇に指を添えた。

「……災難、とは?」

「ある疫病が少しずつ流行ってきているんだ。聞いたことのない症状、従来の薬は全く効かない新病さ。絶対隔離をお願いしたから、町の様子だけじゃ気づかなかったかな。」

 学者は困ったように笑いながら、息を大きく吐いた。


 ここじゃ落ち着かないだろうと学者は来訪者を最下層に案内した。

「ようこそ、僕の仮住まいへ。」

 塔の最下層。ドアノブを捻れば、そこには小さな部屋があった。

 中央にある木製の大きなテーブルに、そこかしこに本が積まれている。

 メモを取った紙の束も乱雑に置かれていて綺麗とは言えない。

 部屋の主は顔を赤らめながら、紙の束を慌てて集めた。

「ごめん、ごめん。まさかお客さんが来るとは思わなくてさ。散らかりっぱなしだ。」

 来訪者は部屋を軽く見回す。

 ――本、紙、丸まった紙屑、鉛筆、乱雑に書かれたメモ、埃の被った本。

「一体いつからここに?」

 その場しのぎの片づけを終えた学者が勧めた椅子に腰をかけながら、来訪者は尋ねる。

 質問に対して学者は、ううんと唸りながら指を折った。

「いち、に……五ヶ月かな?いやでも君の言葉で、疫病の感染が広がっていないようで安心したよ。国は息災だったかい?」

 学者は膝に手を置き、身を乗り出した。

「いつもの様子というものを知らないが。息災、で良いかと。」

「それで……言伝とはなんだろう?というか、言伝は僕宛で良かったかい?」

 学者は不安げな顔で首を傾げる。

 来訪者は一度瞬きをすると、学者に目を向けた。

「王様から聞いた話と一致する。言伝の相手は貴方で間違いない。言伝は――……」

 息を吸い込むと、ゆっくりと吐いた。

「ご苦労、疫病の原因が判明した。国に戻るように。と」

 来訪者の言葉に学者は目を見開いた。来訪者の腕を両手で掴んだ。

「ほんとうに?……本当に?」

 息を荒げ、声を震わせる。来訪者はその様子に驚きながら口を開いた。

「……本当だ。それを君に伝える様に言われた。」

 学者は身を倒すと、肩を震わせる。

「ようやく帰れるんだ。ようやく!!……国には生まれたばかりの子どもと、愛する妻がいるんだ。ずっとずっと帰りたかった!あぁ、神様ありがとう!」

 床に零れる涙を気にすることなく学者は「良かった」と「ありがとう」を繰り返した。


「言伝も伝えた。私も次の遺跡に向かう。」

 来訪者は椅子から立ち上がり、外へ出るドアノブに手を掛けた。

 来訪者の一部色濃くなったズボンを見て、学者は恥ずかしそうに頬を掻いた。

「あの……その、ごめんね。ズボン。」

「そのうち乾くから問題ない。それよりも私からもあなたに言おう。」

 学者に向き直り、敬意をこめて伝える。

「お疲れ様」

「あぁ!」

 学者は溢れんばかりの笑顔で応えた。


 来訪者がドアノブを引くと、外は真っ白な砂で溢れていた。

 生命の息吹を感じないほどの白。

 彼は息を吐くと振り返る。塔の中を見れば薄暗い部屋に、机に項垂れる白骨と蜘蛛の巣の張った本棚。

「終わったかよ」

 声の方を向けば塔に背中を預けた人型の機械がいた。その動きは滑らかで、まるで人間の様だが鉄の肌はそれが人ではないことを表していた。

「……終わった。確認してくれ。」

「あいよ。」

 そう言って機械は、扉の枠に手を引っかけると身を乗り出し、部屋の隅々まで視線を巡らせた。

「……瘴気なし。自然物に還ったな。本当に人間ってやつは滅んでも面倒くさい。」

「個々に意思があるんだから仕方ないだろう。」

「そんで?ここの奴は一体何だったんだよ。」

 機械は来訪者を覗き見る。

 来訪者は部屋に目を向けた。

「この先の国の話は知っているか?」

「データベースで見た。水源で何かあったんだっけ?」

「そう、国の水源である山の源泉で問題が起こって病が流行った。当時原因不明だったそれを調べる様に王は学者に塔へ行って解決法を調べに行かせた。だが調査終了を指示する前に国自体が死んだんだ。」

「ふぅん?俺は機械だからピンとこないけど、なんでアイツは死んでない?」

 そう言って顎をクイッと白骨に向けた。

 来訪者も同じ方を向き、少しだけ眉を傾けた。

「皮肉なことに、この場所で学者が飲んでいたのは地下水だった。自然のろ過に助けられたようだ。」

 ほーん、と機械は関心なさそうに声を上げる。

「しっかし、それで死ぬまで調べるかね?普通。ここの塔は別に立ち入り禁止じゃなかったんだ、お前がフリをしたように旅人の一人や二人来ていたんじゃないか?」

「……仮に知っても信じたくはないだろう。」

 その言葉に機械は肩を竦めた。

「マジで人間分かんねぇ、さっさとどっか行ってくれれば瘴気も溜まんなかったのに」

 飽きたように、機械は扉から手を離し塔から離れた。さっさと行くぞと歩き始める。

「ほら行くぞ、この星の自然物はリセットできても、こういう面倒臭~いこびり付いた瘴気は片付けていかなくちゃなんだからな。」

「引き渡しはいつなんだ?」

「あと二世紀後。お前のスペア四体分だが正直予算ギリギリなんだ。一つでも多く瘴気を片付けていくぞ?」

「分かった。」

 そう言うと来訪者は、どんどん進む機械を追っていく。

 来訪者は途中で振り返り、塔に体を向けてお辞儀をした。

 おい、さっさと行くぞ!と機械に急かされ、白い砂に足を取られながら歩いていく。

 風が吹くと、その足跡は消えてしまった。


滅んだ星を次の生き物に引き渡す不動産のようなイメージ

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