祈られたフェンス 其ノ捌
────祈られ、祀られ、望まれる。
そうあれかしと。
祈られたから、祀られたから、望まれたから、そうあれと、言われた形になろうとしている。
それに足る、物語を紡ごうとしている。
祈られた通り、祀られた通り、望まれた通りに。
◇◇◇
「大売出し」「閉店セール」「開業20年」
赤と黄色と緑とその他もろもろ、とにかく通行人の目を引くために彩られた色彩の暴力たちには目もくれず、夕飯の献立は何にしようだとか、但馬屋の夕方セールに間に合うかだとか言いながら、日常の温かみと共に自転車を押す人々に逆らうように、冷えた空気が通り過ぎた。
『……思ったよりも、ヤバいんちゃう?』
住民からの話、監察係からの報告、商工会長からの証言。
なかったものが作られていく流れが、ありありと見えていた。
生活安全課が対応したのが7月上旬。
祝詞を上げたのが1週間前。
そして今。
緩やかな、気が付けば、そういえば、といったような速度だったものが、急速に、着実に、成長している。
聖書にコーラン、数珠に十字架、もしかしたら、先刻タブレットで確認した写真以上に、積もっているかもしれない。
『はい、イメージの固定化が始まっています。“存在しない死者”に、輪郭が与えられ始めているかもしれません』
冷えた硬い声。
主婦にサラリーマン、学生たちが背景のように通り過ぎ、猪熊カレンが袋に入っていたお焼きを全て食べ終わった所で、アーケードが終わった。
『怪異の原因は大体が悪意やなんて言うけどなぁ、そんな感じやなかったんやろ?』
そう、確かにそうだった。
今まで祓ったことのある、どれとも違っていた。
呪詛に生霊、儀式に人身御供や蟲毒だの、人為的に発生させる手段は大概が悪意に起因するものだ。
先般の西新宿のビルだって、欲望だの怨念だの情欲だのが混ざり合ったのが、馬鹿なYouTuberが心霊スポットとか言って荒らしたのがダメ押しの引き金だった。
悪意に呼ばれて空気が淀み、悪意に惹かれて倦んでいく。
そうして、どうもこうもなくなった頃に、怪異として姿を現す。
そういうもの、だったはずだ。
『思い出のない場所に、思い出が“作られて”しまった。
“誰かが死んだ”という前提で語られ、そこに“哀れみ”が重なった……』
場が、作られてしまった。
誂えられてしまった。
偶然、だったのかもしれない。
最初はそうだったのかもしれない。
しかし今はそうではない。
『”死者”がおらんのに“供養”だけが先行したら、そこに“死”が呼ばれるのは……当然、か』
そういうこと、なのだろう。
なんで”祈ったか”、よりも”祈られた”、その事実が重要なのだろう。
そうして、意味が付けられた。
誰かを悼む祈り、死者を弔う祈り、誰かがここで死んだのだと。
『んで、そこに“おふざけ”でプリクラとか貼られたんだろ?冗談のつもりが“マジ”になっちまったってか』
ガサガサと、役割を終えて持て余したお焼きの袋を丸めながら「くだらね~」とボヤいていたカレンが、スンスンと鼻を動かした。
『近いんじゃね?いつもの怪異とかの臭いと違うけどよ、なんだこの甘ったるいの』
商店街を抜け、幹線道路をまたぎ、現れた。
例の線路沿いのフェンスが、祈られ、祀られ、望まれた、祭壇が。