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警視庁陰陽課異聞禄:東京怪奇譚  作者: 渋谷直樹
祈られたフェンス
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祈られたフェンス 其ノ漆

 東京メトロ霞が関駅から千代田線に乗って、それから北千住駅で降りて30分あるかないかの行程を終えてみると、商工会事務所のある道寺町商店街は思いの外近かった。


 そう言えば、前回来た時は纏班の隅田川の花火大会の下準備の後に寄ったから、余計に遠く感じたのかもしれない。


 あの時は、纏班長やら真壁さんやらが何かと、佐々木班で苦労していないか?無茶を振られていないか?など、異動した自分をわざわざ気に掛けてくれて、思いの外話し込んでしまったので、それも大きく影響していたように思った。


『あのさぁ、何かめっちゃ見られてる感じすんだけど?』


 あんこの入ったお焼きが詰まった紙袋を抱えた、身長二メートルの、分厚い筋肉の鎧を纏ったモデル顔に、丈の短いTシャツのせいで六つ、いや、八つに割れた腹筋がチラチラと見えている女が、年季の入った商店街をプラプラと歩いていたら、誰でも見てしまうだろう。


「カレンちゃんは美人さんやからな~、しゃあないやろ?」

「あん?どっちかっていうと可愛い系じゃね?私って」

「そやなぁ、可愛い系やもんなぁ」


 と、コロコロと鈴を転がすような笑い声を上げ、途中で買ったタピオカミルクティーを啜りながら軽口を叩いているが、その視線は、商店街に立ち並ぶ店先に吊るされた、風鈴やら紙灯籠やらに、チラチラと行き来していた。


 ◇◇◇


『待ってましたよぉ~!!いや、ほんと!困っちゃってぇ』


 頭髪がやや心許なくなってきた商工会事務所の会長が、安心したような、歓迎するような、警戒心を解くための、長い年月で酸いも甘いも噛み分けて身に着けてきたような、人の良さそうな態度で大袈裟に出迎えた。


「いや〜!こんな美人さん達が来るなんて思ってなかったから、すいませんねぇ、こんなむさ苦しい事務所でぇ」

「あら?美人さんやなんてお上手ですね~」

「いやいや!僕って正直者で通ってますから!」


 おほほ、あははと、明るい雰囲気とは裏腹に、何らかの腹の探り合いが始まっているというくらいは分かるのだが、果たしてその中身は何なのか……?


 これが、狐と狸の化かし合い、というやつなのだろうか?


 術陣や掌印とかならすぐに分かるのだが、こういったものには滅法弱いのだ。

 実家でも、纏班でも、誰も教えてはくれなかった。


 とはいえ、この商工会長には前回も聞き取りで随分と協力していただいた上に、再びまた快く迎え入れて下さっている。


 こちらとしても、出来る限りのことをしなければならない。


『そういえば、以前対応させていただいた際の供物は、撤去されていませんでしたか?』


 区の清掃課へ撤去を依頼するようお願いしたはずだが。

 そう付け加えると、商工会長は気まずそうな顔で言った。

「いや〜、連絡はしたんですけどね?『処分対象じゃない』って言われちゃいましてね?『商店街で何とかしてくれ』って。いや、少しは下げたんですよ?」


 大袈裟な身振り手振りで、ほとほと困ったもんですよ、と前回からの経緯を話しているが、薄々感じていた考えが頭をもたげた。 


「やってないな、これは」


 先程まで化かし合いをしていた祝部さんと、「だろうな」と呆れた視線が交差した。


 つまりは先程のやりとりは、何とかこの手抜きの責任とそれによる印象の低下を和らげたいと、そういうことなのだろう。


『見た感じお供え物だから何があったのかとか調べないと動けないとか何とかで、あと近隣のね、住宅地の人達が変な夢をみるとか言い始めましてね。商店街の常連さんの話で知ったんですけどね?』


 監察課の報告にあった事象。

 何らかの兆候となりそうな事象。


 近隣住民がどのような夢を見たのかまでは書いていなかったが、対して害意のなさそうな、平和な内容であれば問題は少ないということもできるだろう。


 しかし、そんな訳はない。


『いや〜、みんな言うことバラバラなんですけどね?だいたい“何かを見下ろしている”とか“線路沿いで誰かが呼んでる”とか……あと最近、“子供が事故に遭った場所だ”って噂が勝手に出回ってて……』


 会長はそう言うと、「そんなの聞いたこともないんですけどねぇ」と不思議そうに頭を捻っている。


 すぅっと、空気の質が変わったような気がした。


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