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警視庁陰陽課異聞禄:東京怪奇譚  作者: 渋谷直樹
祈られたフェンス
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祈られたフェンス 其ノ参

 薄小麦色に焼けた肌に、短く切り揃えた清潔感のある髪。


 若く、生命と可能性の瑞々しさに満ちた、清涼感の漂う、如何にも優等生と言った風情の青年が、立っていた。


 禰宜原崇嗣(ねぎはら たかつぐ)、陰陽課佐々木班の若き俊英。


 利発な顔つきの通り、群馬の何とかという由緒正しい神社の跡取りとして産まれた男。


 神童、天才、怪物、そう評されてきた若き陰陽師が、供物の積まれたフェンスを前に眉を顰めている。


「警視庁警備部 特別事象対策室」つまりは陰陽課が動くならば、必ず何かが起きる時だ。


 起きてはいない。

 ただ、誰かを悼み、慰撫の祈りが此処にはあるだけ。


 誰かを蝕むような呪詛も、誰かを脅かすような怪異も、やはり此処にはいない。


 善意があるだけだった。


 最初は生活安全課だった。


 商工会の会長から、事故があった訳でもないのに、いつの間にやら、お菓子やらジュースやらが供えられ始めた。


 不気味だから見て欲しいと。


 対応したらしいが、やはり何も無かった。

 近隣の駐在の中でも、霊や怪異を扱う素養のある者が見回ってパトロールをしていたらしいが、やはり何も無かった。


 それでも、これが正常な、普通の事ではないというのは、誰の目にも明らかだった。


 塩をまき、柏手を打つ。


 ……じいっと、線路沿いの、供物の積まれたフェンスを見つめる。


 歪みも淀みも揺れもしない。


 やはり、何も無い。


 何かはあるはずなのに、何かが起きているはずなのに、何も無い。


 さて、報告書にはどう書いたものか。

「言われた通りに行ってみたけど何もありませんでした」、それでは流石に格好がつかない。


 長い髪の、いい匂いのする、一見するとおっとりとした優しそうな先輩に、ニマニマした笑顔で「あれぇ~?ネギちゃんお散歩行っとったんやぁ〜、それなら私も誘ってくれたら良かったのに〜」と、揶揄われてしまう。


 あの人も、あれが無ければ素直に凄い人だと思えるんだけどなぁ。


 頭の中に浮かんだ、手ぶらで帰ってきた自分を笑う、頭の中のニマニマ顔をした祝部綾音を、深い溜息とともに外へと追い出す。


 ともあれ、やる事はやらなければならない。

 今は何も起きていなくても、この場に何か良からぬ怪異か呪詛が居着いてしまえば、それこそもっと面倒な事になるのだ。

 結界なりお祓いなりをしておかないといけない。


 むしろ、このタイミングで良かったのかも知れない。

 早期に予防が出来るのならば、何かが起きてしまってから動く対処療法よりかは遥かに健全だ。


 塩を盛り、幣を振り、祝詞を上げる。


 今、自分が出来ることと言えばそれくらいだ。

 後は商工会の会長に、区の清掃課にでも連絡してあのお供え物達を撤去してもらうように頼むくらいか。


 先程頭に浮かんだ格好のつかなさと大した違いはないが、手ぶらで帰るのも癪である。

 商店街の中で見つけた、あんこの入ったお焼きでもお土産に買って帰ろう。


 それで上手いこと話を逸らすことが出来れば万々歳だ。


 ◇◇◇


『なぁ〜、なんかねぇの?お嬢』


 いつものよれた薄緑色のソファの上で上半身を起こして、やり場の無いエネルギーを持て余した不機嫌気味の猪熊カレンが、黙々とパソコンに向かって、有給の申請処理やら、交通費の申請やら、任務で壊したものの申請やらのアレコレで、眉間に皺を寄せている月島操に向けて聞いた。


 何かというのはつまりはあれだ。

 何でも良いから暴れさせろということだ。


『一応来てますが、生活安全課が対応するような案件しかありませんよ?一週間程前、禰宜原くんが対応したやつです』


 カレンさんのご所望の、怪異と戦うような案件は来ていませんよ。

 と、求めていない回答を返されて、ふんと鼻を鳴らし、再びゴロリと横になった。


『せやけど不思議やねぇ~、ネギちゃんが祝詞上げたんやろ?それなのにまた何か言われとるやなんて』


「そもそもこんなん(まとい)さんの所にでも回したらええやないの」、とカレンの向かいのソファで、リリース2年目を迎える「コードディメンション」の周回に一区切りつけた祝部がボヤいた。


『流石に、規模が小さいですからね。それに、纏班は隅田川の花火大会の警戒で人を取られていますから』


 せやな~、と自分から振ったにも関わらずもう興味を失って、今度はガチャを回す作業に舞い戻っていた。


 時刻は午後二時を回る頃。

 外の日差しは益々もって意気軒昂となり、我が物顔で闊歩している。


 チラリと外を一瞥して、うへぇ……と小さくボヤくのが聞こえた。


 ドアが開いた。

 カチャリと、礼儀の出来た音だった。

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