九十九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ 其の拾陸
間の抜けた声とともに持ち上げられた面貌は、折り目正しく、清潔と礼節を人の形にしたような若者の、禰宜原高嗣のものとは、とても思えなかった。
目尻をだらりと下げ、口角を限界まで釣り上げ、顔中がくしゃくしゃになるほどニッカリと破顔したその表情。
それは、若者の顔に無理やり貼り付けたような、皺だらけの翁の面のような顔だった。
ゆっくりと、ゆっくりと、老人のように、のろのろと時間をかけて立ち上がった。
しげしげと、まじまじと、握ったり開いたり、顔の前に持ってきた手を、物珍しそうに見ていた。
ほーほーほー。
なにか納得したような気配だった。
得心のいったような頷きだった。
ダン!ダン!!
勢いよく足を上げ踏み鳴らした。地団駄ではない、打った足から伝わる刺激を楽しむように、世界を認識し始めた赤子が、何でもかんでも触ったり口に入れたり、手をたたいたりして遊ぶように。
招かれ、祀られ、捧げられ、饗された器の感触を、無邪気に楽しんでいた。
◇◇◇
祝詞が終わり、そして、降りた。
ダン、ダンと、音がする。
パン、パンと、手を打つ音が鳴り響く。
(ああもう....なんでこないな役目せなあかんの)
神楽台に上がる足取りは重かった。縁もゆかりもない見知らぬ人間ならば、最悪死なれたとて、後味が悪い事件だったと飲み込める。電車の運転手が職務の性質上たまたま遭遇してしまうように、人の死に遭う事もあるだろう。
しかし、今回は違う。この場を収める為に後輩が自ら犠牲になり、その後始末をしなければならないのだ。下手を打てば、自分が彼を殺すことになる。そんな責任を負うだなんてまっぴらごめんだ。そう思った。
「.....なぁ、姉御。いざとなったら本当にネギ坊ごと殴っていいんだよな?」
後ろをついて歩く可愛い後輩もまた、普段は見せない顔をしている。猛獣だの鬼だのと言われる彼女だが、親しい者、身内には振り抜けない拳を持っている事も知っている。
だからこそ、だからこそだ。自分がやらねばならない。この役回りは自分にしかできない役目なのだ。
神楽台に上がる直前、チラリと動かした視線が、佐々木と合う。覚悟をしたような、心配をしているような、そして、どこか父親のような目だった。腕を組み、軽く頷いていた。
神楽台の縁に辿り着く。
すぅっと、大きく息を吸った。
うっすらと、檜のような匂いがした。
神楽台の中央には、ヒョコヒョコとおどけている後輩がいた。
「.....全く、うちも腹括らなあかんやないの」
ゆっくりと二拝し、歩み出る。
目が合った。
神と巫女、送り返す為の舞が始まろうとしていた。




