九十九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ 其の拾肆
「はぁ!?ネギちゃん何言うてんの!!正式な帰し方も分からん神様なんやで!?」
「祝部さんと同意見です!そもそも、神と言えるのかすら怪しい存在ですよ!」
禰宜原の決断に、口々に反対の意見が出る。しかし、その二人も分かっていた。この場を収めるにはそれがベスト。それが最適解。やるしかないと。
そう理解しているからこそ、もどかしいのだろう。それ以外に策を出せない事に。この策を、最も危険な役回りをする事になる、年若い後輩自らに言わせてしまった事に。
もしも、もしもだ。無事に山へと送り届けたとしよう。それでこの場は収まるかもしれない。だがしかし、山神だけを山へ送り帰す事が出来なかったら。禰宜原の体ごと、山へと還ってしまったら。
神隠し。
ということになるのだろう。神とは、山とはそういうものだからだ。
「佐々木さんだって体を張ったんです。僕もやらないわけにはいかないでしょう?」
禰宜原は一つ区切り、未だ承服しかねるといった顔をした祝部綾音を、真っ直ぐ見つめた。
「それに、祝部さんがいますから」
微笑みだった。穏やかな、まるで日常の延長にでもあるかのような、優しく、穏やかで、凪いだ微笑みだった。
祝部が言葉を失い、寄せられる信頼にむず痒さと、ズルい微笑みに返す言葉を探している間に、「それでは」と言って、まるで手のひらの隙間をスルリと零れ落ちるように、行ってしまった。
あっ、という小さな一言が、去り行く背中に追いつけずに、霧散していった。
◇◇◇
不思議と無事だった。
先ほどは顔を出しただけで命の危機を感じたというのに、金属が渦巻く台風の中を、今はまるで参道を歩くように進んでいた。
「祓え給い、清め給え....」
ゆっくりと歩き、祝詞を奏上しながら、この渦の中心へと向かう。
「守り給い、幸え給え....」
むわっと辺りを漂っていた獣臭はいつの間にか薄まり、そして消え去っていた。代わりに、杉や檜に似た山の匂いがした。
神楽台へと続く階段を、一歩、また一歩踏みしめる。空気が澄んできた。心なしか、やまびこのような、遠くから響く声が聞こえたような気がした。なぜだか、昔からずっと知っていた、知己の間柄のように感じた。
神楽台の中央、いや、祭祀の場に辿り着き膝を付く。鉄と板で作ったステージだというのに、湿った土の感触と、しっとりとした肌に吸い付くような冷たさを感じた。
目を閉じ、深くそして恭しく二拝する。
ゆっくりと息を吸った。
「かけまくもかしこき....」
山の神を称え、恵みに感謝し、御身に捧げられたこの祝祭をどうか心ゆくまでお楽しみくださいませ。
大祓詞を元に、この場に似つかわしいであろう祝詞を、まるで広大な拝殿で執り行われているかのように、朗々と奏上してみせた。




