九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ 其の捌
「はぁ...何やねんこの『ちゃんぽん神楽』。神社はクラブやないでホンマに。頭痛なってきたわ」
熱狂と興奮が支配するステージ。神事を冒涜するように垂れ流され続ける重低音と、遂に笙や笛を押し退けて主役面で煽るシンセリード。 不機嫌と不快感を隠そうともしない顔で祝部は呟いた。
「けどまぁ、最近の子は踊るのが上手やなぁ。真ん中の子なんてよぉやってはるわ」
ステージの中央で、観衆の視線を一手に集めている古山亜希を見つめる目が、きゅっと細くなった。他の舞手達よりも一段も二段も高い跳躍。躍動感あふれる動き。目を引くような存在感。踊るのが上手いと思った。
先程までは。
周りと示し合わせたような振付から、一人だけ逸脱していく。アドリブのようなダンスから、より激しく、より本能的な、獣のような動きに変貌していく。
やにわに濃くなった獣臭。恐らくこれが、猪熊カレンがしきりにボヤいていた匂い。それが香り始める少し前、ダンスが変わり始めたあたりから、真ん中の舞手の目が虚ろになった。
「.....ちゃうな。あれ」
何かが起きた。何かがこの神社に来た。何者かが降りてきた。そう直感した瞬間、さっきまでぼんやりと木に寄りかかっていた体を弾かれたように起こし、ポーチにしまった鈴を握る。
「ネギちゃん!カレンちゃん!」
遠巻きに俯瞰していた自分よりも、ステージに近い二人へ声を張り上げる。だが、その指示が届くよりも早く、視線の先の二人は既にステージへ向かって弾かれたように駆け出していた。
◇◇◇
会場は依然として熱気に包まれ、古山亜希の動きは更に速さと高さとキレを増していく。縦に横に、上下左右に。振り付け通りだった踊りが、徐々に徐々に、しかし決定的に変質していく。
最初はアドリブだろうか、頭が真っ白にでもなったのだろうか。一緒に踊る舞手達は訝しがり、心配し、あるいは身勝手な振る舞いに苛立った。
だが、違う。
関節の可動域を無視して、ガクン、ガクンと首がへし折れそうなほど激しく振られる。まるで、猿か狒々が乱暴に振り回しているかのような、奇怪な痙攣めいた動き。
滅茶苦茶に振り回される亜希の手が、ヒュンと風切り音を立てて隣の舞手の眼球を掠める。ヒッ、と小さく悲鳴が上がる。しかしその恐怖すら飲み込んで、スピーカーからの重低音と観客の歓声だけが、無慈悲にボルテージを上げていく。
突如、亜希が立ち止まり、天を仰ぐ様に両手を広げた。誰もがパフォーマンスだと思った。そう思ったその時。
「ぶごほおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
スピーカーの大音量をかき消すように、おおよそ少女の口から発せられるとは思えない、熊とも猪とも、山羊とも犬ともつかない、まるで獣のような雄叫びが轟いた。
そして、観衆がコールアンドレスポンスのように叫ぶと、亜希の体がステージに叩きつけられるように倒れる。先程まで軽快に踊っていた人間とは思えない、まるで魂の抜けた人形のように倒れ伏し、壊れた玩具のようにビクン、ビクンと痙攣している。
客席から、ステージから、悲鳴が上がる。
それを皮切りに舞手達が次々と絶叫を上げ、バタバタと痙攣するように手足を振り回す。一人倒れ二人倒れ、最後の一人が体をありえぬ方向に曲げながら踊る。
異様な舞を目撃し、悲鳴を上げ動揺し、右往左往する観衆を掻き分け、猪熊カレンがようやくステージに辿り着いた。
「コイツだ!ずっと匂ってたのはよぉ!」
カレンの声に重なるように、追いついた禰宜原が焦燥の声を上げる。
「これは憑霊...いえ、降霊です!!」
「舞手はどないなってんの!?何が降りてきてんねん!?」
反対側から鈴を手にした祝部が、被害者である少女の安否を案じながら叫ぶ。
「どっちでもいいけどよ!取り敢えず大人しくさせれば良いんだろ!?」
探し続けていた獲物を遂に見つけた猫科の猛獣の如くしなやかな動きで、異形の舞を続ける舞手に向かって、猪熊カレンが飛びかかった。




