九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ 其ノ漆
神楽が始まった。偽物の、取り繕っただけの、でっち上げの神楽が始まった。
スピーカーからは、ループ素材を切り貼りしたようなそれっぽい雰囲気の笙の音や、笛の音が流れ始める。
それに合わせて舞手が順々に舞台に上がる。恭しくゆったりとした舞が披露される。徐々に徐々にテンポが上がる。それに釣られるように音量も上がる。まるでEDMで使われるビルドアップのように、ヒステリックなまでに際限なく上がっていく。金切り声めいて膨張した音が会場を埋め尽くす。呼吸の支配権を音が奪い、期待と緊張が極限まで高まる。
爆発した。
先ほどまでの厳かな雰囲気から一転し、軽快に打ち鳴らされる太鼓。威勢良くかき鳴らされる金物の類。舞手がバッと早着替えのように衣装を脱ぎ、ゆったりとした倭舞のようだった動きが、袖を振り回すようなダイナミックな"ダンス"へと変わった。
それと共に、ブゥンブゥン と腹の底に響くような、重低音のシンセベースがスピーカーから吐き出される。伝統を現代風にアレンジしましたと言わんばかりの、軽薄で、しかし人の本能に訴えかけ、興奮を煽るには十分なビート。
ギラギラと色とりどりのLED照明が、ステージの上で舞う少女たちを照らし出す。赤に青に黄色に緑。煽情的な原色がめまぐるしく飛び散る極彩色の光の渦の中で、巫女装束を着崩したような衣装の少女たちが、くるくると回る。袖が翻り、汗が飛び散る。
「おおぉぉ!!」
観客がどっと沸いた。若者たちが指笛を鳴らし、スマホを掲げて動画を撮る。年寄りたちも、最初は耳を塞ぎ眉をひそめていたが、孫のような娘たちが懸命に踊る姿に、あるいはその場の熱気に当てられて、手拍子を打ち始めていた。
保坂は舞台袖で、震える手で膝を叩いた。
勝った。ウケている。伝統だの格式だの、そんなカビの生えた理屈よりも、この「熱狂」こそが正解だったのだ。この歓声こそが、町が生き返る産声なのだ。
誰もが笑っていた。誰もが楽しんでいた。この空間にいる「人間」たちは、間違いなく幸福だった。
だが、誰も彼もが忘れていた。誰も彼もが知ろうともしていなかった。この祭りは誰の為のものだったのか。誰へ向けてのものだったのか。
失われて久しい祭りの熱気。捧げられた熱狂に当てられて、この山の「主賓」が顔を出そうとしていた。
◇◇◇
ステージで踊る舞手の、古山亜希は興奮していた。
体が軽い。まるで羽毛のようにフワフワと、重力から解放されたかのように軽やかに体が動く。何度も練習したというのに、遂に直前のリハーサルでも上手くいかなかったステップが嘘のように踏める。
視界に映る景色がゆっくりと流れていく。ニューロンから発信された電気信号が一瞬で神経を駆け抜けて、指先から足の先の筋肉がイメージと寸分違わず動くのが、手に取るように理解出来る。
もしかして、これがゾーンというものだろうか?もしかして、自分は本番に強いタイプだったのだろうか?
まるで体が勝手に動くかのように、亜希は踊りながら考える。
実行委員の保坂さんがこの町を蘇らせる為にずっと走り回っていたのは、この九十九折町にいる人間ならば、大人も子供もみな知っていた。特に今回の祭りに関しては役所と奥常陸市の人たちも巻き込んで、並々ならぬ熱意で取り組んでいたことは、ただの高校生である自分にも伝わって来ていた。
ただのお祭りのステージなら、こんなに緊張はしなかっただろう。しかし、今回は違う。
小さな頃、祖父の家の前を横切る川に橋を架けてくれたのが保坂さんだった。大好きな祖父にすぐに会えるようになってはしゃぐ私の頭を優しくなでてくれた、気の良いおじさん。だからこそ、応えたかった。
直前のリハーサルでステップが上手く踏めなくて泣きそうになっていた自分に、「亜希ちゃん、とにかく楽しめば良いよ!お祭りなんだから!」と励ましてくれた保坂さんの優しさと熱意に対して、これで応えることが出来たかもしれない。
そう考えながら、景色と思考と体が絵の具のように溶けて混ざる。いつのまにか夢の中で踊っているかのような感覚に陥る。ドンドンと規則的に打ち鳴らされるリズム、綺羅びやかな光の渦。人の熱気。まるでこの祭りの主役になったかのような全能感。陶酔するような恍惚感。
もっと踊れる、もっと動ける。
もっと速く、もっと高く。
もっと、もっと。もっと@%#¥2$????る?
先程まで夢見心地のようだった頭の中に、ノイズが走った。途端に、血の気が引いた。ずるりと、耳の穴から生温かいものが入り込んできた気がした。自分の体なのに、その筈なのに、誰かが動かしているような気がした。
もっと速く、もっと高く。
まだまだもっともっと。まだともっもっともっともっと。もっともっともっともっともっと。もっともっとむもっともっともっともっと。%+÷0@?!!fじ$○>〒〆




