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警視庁陰陽課異聞禄:東京怪奇譚  作者: 渋谷直樹
九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ
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九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ 其ノ伍

 日が落ち始め、神社の広場にはもう気の早い者たちがちらほらと、まだ開店前の屋台やら神楽台やらを楽しそうに、物珍しそうに眺めている。


 地元の若者、高校生だろうか?

 浴衣を着て、カラコロと下駄の音を立てて、楽しそうに友達と写真を撮っている。


 その、如何にも縁日の楽しそうな、これから始まる祝祭の空気の中にあって、境内の隅には、暗く、重く、冷たい緊張が漂っていた。


「やっぱ話にならんな、ツッコむとかそういうの以前やわ。祭具はスーパーで買えるようなちゃちいのばっかやし、なんで独鈷なんかあんねん?

 しかもよぉ見たらなんでか曼荼羅が貼られてるし、それも印刷したようなやつやし。神道なのか密教なのかもあやふややん」


 後に起こりうると思われる事態に対して、どのように立ち振る舞うかを決める為に祭り会場を一通り見て回った祝部は、その杜撰な祭具の用意に随分と苛立っているようだった。


 普段は不良警官とも言える遅刻欠勤上等な彼女だが、腐っても滋賀の何某という由緒正しい神社の生まれ。神を招くのだというのにあんまりな行いに、憤懣やるかたないという気分なのだろう。


「お願いします来てくださいなんて言われてやで?来てみたら100均の紙皿と割り箸でもてなされたようなもんやん?そんなん神様激おこなるに決まってるやろ」


「....はい、こちらも何と言ったらいいのか、どこから話せばいいのか。まず神楽に関してですが、原典などのようなものはろくに残っていなかったとか。

 辛うじて見つけた断片を元に街の振付師に補完を依頼したのが、今回の神楽のようです」


同じく、禰宜原も呆れや苦言を苦笑いで何とか蓋をして、自分が見聞きしたものがどれほど杜撰であったかを語る。


「山岳神事では山伏神楽が一般的なのに、今回はどちらかと言うと巫女神楽に近いものに見えます。獅子頭や神楽面も見当たりませんし。恐らく、見栄えの問題でそうしたのかと。

 式次第に関しても、奥常陸市の神職が監修をしたというのが本当なのかどうか….例えば、戦神への奉納相撲や裸祭りのように、生の気の発露を感じられれば良しとする。という相手ならば希望はあるのですが」


「....今回は祀られているのが何かすら分からないので、希望的観測はやめておいたほうが良さそうです」


「....最悪、ケツ捲って逃げなあかんかもな」


 死ぬかもしれない。神が怒り狂い暴れれば、人などというものは紙くずとさして違わない。


 職務を全うして殉職なんてして、更にそれを美談のように語られるだなんて御免被る。


 生きてこそだ。怪異を祓うのも、人を守るのも、自分の命を守れてこそだ。自分の身も守れないのに、どうして他人を守れようか。


「....流石に考えたくは無いですが」


 ────暗幕にでも包まれたかのように、重く淀んだ空気が二人を覆った。


 腹を開いて、閉じただけ。手の施しようがない。それを確認しただけ。

何となくの予感を、事実として浮かび上がらせた。覆りようがない事実に。


 そうやって、禰宜原と祝部が暗い顔をしていると、ぬぅっと影がさした。


「なんだよ? お通夜みたいな顔して。どうせ出番までなんもできねぇんだし、取り敢えず楽しもうぜ?」


 九折牛(つづらぎゅう)なるブランドの真贋不明の串焼きを両手に持ち、ほふほふと頬張りながら、むっつりとした空気を撒き散らす同僚達に声を掛けた。


 そう、現時点でできる事と言えば、この祭りの状況や、そこから推測できる最悪の事態を想定すること。


 準備だけ。


 もう祭りは始まるのだから、止める事も変えることも出来ない。何かが起きるまで待つ。


 そして、ここまでであれやこれやと考えた事が、杞憂に終われば万々歳といったところであろう。


「....せやなぁ、この祭りがろくでもない。それが分かってれば十分やわ」


 ふぅっと溜息とともに諦めを外へ追いやり、カレンが持っていた串焼きを「それちょうだいな」といってパクっと頬張った。


「そうそう! こういうのは楽しまなきゃ損だぜ?」


「....それもまぁ、そうかもしれませんね。では、僕は一旦ここまでで分かった事を佐々木さんに報告をします。ついでに焼きそばでも買っていこうかと思います」


 先程までの暗くむっつりとした空気が霧散し、秋の程よくカラッとした風が通り抜ける。


 祭りの風がそよそよと。


 ◇◇◇


 地図、おはじき、形代、磁石。五十音と鳥居の書かれたボード。札やら護符やらがべたべたと貼られ、何某かの方陣のようなものが書かれた土台。


 組み上げられた霊盤を前にして禰宜原の報告を聞く度に、月島のつるりとした柔らかい肌に刻まれた眉間の皺は、海溝のようにその深度を増していく。


「....なるほどなぁ。なにかは起きる。そう思っていた方がいいな」


 バックドアを開け放したハイエースによりかかりながら、焼きそばを頬張って静かに報告を聞いていた佐々木が結論をまとめた。


「はい、現在も猪熊さんと祝部さんが警戒しつつ会場を見回っています。僕もすぐに戻ろうかと」


「あぁ、そうしてくれ。俺は茨城県警の神職部隊に話を通しておく」


「こちらも、先ほど連絡を入れた、比良坂修玄ひらさか しゅうげん氏門下の山伏部隊『修験衆』(しゅげんしゅう)が、いつでも動けるとのことです」


「....比良坂修玄か、確か蟲毒事件の第一発見者だったか?」


「はい、土蔵の『笑う蟲毒事件』の初動を行った方です。もう第一線は引退されているので、今回はそのお弟子さんたちです」


「そうか....なら、希望は見えてきたな。よし、それじゃあ禰宜原、お前は会場に戻れ、月島は引き続き霊場の観測だ」


 祭り囃子が聞こえたのをきっかけに、三者三様に己のすべきことをするために、行動を開始した。


 山の時間となった神社に、ぽつぽつと人が集まり始めた。

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