九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ 其ノ肆
若い宮司だった。
参道を上り、屋台を抜け、境内の近くに設営された仮設テント。現場を回るならば、兎にも角にも責任者への挨拶をということで訪ねた宮司は、まだ三十路前半辺りといったところか。
確かに、近年の記録では最年少の宮司就任は二十四歳だと記憶しているが、それでも若い。禰宜原も祝部も、この若い男は禰宜か権宮司だろうか?と思っていたので、まさか宮司だとは。
「いやはや、お待ちしてました。宮司の関口と申します」
ペコリと頭を下げたこの若い宮司は、先代の宮司が急逝し、起死回生の町おこしの祭りも計画されているということで、急遽その立場についたと語った。関口宮司は普段は九折町から離れた、奥常陸市の市街にある会社で働きながらこの社を管理しているらしく、手が回っていないのは明白だった。
本来ならその役割を全うするはずの社務所は老朽化して使われている形跡が薄く、見れば半ば物置や備品棚のように、酒樽やらジュースの段ボールやらが所狭しと積み上げられていた。
「なぁなぁ、ネギちゃん。私な、杜撰やいうても神様招くんやから、ちょっとはちゃんとしとるやろ? なんて希望をカス程度には持っとったんやけどな?」
「こら無理やわ」
死刑宣告だった。
何かが起きる。それは予感ではない。確信だ。
「....佐々木さんに報告しますか?」
「まだやな。こんなん掘ればなんぼでも出て来るやろ。私らがどない動くか算段ついてからやな」
「僕は段取りを確認してきます」
「私は祭具やな、適当に回ったら境内で落ち合おか」
既にどこか品定めをするような目つきで、屋台の並びや祭りの準備に追われる人々を眺めているカレンに軽く手を振ると、祭具が並べられたテントの方へと、ゆっくりと歩き出した。
◇◇◇
意外にも、バリアフリーだった。
緩いスロープが入り口まで伸び、押してもらわずとも上がることが出来た。
しかし、入ってすぐ玄関には段差があったので、結局は一人で入ることはできなかった。
九折町公民館。
この祭りの実行委員と役所の町おこし担当者が待機するこの後方基地で、果たしてどの程度の成果が得られるか。
開け放した扉のすぐそこに、その顔ぶれは確認出来た。
丁度バレーボールのコート一つ分と、せり上がった舞台が一つ程の、何の変哲もない、ほのかにニスの香りを漂わせる板張りのフロア。
古びた太鼓やら何かのケーブルやら、獅子頭やら、出したものの使うことがなかった仮設テントの天幕やパイプが転がっていた。
そこに、法被にサラシ、股引に直足袋、禿げ上がった頭に下腹の出た、威勢の良さそうな男がいた。
陽気で、声が大きく、そこにいる面子によっては眉を顰めるような下世話なジョーク。
赤ら顔だった。
既に十分な量の酒を飲んでいるらしく、床に転がったパイプを跨ぎきれずによろめいた。
「あぁ〜、どうもどうも、警察の方?」
ちらりと車椅子の月島を一瞥すると、直ぐに佐々木に視線を移す。
「警視庁陰陽課の佐々木と、こちらは月島です。お忙しい中失礼します。いくつかお伺い出来ればと」
五芒星の書かれた手帳をサッと見せ、しまう。
「あぁもう! 全然大丈夫ですよ? いや〜、しかし困っちゃいましたよ。文化庁の人が突然現れて祭りを中止しろだなんて言うんですから。
もう随分前から計画してたし、準備だって進んでたから、もっと早く言ってくれればよかったんですけどねぇ? 役所だってそうでしょ? ねぇ、桑波田さん?」
そう言われて、少し離れた位置で祭り会場に運ぶ氷やら予備のマイクを数えている線の細い男に声を掛けた。
桑波田と呼ばれた男は数を数える手を止めて、佐々木達に気がつくと、やや緊張した顔でワタワタと近づいてきた。
「ええと、はい。そうですねぇ、なにぶん会場になる神社の宮司が急逝してしまったりで、まぁ、何分バタバタとしておりましたので、はい、多少の不備はあるかもしれませんが、その、地元のご老人の方々からも伝承やら口伝やらのご協力が得られたお陰で、何とか形には出来たんじゃないかと」
「....そうですか、因みに、文化庁からの勧告の部分はどうなされましたか?」
一手。
「えぇ! それはもうバッチリやっておりますとも!」
「....というと?」
「あ〜、ほら、ね? 桑波田さん?」
「えぇ、はい、祝詞に関しては我々は素人ですので、奥常陸市の神職や大学の方にも協力していただきまして」
桑波田が躱す。
「私からも一点よろしいでしょうか? この関口宮司という方はずいぶんお若い方なのですが、以前は何をしておられたのでしょうか?」
二手。
「あぁ! 関口くんね! 彼は東京にいたんだけどね、地元の危機ということで戻って来てもらったんですよ! 男気のあるやつでしょう?」
保坂が割って入った。
「そうですか、では神職としての階位はどの位でしょうか?」
三手。
詰める。
保坂の後ろに隠れた桑波田を。
「階位ですか....すみません、何分私はこれまで土木課が長かったもので、その辺りには疎くて....聞いたはずではあるのですが…」
詰まった。
桑波田がオロオロとなり始め、額には汗が浮かぶ。
佐々木が割って入った。
「ははは、今日は取り調べに来たわけではないですから、大丈夫ですよ」
ほっと安堵の吐息の音がした。
しかし。
「ただ、うちの隊員が警備をするので、もしかしたら祭りの進行の最中にお邪魔をしたり、宗派や手順が違う祓いを行ったりするかもしれませんが、よろしくお願いしますね」
つまり、仕事の邪魔はしてくれるなよ?
そう、釘を刺した。
にこやかな笑顔の奥にある、獣の瞳。
ヒュッと、息を呑む音が聞こえた。
「じゃあじゃあじゃあ、話がまとまった所で、折角だしどうです? ご一献」
陽気な地元有力者という仮面を被り直した保坂が、手に持った日本酒のラベルが貼られた瓶を突き出す。
「職務中ですので、ご厚意だけいただきます」
ペコリと頭を下げ丁重に断る。
「お嬢さんはジュースで良かったかな?」
少しだけ屈み、視線を合わせつつ聞いた。
「....いいえお構いなく、"二十八"の成人ですので」
一瞬だけ祭り会場から流れる、リハーサルの太鼓の音が聞こえた。
「....これはこれは失敬! いやはや、最近の若い人たちは年齢よりずっと若く見えますからな」
保坂の掻き消すような笑い声をやんわりと受け取り、それでは我々はこれで。
そう告げて、公民館を出る。
揺すってもつついても、もう何もないだろう。
ここに、俺たちの仕事はない。
◇◇◇
公民館から駐車場までの、直ぐ脇には用水路の流れる道を、車椅子を押しながら歩く。
「そういえば、お前確か二十七だろ?」
「三月ですから、年度でいえば二十八です」
珍しく、憮然とした顔をしている。
何某かの、気に障ったのだろう。
「.....そうだったな」
さて、祭りの実行役がどのようなものかは、よく分かった。
「…こういうの、昔は文化庁がちゃんと止めてくれてたんだけどな」
後は祝部たちが何を感じたか。
「....一応こちらへ来る前に、近隣の神道系登録退魔師に応援の要請をかける可能性があると伝えましたが、他にもスクランブルが可能な術師がいるか、確認します」
カレンの呟いた獣臭が、薄っすらと漂ったような気がする。
「頼んだぞ? うちのは誰か近くにいるか?」
「黛班が栃木で対応をしているそうですが、こちらは手こずっているようです」
「わかった。俺達で何とかするしかないか....」
刻々と沈んでいく夕日が、人の時間から、山の時間へと、変わろうとしていた。




