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警視庁陰陽課異聞禄:東京怪奇譚  作者: 渋谷直樹
九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ
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九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ 其ノ参

 無精髭のように枝を伸ばした木々が作る参道。青々とした苔がフジツボのようにこびりついたのを、急いで洗い落としたような跡のある鳥居。山裾の、本来ならそれなりの歴史を感じさせるような、謂れなり由来でもありそうな神社。辛うじて、名前だけは伝わっている聖域。


 本殿から少し離れた所には、裏手の雑木林なのかそれとも山の一部なのか、曖昧な立ち位置に小さな祠がポツリと寂しそうに佇んでいる。


 お山と人とを繋ぐ筈の仕事をしていたその祠も、今では山の一部か何かのように、ズルズルと、人から離れようとしていた。


 ◇◇◇


「カルメ焼き」「ベビーカステラ」「リンゴ飴」

 色とりどりののぼりが並び、火の確認やらガスの確認やらで試し焼きをしたりして、甘かったり塩っぱかったり、一足先に胃袋が小躍りを始めそうな匂いを立ち上らせる。ふわりふわりと祭りの賑わいを予感させている、その先にある中央の広場。


 太鼓を打つ若者達がリハーサルをしたり、それに合わせて舞手が軽く合わせたりと、正午と夕暮れの間の、まだ人の時間の会場は、本番を待ちわびているような興奮と、町の興亡を占うこの祭りの成否に対する、密やかな緊張を孕んでいた。


 そこに、異邦人が来た。参道に上がる石段から少し離れた、石灰で引いたラインで仕切られた急拵えの駐車場。


 砂利の敷かれた地面を踏みしめて、黒塗りのずんぐりとした図体の、佐々木班のハイエースが祝祭の音と匂いを避けるように、どっかりと腰を下ろした。


 ガラリとドアを開け、窮屈に押し込まれていた体を労うように、カレンが大きく伸びをした。祝部に禰宜原に、佐々木もゾロゾロと降りて来て、伸びをしたり祭りの方向を確認したり、月島の降車を補助したり。


 風に運ばれてきたソースや醤油の香にお腹が減っただのいい匂いだのと、観光客のような会話が流れていた。同じく、着いたら何を食おうだとか話していたカレンが、不意にすんすんと鼻を動かした。


「....獣クセェな」


 平穏な、賑やかな、祭りの匂いに混じってもう一つ。


 じいっと…臭いを見極めるように、祭りの方向を睨んでいた。


 ◇◇◇


「俺と月島は実行委員と役所の人間に聞き取りをして来る。現場は頼んだぞ」


 本来ならば、こういった祭りだの神事だのといったものは、運営本部が敷地内や隣にあるようなものだが、事前に地図を確認した限りでは、少し離れた公民館を本部としているようだ。


 この山間の神社の直ぐ側は雑木林だったりそのまま山に繋がっていたり、直ぐ隣も整備の行き届いていない空き地らしく、丁度使えそうな大きさと利便性を考えると、そうせざるを得なかったらしい。


「....山間部の神社とは聞いていましたが、移動に難儀をしそうですね」


 スカートに隠された、弱々しく車椅子に横たわる細く白い自分の足に対して、ちらりと疎ましげな視線を向けた。それを誤魔化すように。


「資料をまとめたタブレットを禰宜原くんに渡しますので、疑問や共有事項があればいつでも連絡してください」


 と、いつもの折り目正しい職務の顔に戻っていた。


「ほんなら、私らもぼちぼち行こか。祭り見物して、そんで温泉にでも入ってちゃっちゃと帰りたいもんやな〜」


 鬼が出るか、蛇が出るか。怪異が出るか、それとも神が出るのか。


 きっと、何も出ない。何も起きないことを、ただただ、祈るばかりである。


 豊穣と、繁栄を運ぶはずの秋の風。


 祭りの匂いと、獣の臭いが溶け始めた。


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