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警視庁陰陽課異聞禄:東京怪奇譚  作者: 渋谷直樹
九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ
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九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ 其ノ壱

「文化庁 霊的文化保全部 術式監査課」、通称「霊保課」の、映像機器が所狭しと押し込められた部屋に、ザリザリという、耳障りなノイズ。


 スチールラックに鎮座したブラウン管のテレビ画面に、横殴りの雨のような線が走る。


「うわ、画質悪ぃ....最高じゃん」


 VHSデッキをカチャカチャと弄りながら、記録・映像媒体担当官の矢守晃やもり あきらが嬉しそうに呟く。


 彼の目の前には、1990年代初頭のものと思われる、一本のVHSテープ。

 ラベルには、ただ【極楽万世会・談話】とだけ記されている。


 ノイズの向こうから、一人の男が浮かび上がる。

 柔和な笑みを浮かべた、知的な中年男性。

 画質は悪いが、その穏やかな声音だけは、奇妙なほどクリアに記録されている。


「あなたは、神を信じていますか?」


 ────おっと失礼、いきなり不躾な質問でしたね。


「この世界には、人知を超えた“何か”は存在する。そう、信じています。ですがそれは、人々が言うところの『宗教』とは、実は何の関係もないとしたら、面白いと思いませんか?」


「なぜなら人間とは、空白に耐えられない、唯一の生き物です。理解できぬものには名を付け、制御できぬものには物語を与える」


「雷に神の名を、病に鬼の名を、そして、自らの死の恐怖には、天国と地獄という物語を。そうやって、“分かった気”になって安堵してきた」


「祈りとは、神への嘆願ではありません。秩序なきこの世界に、物語をよこせ、という、人間からの“要求”なのです」


 その瞬間、男は初めてカメラの奥を真正面から見据えた。


 真っ直ぐと、語りかけるように、見透かすように。


『故に、神とは人の道具です。我々は、神を崇めているのではない。神を、“使役”しているのですよ』


 ◇◇◇


 うねうねと、まるで蛇かミミズがのたくるように、どこまで酔わずに来れるかな?と挑発でもしているかのように、深い山の中に切り開かれた道路を、一台の黒のハイエースがえっちらおっちらと登っていた。


「....以上が、文化庁霊保課ぶんかちょうれいほかからの事前報告です。儀式内容の不備、記録との齟齬、地元神職の後継不足。霊的監査官の名倉宗成なくら むねなりと民俗学協力者の宮地陽菜みやじ はるなが監査し、延期を勧告済み……ですが、祭事は予定通り強行されると」


 霊場の観測やら現場のサポートの為に用いる機材を積み込み、思いのほかに重量が増してしまった車体の中、タブレットに書かれたお役所仕事特有の回りくどい資料をスラスラと、端から聞く気の無いカレンや、ぼんやりと外を眺めている祝部でもわかりやすいように、読み上げた。


 窓の外には、秋の装いでもそろそろ始めようかしらと、赤やら黄色やらの晴れ着へ着替えをし始めた風景が広がっている。


「不備を抱えたまま祭事を行えば、“本来降ろしてはいけないもの”が反応しても不思議ではありません」


 由緒正しい、群馬のなんとかという神社の跡取り息子。神童だの天才だの俊英だのと言われ、英才教育を受けてきた禰宜原からしてみると、先ほど月島が読み上げた報告、不備も不備、穴だらけ、不足だらけの中で祭事を行うなど、狂気の沙汰か何かのようにも思えるのだろう。


 しかも、この祭事は豊穣を感謝したり、地脈を鎮めたり、神や土地へお伺いを立てるような類のものではない。

 

山の神を出迎えて、歓迎し、接待し、そして満足してお帰りいただく。そういう類のものだ。


 それであるのに、口伝の歌も散逸し、歓待するための神楽は失伝し、司会者や饗応役のような役割を果たすはずの神職も、後継不足で源流がどこにあるのかも分からなくなっている。そんな状況だと聞けば、ピリつくのも仕方のないことだろう。


「神様ってのはまだ殴ったことねぇな~。殴れる相手だったらいいけどよ」


 串に刺さった大きな大きな「でっこみ団子」を頬張り、フンフンと鼻を鳴らしながら、果たして怪異とどう違うのか?もしかしたら、大して違わなかったりするのかもしれないな、などと軽口を叩いて、禰宜原から「不敬ですよ?」だのと諫められていた。


「しっかしホンマ、なんでウチらなんやろね。神楽やったら黛ちゃんのとこの方が専門やし、神様やったら羽柴さんのが詳しいやろ?」


 助手席でほぅ....っと、コンビニのドリップコーヒーを両手に持ちながら、ふっと浮かんだ疑問を口にする。ともすればいつものボヤキかとも取れるかもしれないが、彼女の疑問もまた正しかった。


 黛班であれば、演武や演目に見立てて怪異を退治・封印する儀式法祓い(ぎしきほうばらい)を得意とするので、歌舞伎や能の家系の出身の者や、神楽だの舞だのの知識が豊富な隊員だって多い。


 それに対して我らは、荒事揉め事上等の、少数精鋭の便利屋部隊佐々木班。確かに、この狭いハイエースの中で雁首を揃えて移動している連中は皆、一騎当千の精鋭揃い。


 なのだが、素行不良、半グレ出身、憑霊などなど、祭事の場には些か不釣り合いな班であろう。いつだったかの、ボロい雑居ビルだとか、廃病院だとか、そういった現場が似合うというものである。


「....今回は“民間行事の警備”扱いだからな。黛たちじゃ威圧感が強すぎるし、羽柴さん達は大がかりすぎるから、俺達がちょうどいい“緩衝材”ってことなんだろうな」


 そう、あくまでも、今回は万が一何かあった時の為の警備扱い。何事もなく、揉め事もなく、穏便に済ませたいとのことだ。


 黛班の班長である「黛真」は確かに優秀だが、生真面目で融通が利かないところがある。故に、もう開催まで漕ぎつけた、不備だらけの祭事の実行委員と折衝をするなどといった事は苦手であろう。


 陰陽課の頭脳ともいえる羽柴稀千佳に至っては、祭事の不備を放っておく事など絶対に許しはしないだろうから、それこそ実行委員どころか役所とも大喧嘩を繰り広げてしまう。その光景を想像するのは、佐々木にとっても陰陽課上層部にとっても容易な事だった。


 現に羽柴でなくても、年若い禰宜原がもう中止をさせたくて仕方がないといったような、渋い顔をしているのだから。


 祭事や神事に知識や見識のあるものにとって、そう思うのは当然だろう。とはいえそうもいかない事情もある。今回の祭事は町おこしの為に行うということだ。


 茨城の田舎の、これといった特産の無い地域。ふるさと納税の返礼品やら観光名所やらで人を集めることも出来ない地域が、僅かばかりの希望を託して、この地に何かあるかもしれないと東奔西走してかき集めてきた、何かの神様を祀った祭りがあったらしい。という、余りにも心許ない伝承。


 そういった町の事情を無碍には出来ずに、折衷案と言うべきか、妥協というべきか、結果として佐々木班へと白羽の矢が立ったというわけだ。


「つまりはどう転んでも最低限は何とか出来る班、という意味では妥当な判断....ですか。便利に使われていることには違いはないですが」


 と、目的地の現在の地図と、郷土資料館やら図書館などから引っ張り出した、随分古い地図などを見比べたりしながら、月島操が毒づいた。


「余り遠出はしたくないのですが、公務員ですからね」


 と、普段はボヤいたり愚痴ったりしない彼女も、この移動には些か疲れてきているのだろう。


「お嬢、これ美味ぇぞ。食って元気出せや」


 団子の箱を月島に手渡し、自分は早くも3本目に突入している。


「しっかし、ホンマに神様が降りてきたら、面倒いどころやあらへんて」


 バックミラー越しに禰宜原をちらりと一瞥すると、またプイッと衣替えを始めた窓の外の景色へと視線を戻した。


「....文化庁が止めとけっていう時は大体面倒くせぇんだよなぁ」


 佐々木の吐いたボヤキを吸い込むように、まだまだ山は続く。


 その先に広がる黒雲を睨みつけながら、えっちらおっちらと何かの腹の中に飲み込まれるように、山の中へ中へ、奥へ奥へと進んでいく。

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