祈られたフェンス 其ノ終
隅田川の花火大会も無事に終わり、ほっと一安心。というわけもなく、これから次々と始まる祭りやら夏フェスやら、怪談やら、心霊スポットへの肝試しへの対策やらで、どの班もバタバタと動いていた。
そんな忙しそうな空気を尻目に、部室のような、溜まり場のような、ダレた空気の流れる佐々木班のオフィスでは、穏やかな時間が流れている。
ただ、一点だけ違うことと言えば、今もボリボリと麩菓子やら、かりんとうやらを食べている、猪熊カレンの机の近くに山のように盛られたお菓子達であろう。
言うまでもなく、例のフェンスに捧げられていたお菓子達だ。
あれから撤去された供物の一部は、処分に難色を示した商工会からの要請により、佐々木班が一時引き取り処置。千羽鶴やぬいぐるみは“お焚き上げ”という名目で、静かに、適当に、雑に焼かれた。
いつだったかの事件の概要や資料の張られたボードを背にして、手に持っていたタブレットから顔を上げた月島操が、応接用のソファに座る禰宜原に、その後の経過を読み上げた。
「監察課からの後追い確認が入りました。現在、あの場所では特に問題もなく……“何も起こらなかった場所”として、以前と変わらぬ状態に戻ったとのことです」
「……本当に、“何もなかった”んですね」
冷えた麦茶を飲みながら、ほぅ……っと感慨深げに息を吐く。あんなにも焦り、迷い、悩み、八方塞がりかとも思った一件が、「何もなかった」
「ほんま、祈りは時に恐ろしいなぁ。なんも無いとこに、“あったこと”にされてまうなんて」
ゴチャゴチャとした机の上で、ネイルを磨きながら、祝部綾音もまた、ため息を吐いた。
「誰かが“祈った”……それが、誰にも向けられていなかったからこそ、空白に“呪い”が生まれた。……皮肉な話です」
そんな禰宜原の呟きを聞き、ピクリと月島が反応した。自分のすぐそばに佇む、向こう側に体の透けた、看護師。自分に取り憑く霊にちらりと視線を向けた。彼女は、藤原美咲は何も言わない。
「祈りも、呪いも、紙一重……ということですね」
藤原からしたら、月島は患者として見られているのかもしれない。守っているのか、呪われているのか。はたまた、祈られているのか……。
「まぁまぁ、しばらくはお菓子にゃ困らねぇからいいじゃんよ!」
口いっぱいにお菓子を頬張りながらケラケラと、夏の日差しのような笑顔で、湿っぽくなったオフィスの空気を入れ替える。
そう、事件は無事に解決し、何かがあると思われた場所は綺麗さっぱり何もなくなり、めでたしめでたし。皆がドっと笑い、一件落着。
そう、空気が和らいだ、その時。
バシン!!
────祝部の頭に、丸められた書類が振り下ろされる。
「ぎゃん!!」
小さな悲鳴を上げて「誰やオラァ!!」と文句の一つでも言いかけたその視線の先には、どこから現れたのか、いつの間に現れたのか。
「……で? 逃げた分の書類仕事は、“なかったこと”にはならんぞ?」
丸めた書類を片手に腕を組み、呆れた顔をした、班長・佐々木新であった。
「げぇええ!? でも、ええことしたやん私!? 未然に防いだで!?」
「はいはい、俺はそれでもいいけどな、羽柴さんが“書類じゃなく、直接話を伺いたい”そうだ。たっぷり、な」
「なんでやあぁぁぁ〜〜〜〜!! 私、ええことしたのにぃいい!!」
◇◇◇
フェンスに挿されていた、最初の“花”。
今はもう、そこには何もない。
ただ、夕風が吹き抜け、何も起きない日常がそこにある。
空白には、祈りが流れ込む。
そして、祈りとは……期待と願望と、未練の別名に過ぎぬ。
……人は、それを“善意”と呼ぶのだ。
ひとまず、これにて「祈られたフェンス」は終幕となります。
悪意のない、善意が無秩序に広まっていく気持ちの悪さ。
皆様如何だったでしょうか?
また、次なる事件を思いついたら、再びお会いいたしましょう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回もまた、楽しみにしていただければ幸いです。




