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警視庁陰陽課異聞禄:東京怪奇譚  作者: 渋谷直樹
祈られたフェンス
11/31

祈られたフェンス 其ノ拾

 塩を撒き、柏手を打ち、揺らぎや歪みが無いかを視る。

 糸を張り、鈴を鳴らし、何かが掛からないかを視る。


 ...

 .....

 ........


「ま、やっぱり何も起きんわな」


 予想通り、分かっていたこと。だからもう一度こうやって足を運んでいる。「ここには何もない」それを確認するように。思った通りの結果が出て肩をすくめた。


「....悪意も、怨念も、ここには“核”として存在しない。むしろ、“信じられた存在”になろうとした何かが生まれかけてる」


 考え方を変えなければいけない。いつも通りの怪異対処ではなく....この場合は一体何にあたるんだろうか?


「こういうんは....鎮魂でも浄化でもなくて....解体?でも呪詛ちゃうから、“切断”言うんが近いんかな....でも、誰とも繋がってへんし....って何から切り離すねん!」


 なんでやねんと、虚空に向かってノリツコミをしながら、祝部綾音もまた、この祭壇の特異性を前に、どうしたものかときっかけを掴みあぐねていた。滋賀の神社の家系の生まれである彼女もまた、怪異が由来の出来事と、神性を帯びたものを前に感じるものとの違いは知っている。


 しかし、この祭壇の、何もないのに祈られた、甘ったるい善意の臭いは、経験にないのだろう。


「信仰を与えられた“存在しない死者”....想像の遺体に縋る祈り....由来や本尊のようなものがあれば話は別なのですが、そういったものがこんな場所にあるとは思えませんし....」


 煮詰まっている。

 手詰まり。

 そう形容するのがピッタリなこの状況。


 祝部が付いてきてくれるのならばなんとかなるだろうと、頭の隅で思っていた禰宜原の顔に焦りが滲む。いつもみたいに「こんなんちょんちょんぴってやったら終いやろ~」と言って、過程をすっ飛ばして結果だけ取り出したみたいな、そんな非常識な祓いをしてくれるだろう。


 そう、思っていた。


 その祝部ですら、自分と同じように頭を抱えてうんうんと唸っている。


『....にしてもよぉ、置きすぎだろこれ』


 停滞した、淀んだ空気を壊すように、にゅうっと猪熊カレンの声が顔を出した。

腕を組み、まんじりともせず唸っていた、禰宜原と祝部の間に割って入ると、食べた。


 祭壇から、供物から、祈られていた、誰かの為に捧げられた、”チョコ丸くん”の箱を開けて食べ始めた。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょお待ち!?!?カレンちゃん!?それ食うなや!!変な呪詛でもかかってたらどないすんの!?」


 大慌ての祝部が、カレンが手に持って食べ始めたチョコ丸くんを払い落とそうとするが、届かない。まるで駄々っ子のように手をぶんぶんと振るばかり。


「ま、まさか祀られているものに対してそんな....」


 顔面蒼白、失色惨然、ありえない....。祓うでもなく、浄化するでもなく、食べてしまうなど。まだ何があるかもよくわかっていないのに、祀られたものを食べてしまうだなんて。


「これ、まだ溶けてねーし。なんならそっちのラムネ、まだ冷えてるぞ?置かれたのついさっきだろ?ってことは、まだこの“祭壇”、更新中だな」


 ボリボリと小気味の良い音を立てながら、今度は「これ好きなんだよね~」とか言いながら、桃ジュースを開けてゴクゴクと飲み始めた。


 呆然と立ち尽くす禰宜原と祝部の頭の上を、まるで小馬鹿にするようにカァカァとカラスがせせら笑っていた。

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