終末の釣り人達
「もの好きだな、爺さん」
曇天の空が地平線の彼方を覆い始め、最早一年がたった。
あらゆる災厄と悲劇が世界を支配したこの世界の片田舎で釣りをしに来たのだが、どうやら珍しく先客がいたようだ。
「お前こそ、こんな端っこの村の片隅に何しに来たんだ?村の人間でもないだろうに」
私がこの初老の男を変人と思ったように、この初老の男も私を変人と思ったのだろう、警戒した目をこちらに向けた。
「釣りだよ、釣り」
そう言って私は腰を下ろし釣竿の準備を始める。
エサの代わりに磁石つけて浮きを飛ばした。
「目当てはなんだ、爺さん」
「・・・お前の獲物とは関係がないから、安心しろ」
初老の男は振り向かずに答える、どうやら磁石をつけていたのを見られていたらしい。
「ふーん」
この世界で釣りをする、そんなのはただのもの好きだ。
核汚染で海は汚れに汚れた、魚は死んだか、適合したか、そんな魚を人が食べれるかなど聞くまでもない。
では、私は?
簡単な話、ただの泥棒だ。
ここは潮の流れであらゆるものが流れてくる、ガラクタからお宝まで。
「爺さん、飯は食ったか?」
バックからおにぎりを取り出して初老の男に一つ差し出してみる、こちらを見やると少し驚いたのか目を見開いている。
「・・・いらん、若いもんが食え」
「いいんだよ、こう見えて稼いでるからな」
押し付けるように初老の男の隣に置き、すぐ持ち場に戻る。
成果としては今日は大漁だ、魚じゃないけど。
「・・・すまん、いただく」
武士かよ、と内心呟くが、何かとこの初老の男についてとても気になっている。
先ほど隣に立った時、魚の餌らしきものはなかった、かと言って俺と獲物は違うというなら、この男はなぜこんな場所で釣りをするのだろうか。
「・・・飯代だ」
いつのまにか初老の男は私の隣に立ち、高級そうな腕時計をこちらに差し出している。
「そんなのええのに、それよりこれ結構高値で売れるぞ、売る場所でも紹介しようか?」
「・・・こんなのは別にいらん」
「ふーん、ほなありがたく貰っとくわ」
腕時計を受け取ると、初老の男は持ち場に戻る。
魚でもない、ガラクタでもない、となれば。
「爺さん、どこ住んでんだ?」
「・・・そこの村だ」
「じゃあ、その前は?」
「・・・ここから北の方にある港街だ」
「ふーん、いつ引っ越したんだ?」
「一月程前だ」
そこで会話は終わる、なるほど、つまりは。
あたりが薄暗くなり始めた頃、帰り支度を始める、初老の男は水平線の彼方をただじっと見つめていた。
「爺さん、あんたの獲物、ここじゃもう釣れないと思うぜ」
初老の男の隣に立ち、水平線の彼方を見つめてみる。
「・・・どういうことだ」
「この辺りは海流の関係で多くのものが流れ着く、そして、一般的に海底の海流は上層の海流より遅いが、ここは少し特殊で海底の方が流れは早い」
「・・・」
初老の男は黙って海の底を見る。
「そろそろ、あんたの獲物がうまくいけば浮いてくる時期だろうが、浮いてくる場所はもっと南の少し突き出た岬のあたりだろう」
初老の男は変わらず黙って海の底を見る。
「よければ送って行こうか、岬には灯台もある、そこで雨風は凌げるはずだ」
初老の男は黙ったまま口を開かない。
「・・・余計なことを言ったな、じゃあな爺さん」
「・・・ありがとう、青年、ありがとう」
そんな老人を見て、私は少し後悔した。
ボロボロの車に釣り道具を詰め込んだ。
ふと桟橋の方を見れば釣竿だけが残されている。
海流はただ南に、あの男を運ぶだろう。
ちょうど、浮かぶ頃に会えるだろうか。
そうして私は壊れた腕時計を身につけた。