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第7話 婚約

 春になった。


 積もっていた雪は解け草木が芽吹く。


 前世では始まりや出会いのシーズンであり、それはこの世界でも変わらない。


 俺は領地に訪問したことが無いので分からないが、恐らく今月から王立学院に通う子どもと3年間の別れを告げている領民も居るのだろうか。


 俺はと言うと前世を思い出す季節だ。


 俺が居なくなった後、会社はどうなったのか。


 両親は悲しんでいないだろうか。


 美咲は―――


 今更考えたところでどうしようも無いことばかり思い出してしまうのは、やはり俺の前世の名前が春だからだろう。


 この季節だけはどうしてもナイーブになってしまうのは仕方が無い。


 そんなことを書庫にある窓際の机で考えていると日差しが部屋全体を覆い暖かくなってきた。


 まるで俺に1人じゃないと伝えているようでもあった。


「ふぅ。外行くかぁ」


 気分を変えるために外で読書をすることにした俺は、読みかけの本を一冊持ち出し、書庫のドアを開けて玄関へと向かう。


 書庫のドアの前で待機していたリーヤが俺の後ろに続く。


 気分は、まるで医療ドラマの大名行列みたいだ。


 リーヤしかいないが。


 別邸の両扉を開け外を出ようとするとリーヤが俺の後ろから音を潜ませて俺よりも先に扉を開けた。


 以前までのリーヤであれば慌てふためき扉を開けていただろうが成長したものだ。


 メイドとして成長し護衛としても王国流騎士級の実力。


 それに比べ主の俺は、貴族らしいことは何もしたことはなく、剣術も肉体が成長していないから上手く扱えない。


「はぁ」


「……?いかがなさいましたか?」


「なんでもないよ~」


 これ以上、比べてしまうと惨めな気持ちになると思った俺は、考えを止め別邸の庭に設置されている東屋のような場所でくつろぎながら本を開く。


 書庫にある本は粗方読んでたが、『魔物の生態』の本はいつ読んでも面白い。


 この本を読んでいる時だけは、この世界が本当に異世界ファンタジーなんだということを実感する。


 冒険者が置いて行った魔物の死骸を吸収するスライム、家畜を食い殺すレッサー・ウルフ。


 他にもゴブリンやスケルトン、オークなど様々だ。


 最も知りたいドラゴンについては、情報が集まっておらず曖昧な表現のみだが。 


 だがどれも就寝前に語ってくれたオリヴィアの冒険譚には優らない。


 いつか彼女の物語を本に書きたいと思う今日この頃だ。


「ラウル様。こちらに誰かが向かってきております」


「ん?」


 俺が本を読みながらオリヴィアとの思い出に浸っているとリーヤがこちらに誰かが向かっていることを教えてくれた。


 別邸に住んでいるメイドかと思ったが、彼女たちは夜遅くに帰ってくることが多いため違うだろう。


 オリヴィアも2年前に別れたばかりで15歳の約束はまだ先だ。


「リーヤ。今日って予定あったっけ?」


「いいえ……何も無いはずですが……」


「ああ、気にしないで」


 リーヤもどうやら知らないないらしく悲し気な表情を見せたため俺は慌てて気にしないように言った。


 誰だか知らないが、リーヤを泣かせた野郎は許さない、という決意の元こちらへと近付いてくる存在を出迎えた。


 現れたのは少女だった。


 背中まで伸び、髪先がクルクルとねじれている赤髪、年相応の可愛らしい顔をしている。


 野郎―――いや少女は息を整えた後、俺を睨みつけながら叫ぶように大声を上げた。

  

「はぁはぁ。あなたがラウルね!」


「う、うん。そうだけど」


「ふん!弱そうわね!あなた、本当にオリヴィアのお気に入りなの!?」


「仰る通り僕は弱いけど―――って、オリヴィアを知ってるの?」


「当たり前だわ!Sランク冒険者のオリヴィアを知らない人はいないわよ!あなたの後に私のところに来たのは気に食わなかったけど話は面白いし分かりやすい!そして何より強いのよ!私よりも何倍も!」


「わ、分かったから。落ち着いて?」


「私は落ち着いているわ!」


「収集が付かねぇ……」


 俺は謎の少女のテンションに着いて行けず落ち着くように言ったが、本人は至って落ち着いているらしい。


 何とか聞き取れた話から彼女は、オリヴィアのファンらしいことが分かった。


 やはり英雄であるオリヴィアは貴族の子息、令嬢の間では人気なのだろう。


 それが成長して大人になると権力的に操作することが難しい相手だということに歯噛みするのだろうか。


 そんなことよりもどうやら俺はオリヴィアのお気に入りらしい。


 逆にエルフ族にまつわるらしい腕輪とキスまでされて他の貴族の子息と一緒と言われたら落ち込んでいたところだ。


 俺は左手に嵌めた腕輪を撫でながらオリヴィアのことを考えていたからか、別れ際のことを思い出し顔が熱くなっていることが分かった。


 少女は俺が左手に付けている腕輪に気付くと驚いた表情をしながら俺に尋ねた。


「あなた、オリヴィアのこ―――」


「レヴィア様ーッ!」


「あ、クラウ!」


 少女が何か俺に言おうとした時、少女がやって来た方角、正確にはカーヴェル家の本邸の方から走しりながら誰かを呼ぶ声が聞こえた。


「はぁ、探しました。全く、若旦那様が心配なさっていますよ」


「それは謝るわ!それよりもクラウ、こいつよ!」


「レヴィア様。こいつ、ではありません」


「うっさいわね、分かってるわよ!」


「はぁ、やれやれ」


 やれやれ系主人公のようなことを言っている男はどうやらクラウと言うらしい。


 見た目は、この世界で一般的な茶髪に執事服で口調は若々しいが、初老を迎えているぐらいの年齢だ。前世の俺とは違いその肉体は服の上からでも分かるぐらい鍛えられている。


 そして何よりも身長がデカい。


 俺の2倍は言い過ぎだが、とにかくこの場の誰よりもデカく筋肉も凄い暑苦しい見た目の男だ。


 俺はクラウの身体に関心していたが、隣りに控えていたリーヤはどうやら違うらしい。


「……ラウル様。あの男、私より強いです」


 リーヤの言葉を受け今度は剣士として相対した時のイメージをしながらクラウを観察すると何故か戦ってもいないのに冷や汗が背筋に流れ止まらない。


 その緊張感はリーヤと模擬戦を行った時以上だ。


 それはつまり、最低でも王国流騎士級以上の実力者ということになる。 


 俺がクラウを観察していると向こうから話しかけてきた。


「失礼しました。ブレイン家長女レヴィア様の専属執事を務めております、クラウ・ドレイクと申します」


「ドレイクというと王国騎士団長と同じ……」


「ドレイク家の末席を汚させていだいております」


「なるほど……」


 クラウはレイヴァンハート王国の騎士団長の親族らしい。


 彼の出自が分かったことで謎だったことが明らかになっていく。


 クラウが強い理由。


 そして他の貴族を前にして主人と親しそうに会話できている理由が。


 基本的に貴族に使える執事やメイドは、代々同じ平民の一族であることが多い。


 稀に当主や子息などに良くも悪くも見初められ側使いとして働かされることがあるとか。


 どちらにしてもその多くは平民出身であるため通常であれば慣れ親しむことなど無く親子3代仕えてきて初めて認められるぐらいだ。


 王国でも有数の貴族であるカーヴェル辺境伯でも貴族出身の側使いなど居ない。


 つまり目の前の苛烈な印象の少女は、カーヴェル家と同等またはそれ以上の爵位ということになる。


 それらを考えブレイン家という名を改めて考えると王族派閥のブレイン侯爵家が思い浮かんだ。


 何でこんなところに、と理不尽を感じながらも事態を把握した俺は、リーヤに合図を出す。


 リーヤは俺の合図を寸分たがわず理解し俺の後ろへと控えると顔を少し俯かせてレヴィアの顔を直視できないようにした。


 俺は右手を胸に当て少しだけ頭を下げる。


 これはオリヴィアから学んだ貴族の挨拶の仕方だ。


 一応、オリヴィアからは合格を貰ったのだがこれまで他の貴族に使ったことが無いため変に緊張する。


「失礼いたしました、レヴィア様。改めて私はラウル・カーヴェルと申し―――」


「知ってるわよ!あなた私を馬鹿にしたいわけ!?」


「い、いえ。そんなつもりは―――」


「嘘よ!」


「えぇ……」


 俺の初めての挨拶は馬鹿にしていると一刀両断された。


 自信が無くなりそうな程の切れ味に泣きたくなるが、前世から合わせると40年以上生きている俺がこんな子どもに泣かされるわけにはいかない。


 でもちょっと泣きそうだ。


 俺が泣きたいと思ったからか、後ろに控えているリーヤから俺だけ分かるくらいの圧を感じ別の意味で泣きたくなった。


 カオスな状況に対処できないでいるとクラウから救いの手が差し伸べられた。


「あなたがラウル様でしたか。もう少し先からではございますが、お世話させていただきます」


「は、はぁ。もう少し先?」


「はい、ブレイン家への婿入りでございます。正確には15歳に正式結婚なさるまでの花婿修行でございましょうか」


「婿入り……婿入り!?」


 もういっぱいいっぱいだ。

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