第6話 日常
とある戦場にて。
3つの武器が激しくぶつかり合い火花が散る。
遅れて耳を塞ぎたくなるような金属音が辺りに響く。
「おもいっ!」
両手に伝わる衝撃に思わず武器を手放そうとしたが、グッと体を張り何とか寸でのところで耐えた。
背中を伝う冷や汗が止まらない。
ここは戦場、相手に一切の慈悲は無く一瞬の油断が命取りだ。
今の攻撃は、両手で受け止めなかったらやられていたと思わず確信してしまうほどの一撃だった。
「このっ!」
鍔迫り合いになればこちらが負けるのは分かっているためそれ以上受けることなくクロスさせた短剣を前へ押し出し相手と距離を取る。
「ふぅ」
肺に詰まっ息を吐き出し呼吸を整える。
そして二本の短剣を逆手持ちに変え起動重視で腰を低くする。
相手の動きに迅速に対応し手数で押し切る寸法だ。
俺と相手の武器は違う。
相手の武器は、俺の身長より少し小さいくらいの長剣。
向こうの方がリーチは長く一撃の重みは大きい。
対して俺は小回りが利く短剣の特徴柄、手数で圧倒できるが攻撃が軽くなるため相手へのダメージは小さい。
一長一短、リーチの差で俺が少し不利のように見えるが、そんな物は些細なことでそれよりも大きな問題がある。
それは―――
「くっ!(速ぇ…ッ!)」
スピードだ。
長剣を使っているとは思えない速度で俺を攻めてくる。
俺はいつでも対処可能なように構えていたが、それをものともせずにこちらへと突っ込んで来た。
その動作はまるで流れる水のようでどこまでも自然体だったからこそ攻撃の出だしを捉えることができなかったが、只ではやられない。
俺は相手の一閃に何とか体を反応させギリギリのタイミングで躱す――ことはできず左腕で受けてしまった。
相手は俺に対して罪悪感のような表情を見せるが、戦場に慈悲を持ち出すとは甘いと言わざるを得ない。
だが相手が油断しているなら好都合だ。
既に俺の仕込みは完了している。
端から実力差が開きすぎている相手とまともに戦う必要などない。
俺は魔力持ちよりも何倍も弱いため使える物は何でも使う。
それは相手の油断もそうだ。
左腕が使い物にならないというのに冷静な俺を見て訝しんだが、俺の左手を改めて見てその表情を驚愕に染めた。
短剣が一本足りなかったからだ。
俺は左腕で受け止めた時、既に使い物にならないことを見越して上空へと飛ばしていた。
そしてそれは残りコンマ数秒で相手の頭上へと直撃する。
俺は確信して勝利を宣言した。
「ははっ、喰らえ!意識外からの脳天直下だ!」
「……お見事です、ラウル様」
ラウル様、と俺を呼んだ相手は脳天に直撃する直前に長剣を腰元にある鞘に戻した。
そして―――
「王国流奥義『流』」
剣が流れるように意識外からの攻撃に反応し短剣を弾き飛ばす。
これこそが王国流の技にして奥義とも呼ばれる守りの技。
俺には剣術の審美眼は無いが、その剣筋は敵ながら天晴と言う他ない。
「隙だらけですよ、ラウル様」
「うっ……」
目を奪われていた俺に容赦なく剣が叩き込まれ俺の視界は暗転した。
★★★
「―――ル様。ラウル様」
誰かが俺を呼んでいる。
だが、俺は既に屍となった。
誰だか分からないが、俺を読んだところで死人は帰ってこないしただ虚しくなるだけだ。
声からして女だと分かる。
きっと俺が生前、大切にしていた人だろう。
俺なんか忘れて新しい恋をして―――欲しくは無いな。
NTRは許さない!
「はっ……」
「お疲れ様でしたラウル様。今日の剣術の稽古はとても良かったですよ」
「…………」
「ラウル様?」
「ああ、なんでも無いよ」
「当たり所が悪くて記憶を失ったかと思いましたよ」
「かもしれないよ」
「え!?本当でございますか、ラウル様!?」
「冗談だよ」
「え、え?もう!ラウル様!揶揄わないでください!」
「悪い悪い」
オリヴィアと別れて1年と数か月が経った。
現在の季節は冬に入ったぐらいで震える体を暖めるために日課の剣術の稽古を普段とは変えてリーヤとの実戦形式の戦いを行った。
武器はどちらも木製であるが、その重さは実物と変わらず当たり所が悪ければ死には至らないまでも重症になることもある。
こんな危険な稽古ができるのも回復魔法が得意なリーヤのおかげだ。
リーヤと戦ったことはこれが初めてというわけでは無く、オリヴィアが家庭教師をしていた時に何度かあった。
だがどの試合も負けており今回こそはと思ったが、結局負けてしまった。
「はぁ。やっぱり剣術の才能は無いな」
「私はそうは思いませんが……。恐らく体が成長しきってないのでしょう。成人なさる頃には、長剣も扱えるかと思います」
「それもそうか。まだ9歳だし」
リーヤの言葉で思い出したが、俺の体はまだ9歳の子どもであり前世の常識から考えると化物と言える。
だが、俺の実力は少し剣が扱える程度であり魔力持ちの同い年がいれば俺の数段は強いだろう。
俺よりも2歳年上だが、現にリーヤは既に王国流騎士級に成っている。
先程の試合では、騎士級に昇格するために必要な技であり、王国流の奥義でもある「流」を見た。
これまでの試合では、一度も使われたことは無かったためリーヤを一歩追い詰めることができたと思って良いのかもしれない。
もっともリーヤは意識外からの攻撃よりも俺に当てた木剣の威力が強すぎたことに焦っていたが。
何とも言えない感情に襲われたが、それよりもリーヤに言いたいことがある。
「リーヤ。恥ずかしいから膝枕は止めてくれない?」
「ラウル様。賭けはお忘れでございますか?」
「いや、忘れてないけど……」
「ご心配には及びません。現在、別邸に居るのは母のみで他の使用人は本邸に言っております」
「……そうだね」
「そうでございます」
先程見せていた戦士の顔からは思いもよらないほど年相応に可愛らしい笑顔を俺に向け髪を優しく撫でてきた。
俺は恥かしくなり瞳を閉じる。
いつかリーヤをひぃひぃ言わせてやると誓いながら俺は心地良い手触りにいつの間にか夢の世界へと旅経っていた。