第1話 転生
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「おう、お疲れ」
そう言って後輩が先に帰宅した。
ここは従業員が5人の零細企業。
社長と専務は夫婦でやっており、残りは俺とパートのおばちゃん、そしてさっきの後輩だ。
大学を卒業した身だが、就職活動をすることなくボケっと過ごしていた。
だから結局就職することができず、親の紹介で今の職場に就いた。
そこから8年経ち、俺もいまや30を過ぎている。
最近、抜け毛が多くなっており歳を感じるようになってきた。
体力も大学の頃と比べ衰えた。
性欲も枯れ果てた。
「ふぅ」
ようやく仕事が終わった俺は、帰る支度を始める。
鞄に荷物を詰め事務所に掛けられている時計を見ると午後9時を過ぎていた。
今日は割と早く仕事を切り上げることができたのではなかろうか。
明日は久しぶりの休日だし、のんびりと過ごそうと思う。
俺は民家のような会社を後にし自宅まで歩く。
途中、交差点で1組の親子とすれ違った。
「お父さん、今日は楽しかったね!また行きたい!」
「しょうがないなぁ~」
「お母さんも!」
「はいはい。良い子にしていたらね?」
「やったー!絶対に良い子にする!」
会話から察するに会社の近くにある遊園地に行ったのだろう。
微笑ましい場面だが、同時に憧れでもある―――いや、憧れであった。
俺も普通の人生を歩むべく普通に大学を卒業して普通に結婚して子供ができるのだとばかり思っていた。
だが、現実は酷く無情だ。
それも俺が積極的に関わりに行かなかったのが問題なのだろうが。
大学生の頃はWEB小説ばかり読みふけり、外にあまり出ることは無かった。
その習慣は今でも続いており、家に帰って読みかけのWEB小説を楽しむのが毎日の生きがいだ。
右折して来たトラックが来る前に交差点を渡り切り俺は家に辿り着いた。
玄関を開けると家事ができないことが一目でわかるような部屋が広がっている。
俺の自室は相変わらずゴミだらけで掃除をする気力が湧かない。
俺はゴミで埋まった床を進みベッドへと大の字にダイブした。
バネが壊れているため体がベッドの床部分にあたる。
そしてまう埃。
笑ってしまうほどどうしようもない。
俺は、趣味のWEB小説を読もうとベッドの枕元に設置しているノートパソコンを開くとSNSにDMが届いていた。
スパムだと思ったが、念のため確認することにした。
「は!?美咲!?」
SNSを開きDMを見てみると大学から離れ離れになった幼馴染であった。
DMの内容は近況報告と食事の誘いだった。
明日は休みであった俺は、美咲に「行ける」と返信し風呂に入って眠りについた。
★★★
目が覚めた俺は、風呂に入りワックスで髪を整えいかにも仕事ができる格好を作った。
今日の食事会だが、俺の私服はヨレヨレのTシャツと汚れたズボンしかない。
だったらスーツで行った方が良いだろうと思った。
いつもはつけないワックスで前髪をセンター分けにし若者を気取る。
鏡に写る俺には、最近見ることが無くなった笑顔が見えていた。
パンを焼きバターで塗りたくりコーンスープで流し込む。
WEB小説を読むこと以外に俺が幸せを感じる瞬間だ。
だが、今はそれも時間が惜しい。
俺は慌ただしく朝食を済ませると家を飛び出し約束の場所まで走った。
場所は、高校の頃いつも遊んでいた近くの遊園地。
交差点を越えた先にある遊園地目掛けて走るが、途中で赤に変わってしまい止まってしまった。
信号が変わり十字路の右からこちらへと渡ってくる一組の家族。
「お父さんありがとう!」
「良い子にしていたからなぁ」
「お母さんも!」
「全く、あなたは本当に甘いんだから」
「いいじゃないか」
既視感のある会話に昨日すれ違った家族だと分かった。
俺ももしかしたらあの仲間入りを果たすかもしれない。
そう思うと胸が熱くなってくるのが分かる。
親子がこちらへ来ている時、信号を無視して突っ込んでくるトラックが現れた。
親子は気付いた様子を見せない。
「お、おぃ……」
久しぶりに大声を出そうとしたからか、声がかすれて上手く出すことができない。
間に合わないと思った俺は、咄嗟に交差点へと飛び出し親子を突き飛ばす。
いきなり飛ばされた親たちは、びっくりした様子をこちらへと向けたが、俺にそんな暇は無い。
子供を避難させることができなかったからだ。
あぁ、助けるなら子どもにしておけば良かった。
やっぱり俺は出来損ないなんだな。
俺が後悔をしながら一緒に死ぬであろう子供を見つめていると突然、その子供が俺が飛び出した方へ突き飛ばされ、変わるように女性が、それも美しくどこか懐かしい面影を残す女性が現れた。
「ぐっ!」
そして俺たちは、トラックに轢かれ命を落とした。
★★★
―――と思っていたのだが、どうやら違うらしい。
俺の意識は残っている。
「―――!」
もしかしてこれが植物状態なのだろうか。
「―――!おと―――よ!」
誰かの声が聞こえると同時に浮遊感に襲われた。
おいおい。
体重70キロの俺を軽々持ち上げたぞ。
手の感触からして一人だ。
一体どんな面をしているんだ。
そう思い俺は、目を開けるとぼんやりと光が入って来た。
白い部屋の病院ではなく、木製だと分かる部屋だ。
そしてこちらを上から覗く金髪巨乳のどえらい美人さん。
もしかして何かのプレイ中ですか?
俺はその母なる大地を手に取ろうと手を伸ばすと衝撃に襲われた。
「はきゃ?」
俺の手が子猫のようにキュートになっていた。
「何故、泣かないのだ?」
「はぁ、はぁ、確かに不思議ですね……」
「私も見た事がありません……」
どうやら俺が泣かないことに違和感を覚えたらしい。
「おぎゃぁあああ!!!」
俺が赤ちゃんだと認識したからか自分でも抑えることができなくなり、突然泣き出した。
やがて泣きつかれた俺は、泥のように眠った。