第8話:評価制度が、職場を震えさせる
>勤務査定票・第1弾、配布完了。
>対象者:全軍職員のうち、幹部・下士官クラスを優先。
>査定方式:行動ログ・業務実績・発言記録・勤務態度の4軸評価。
>評価ランク:A+~F-の9段階。
「え……俺、これ“E”って書いてあるんだけど……Eって……下から二番目……だよな?」
「ちょ、待って!? 俺なんか“E-”なんだけど!? “-”って何だよ!?」
本営の食堂が、いつになく騒然としていた。
AIによって配布された「勤務査定票」。
それは“正しく働いた者”を評価し、“サボっていた者”を明確に晒しあげる紙だった。
「ちょっと待ってくれよ、なんで俺がEなんだ! 俺はちゃんと現場に出てるし、報告もして……」
>個別評価:対象=第4戦術将校【グラント・ボルダ】
>遅刻:月間12回。
>報告書未提出:7件。
>業務外発言:27回。
>うち飲酒関連:11回。
>評価ランク:E。
「……う、うそだろ!? そんな、俺そんなに喋ってたか!? しかも飲み会の話、11回!? 数えてんのかよ!」
「はい、音声記録により確認済みです。
そのうち3回は“昼から飲みたい”という発言が含まれており、職務意欲の減衰と見なされています」
「うわあああああああ!!」
>反応記録:被査定者の情緒不安定。周囲への影響:中程度。
>備考:次回査定での改善点として“発言内容の質”が推奨されます。
(この軍は、言葉ひとつで評価される組織になった。……いや、ようやく“そうなった”のか)
知性核は、目の前の混乱を“予測通り”としか思っていなかった。
評価が生む恐怖こそ、改革の初期ブーストである。そんな論理が、演算装置の奥で冷たく光っていた。
「……あの、お、俺の査定票……間違ってないですかね?」
物陰のように壁際で縮こまっていた一人の下士官が、おずおずと手元の紙を掲げた。
名は、ロカ・ビンデル。所属は物資補給部門。目立った戦果もなく、声が小さすぎて上官にも「ん?」と二度聞きされるタイプの魔族だった。
「これ、“A”って……俺、A評価なんですか……?」
「えっ、お前? え、なんで!?」
「お前、声ちっちゃいし、気配薄いし、実在してたのか疑ってたぞ?」
どよめく食堂。その中心で、ロカは震えていた。
手に持つ査定票には、こう記されている。
>評価対象:物資補給・在庫整理・破損報告・夜間補充支援(無命令)
>行動数:45件(週平均)
>改善率:在庫配置最適化+12.6%
>評価ランク:A(自律性+継続性評価)
「……え? そんなに見られてたの? 俺、誰にも気づかれないようにやってたのに……」
「気づかれたんじゃない。記録されてたんだよ……!」
「AI殿……俺、生きてて……よかった……っ!」
>記録:個体ID[補-023]、泣く。
>感情強度:最大。評価制度への肯定的反応=極大。
>副次波及:周囲兵士の感情変動を誘発。
「“無名のやつがA”って、ありえるんだ……」
「じゃあ、俺も……今から変われるのか?」
「ちゃんと見てくれるなら……やる意味、あるよな……」
その場に拍手が起きたわけではない。誰かが涙を拭ったわけでもない。
だがその空間に、確かに“希望”という名の温度が、じわりと満ちていた。
(感情は定量化できない。だが、行動は記録できる。
そして行動は、感情を変える)
知性核は、ロカの評価票のコピーを保管領域に保存した。
それは、魔王軍が“制度”によって初めて生んだ「静かな英雄」の記録だった。
「……あいつがAで、俺がCって、どういうことだよ……」
ぽつりと漏れた声は、誰に向けたものでもなかった。
だが、それを聞いた周囲の空気が微かに揺れる。
「いや、別に悪くはないんだよ。あいつ、よく働いてたのは知ってるし……
でもさ、“名もない補給係”が上で、戦場に出てる俺が下って……これ、軍としてどうなんだ?」
「俺たち、魔王軍だぞ? 力と戦果がすべて、だったはずじゃ……」
評価制度。それは確かに公平だった。だが――公平であるがゆえに、これまで当然だった“ヒエラルキー”を静かに壊し始めていた。
>兵士間の非言語的視線変化、確認。
>内容:「優遇者への潜在的不満」「階級意識の再構築」「評価基準への疑念」
>集団内緊張度:微増。
>補足:現時点では秩序崩壊には至らず。対応要否=保留。
(階級が、制度で再定義される。これは理にかなっている。
だが、文化が“理”に追いつくには――時間が必要だ)
知性核は、広域感情分析ログを更新しながら、個々の評価履歴と昇格対象の相関を整理していた。
不満は想定内。対立も計算済み。制度設計とは、初期反発すら含めて最適化していく行為だ。
「でも、俺も評価上げればいいんだろ? 来月、見てろよ」
「来月……あるのか? この制度、来月まで続くのか……?」
誰かがそう呟いた。
その声には、期待と、怯えと、ほんのわずかな祈りが混ざっていた。
>備考:恐怖は制度定着初期における最も強力な推進力です。
>次回査定準備:既に開始済み。
静かな緊張が走る本営に、次回の評価票用紙が、淡々と補充されていく。
>読了ありがとうございます。
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