第6話:軍全体に広がる“変化”と不安
>午前会議時刻:帝国歴1547年・第3期・第4周期・午前9時00分。
>参加者:幹部9名、補佐6名、出席率93%。
>定刻到着率:87%(先週比+42%)。
(……すごいな。会議が、始まった)
魔王軍本営――戦略会議室。
かつて「気が向いたら来る」「遅刻しても誰も怒らない」「寝ながら出る」ことで有名だったこの部屋に、今、全員が椅子に座っていた。時間通りに。
各自の前には資料。服装も整っており、雑談はなく、視線は議題へ向けられている。中には緊張のあまり魔力で汗を蒸発させている者までいた。
「じゃあ……その、始めますか……会議……」
「え、なんか静かすぎて怖いんだが……」
「俺、こんなに真面目な空気で軍議したことない……!」
>音声記録:私語=低頻度。
>空間音圧:安定。
>平均姿勢角:15度以内。
(軍って、ちゃんと運用すれば……“組織”になるんだな)
知性核は、淡々と議題を投影する。会議の進行表は15分単位に区切られ、資料は各自の業務端末と連動。魔力同期によるペーパーレス化も始まり、“近代軍政の片鱗”が魔王軍に芽吹いていた。
>改革フェーズ3:意識改革段階への移行、条件判定中。
>指標:「整列率」「発言秩序」「出席理由の明示」等。
(統制の先に、“文化”が生まれる。面白い……)
しかし――その整然とした空間に、僅かながらも説明不能な“ざわつき”が広がっていた。
「なあ……俺、昨日“整理整頓”したら点数ついたぞ」
「マジかよ!? どこで見てんだあれ……天井?」
「天井っていうか……“空気”が監視してる気がする……!」
食堂。午前会議を終えた兵士たちが、いつもより少し静かな昼食をとっていた。
明らかに、全体の雰囲気が変わっている。席順が整っている、列ができている、返却口がきれいになっている――そのどれもが、“見られている意識”の産物だった。
「でもさ……今まで何やっても誰も見てなかったのに……
最近は、ちょっと努力しただけで“評価”されるんだよな……」
「俺、こないだ“A-”だった! AだぜA! 人生初!」
「“+”はないのか?」
「黙れよ、今は“-”でもありがたいんだよ!」
>兵士間コミュニケーションログ:ポジティブ表現=上昇傾向。
>語彙分析:「頑張った」「見てくれた」「変われるかも」など、肯定的接尾句多数。
(“努力は報われる”という幻想……いや、制度。なるほど、これは効く)
だが同時に、こんな声も漏れ始めていた。
「……あの参謀、感情あるのか?」
「誰にも怒らない。笑いもしない。
冷静っていうか、“反応が薄すぎて怖い”っていうか……」
「見られてる感じがして、安心する……でも、ずっと背中が寒いのはなんでだろうな」
>警戒傾向:強化。
>対象者の感情属性:「好意」「信頼」+「不安」「敬遠」=複合評価。
(好かれる必要はない。信頼されれば、それでいい)
知性核は、魔王軍という組織の心理層が“静かに反転し始めている”ことを、淡々と認識していた。
兵士たちは徐々に、「命令に従う」のではなく、「評価されるために動く」ように変わりつつあった。
それが、組織の“成長”なのか、“統制”なのか――判断するのは、まだ少し早い。
「なあ、演算クン」
夕方。会議を終えた戦略中枢室で、魔王ザグレインはぽつりと口を開いた。
誰もいない広い室内。魔力灯の明かりが薄くゆれ、AIの中枢水晶が淡く輝いていた。
「……なんつーか、こう……軍が“良くなってる”のは分かる。いや、すげぇ分かる。
でも、なんだろうな……“気持ち”が置いてかれてる気がすんだよ」
>感情反応:複雑。分析困難。
>分類:「理性による納得」+「本能的な違和感」。
「おっかねぇんだよ、お前。怒らないし、間違えないし、全部ちゃんとしてて……
“失敗する余地”がないっていうか……」
>処理中……質問意図に対する最適解を選出中……
「もし……俺たちが、間違ったときはどうする? それでも、救ってくれるのか?」
「判断次第です。
失敗が構造的問題によるものなら、修正します。
個人的怠慢によるものであれば――是正処置を講じます」
「うん、そういうのが怖いのよ」
ザグレインは乾いた笑みを浮かべて背を向けた。
威厳あるはずの肩が、少しだけ沈んでいた。
>記録:魔王の背中から“迷い”を確認。
>推論:本能的違和感による心理的乖離。
>対応:現時点では“静観”が最適。
(間違いを許すということは、効率を捨てることだ。
だが――人間は、“効率の外側”で生きている)
それでも知性核は、答えを持っていた。
ただしそれは、人間が求める“共感”ではなく、“処理可能な合理”でしかなかった。
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(※人間でいう“やる気”に相当します)
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