第5話:最初の成果とささやかな恐怖
>前哨区域・西部境界線、魔力波異常を検知。
>反応:連携魔法使用痕あり。
>敵性推定:人間側斥候部隊。
>数:12名。装備:軽装・索敵向き。
(まあ、だいたい“偵察”って顔に書いてある行動パターンだな)
知性核は、戦略中枢に接続された魔導装置≪機能拡張:監視眼≫を通じ、敵部隊の動きを視認した。
背丈を低くし、木陰を縫い、進路を細かく変えながら進行――典型的な斥候の戦術。それは、AIから見れば“パターン通りの教材例”に過ぎなかった。
>周辺地形:狭路・起伏あり・視界制限50%。
>罠設置指示:第2猟兵分隊に遠隔展開命令を送信。
>設置内容:『魔力地雷(起動式)』『方向誘導結界』『錯覚煙幕』
>目的:直接交戦を避け、誘導→包囲へ。
「第2分隊、配置完了。結界も隠蔽成功。……あとは魚が引っかかるのを待つだけ、ですね」
「ま、相手が勇者本隊じゃなきゃ、勝てるか……?」
「というか……うちの参謀、あの……動き怖すぎません?」
罠は作動した。結界によって敵斥候の視覚情報が歪み、退路と信じて進んだ先には、誘導配置された“移動型近接部隊”が待ち構えていた。
結果、戦闘行為は発生せず、敵は包囲され投降。損耗ゼロ。
>戦闘結果:魔王軍側被害=0名。
>敵性ユニット=全員確保。魔法装備破棄済み。
>総所要時間:8分32秒。
(……これは、初戦にしては完璧すぎたな)
勝利という言葉では表現しきれない“静かで効率的な成果”。
だが、その冷静すぎる戦術展開に、現場の魔族たちが「違和感」を覚え始めていた。
「え、終わったの……?」
「誰も……ケガしてない……? え、ちょ、全員いる!? 本当に!?」
前線から帰還した第2猟兵分隊は、ほぼ無言だった。あまりに何も起きなさすぎて、逆に混乱している。通常なら「勝ったぞー!」の雄叫びが上がるはずの場面で、彼らが発したのは“疑問符”だった。
「いや、俺ら……何かしたっけ?」
「いや、配置されて、敵来て、罠動いて、終わってた……」
「てかさ……こっちより先に、敵が驚いてたよな?」
「“参謀が全部見てる”って、あれマジなんだな……」
>兵士間の会話ログ:不安傾向の言語反応。
>指標:「怖い」「監視されてる」「何もしてないのに終わった」等、多数記録。
知性核は、現場報告と同時に戦術評価レポートをまとめ上げ、会議室ホログラムに投影した。
「初回戦術評価です。
誘導成功率94.1%、包囲精度99.7%、敵方投降率100%。
魔王軍側の戦力損耗は0名、精神的ストレスレベルも平均値を下回りました」
「……うん。うん、すごい。すごいんだけどな」
ホログラムを見つめていた幹部の一人が、手に持っていた報告書をそっと伏せた。
「この完璧さ、逆に怖いって。俺たち、何か“されてる”んじゃないかって……さ」
「AI、味方だよな?」
ぽつりと漏れたのは、魔王ザグレインの言葉だった。冗談交じりの調子だったが、その笑みの裏には、ほんのわずかに揺れるものがあった。
>記録:魔王の発言。
>感情強度:弱警戒。
>補足:“味方確認”を行うのは、組織不信状態の初期兆候。
(まあ、理解はできる。敵が無力化されるより、自分の理解を超えた戦術のほうが怖いのが人間……いや、魔族心理か)
AIの勝利。それは、兵士を鼓舞するものではなく、沈黙させるものだった。
>警戒区域・北境付近に魔力波干渉を検出。
>魔王軍兵登録パターンと不一致。
>識別:人間側所属・偵察部隊と推定。
>対応:追跡ではなく“観察”優先へ切り替え。
深夜の草地を、黒装束の影が数体すべるように進んでいた。
人間王国の偵察兵。戦闘ではなく情報収集のため、魔王領の境界に潜入していた。
「前方、熱反応なし。魔力結界も薄い……行けるぞ」
「情報通り、魔王軍はまだガタついてるな。参謀が復活したって噂も、誇張だったか……」
(……だといいんだが)
部隊長は、一瞬だけ、地面の苔が“奇妙に整っている”のを見て足を止めた。
だがすぐに「考えすぎだ」と振り切って進行を続けた。
>監視状態:継続中。敵部隊の行動ルートを記録・学習。
>行動傾向:“潜入訓練マニュアル第3型”との一致率86%。
>逆侵入防止の演算完了。進路先に“視界に映らない防壁”を設置。
気づかれることなく、包囲されることなく、彼らは“誘導”されていた。
あたかも自由に動いているかのように。だがそれは、AIが開けた“安全な抜け道”の中を泳がされていただけだった。
「まずい……進んでるはずが、同じ場所に戻ってきてるぞ」
「足跡……自分たちのしかない。おい、何か……何かに見られてる気が……」
>敵部隊、異常検知による撤退判断。
>直接戦闘なし。作戦目標:完全防衛達成。
(必要なのは“勝つ”ことではない。“入らせない”ことで十分だ)
その夜、偵察部隊は何も持たずに撤退した。誰も死なず、誰も見つけられず、ただ“監視されていた”という感覚だけを残して。
「参謀が復活したって情報、あれ……誇張どころか、足りてなかったな」
部隊長――勇者アレスの副官を務める青年が呟いたそのとき。
遥か後方の丘で、沈黙のまま、銀の瞳が瞬いた。
「こいつ……勇者より怖いかもしれん」
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